51 エリン自由市
ここから第3部です。
真夜中の大捕物は、数ヶ月前の『帝国の人さらい事件』の数倍の騒動となった。
とある帝国人の屋敷で起こった貴金属盗難事件に始まり、共同住宅爆発騒ぎ、侍女略奪、海賊船の摘発、そしてクライマックスは酒場の大捕物だ。
帝国大使の了承を得て、領事館、領事所有の船等は徹底的に調べられた。結果分かったことは、ラナンシ島が盗品のロンダリングに使われていたことだ。
盗品はラナンシからの物だけではない。略奪品を積んだ海賊船も、帝国船籍として当たり前のようにラナンシに入っていた。
「海賊って、今もいたんだね」
開店準備を終えた虹色の厨房で、小休憩をとっていたエイヴェリーが、新聞を読みながら呟いた。
「群島でまた海賊が増えてきたみたいね。ロベルタの商船は、まだ被害に遭ってないけど、どんどん酷くなってるらしいわ」
もともと、大小の島から成る群島には昔から海賊がいた。二百年前、帝国の国力が衰えた際には海賊行為が横行し、妖精結界が出来る前のラナンシも被害を受けていたらしい。
正式に帝国領になってからは、海賊の摘発も進み、なりを潜めていたのだ。
例の海賊船は海賊行為を繰り返し、人口100人ほどの小島を襲撃し、少女を攫って、ラナンシにやって来た。
彼らは領事から「帝国の商船」と認められていた。
「ロベルタの情報網じゃね、帝国はラナンシが領事を騙して海賊行為を助けていたって抗議するつもりだったけど、失敗したみたい」
領事と関係者らは、事件が起こった次の日の早朝、ラナンシ島を出港した。腹立たしい話だが、特別な権限を持つ領事を止めることが出来ないのだ。領事は「ラナンシに騙されていた」ことにするつもりだった。
しかし、ラナンシ側が動きの方が早かった。
人が引き払ったあとの領事館を捜査して、領事たちがロンダリングに関わった証拠が次々に見つけ出し、これらを帝国に突きつけたのだ。
「間抜けな話ね。機密文書なんて持ち去るか、燃やすものよ」
「きっと、自分たちが逃げるので精一杯だったんじゃないかな」
「逃げることも、文書の破棄も出来ないなら、館ごと爆破すればいいわ。文書と人もぶっ飛ばして、ラナンシに責任を負わせるの」
「アシュリン、君、凄いこと考えるんだね……」
しかし、アシュリンが言ったようなことが実際に、実行されそうになっていたのだ。
発表されてはいないが、領事たちが逃げ出した後、残った部下が機密文書と共に領事館を燃やそうとして果たせず、保安隊によって逮捕、拘束されている。
エイヴェリーが、なぜ発表もされていない情報を知っているのかと言うと、領事館に乗り込んで、この目論見を阻止したのが、エイヴェリーと妖精たちだからだ。
ハンナ救出の後、どうにも気になったのが領事館の存在だ。
エイヴェリーは家には戻らず、再び精霊として地中から領事館に向かった。
エイヴェリーは館に意識を伸ばすが、領事らは消えていた。しかし、紙類が散乱する書斎らしき部屋で、一人の男が、油を撒いているのに出くわした。
世間知らずのエイヴェリーも何をしようとしているか分かった。
すぐさま、男を取り押さえ火薬類を取り上げたのだ。
文書類の一部は油塗れだったが、それでも領事の悪事を糾弾するには十分な内容であったと、父オーウェンから聞いている。
しかし、ラナンシに対する工作の類いの証拠はなかった。
恐らく領事は、帝国の意向を受けてラナンシの治安を悪化させ、人心を荒廃させることを目論むと同時に、海賊と手を組み、私腹を肥やしていたのだろう。
後者は帝国に知られるわけには行かないので館ごと処分し、前者は自身の功績として持ち帰ったのだ。
エイヴェリーは領事の船までは追わなかった。工作の証拠が見つからなかったことを知った後に激しく後悔したが、後の祭りである。
ハンナたちの処分は決まっていない。これから裁判をしてラナンシの法によって裁かれるのか、帝国に移送されるのかは分からない。
ハンナのことを考えるとエイヴェリーの気分は落ち込む。犯罪者であり、任務に失敗した工作員である彼女の未来は明るいものではない。
「ねえ、あんた。自分じゃ、どうしようもないことで悩んでてもきりが無いのよ?」
詳しいことは知らないはずのアシュリンが、的確なアドバイスをする。
「自分じゃ、どうしようもないこと」という言葉から、エイヴェリーはリーアムを思い出す。
リーアムに自分の気持ちを伝えたが、その後リーアムと一緒には過ごせていない。
「さ、仕事よ。今日は特別な日だからね」
エイヴェリーが店のドアを開放し、看板を出すと、辺りはすでに結構な人が集まっていた。
普段、馬車が通るカラフルな石畳の道に、机や椅子が並び、人々が談笑しながら、大道芸人や流しの演奏家たちのパフォーマンスを見ている。レモネード売りの少年が、すかさず商品を売りつける。
「『第一回、エリン自由市』の開催ね。さすがはパーソロンの旦那、いいイベントをお考えになったものねえ」
「ああ、立派な方だね」
アシュリンの意味ありげな視線を、エイヴェリーは軽く受け流す。
エリン通りの一部を一日だけ、馬車の進入禁止とする。そして人々に解放し、露天やパフォーマンス、飲食を楽しんでもらうのだ。
このイベントを考えたのはエイヴェリーで、アイデアは初晴の記憶にある歩行者天国をモデルにしている。
物珍しい商品を売る露天に負けて、今日は客が来ないのではないかと思われたが、『虹色』は開店と同時に人で溢れた。
「なんだか単品買いの人が多いね」
「そうね。みんな、少しだけ買って、外で食べるつもりなんだわ」
接客に会計、商品の補充とめまぐるしく動いていたら、いつの間にか時間が過ぎていく。
気がついたら昼で、気がついたら店内に餃子と焼き鳥を持ったリーアムがいた。
今日はシャツにジャケットというラフな格好だ。なんだかいい匂いがする。エイヴェリーはぼうっとリーアムを見つめた。
「……餃子と焼き鳥……」
違う、そこじゃない。
「あ、餃子と焼き鳥が、好きって聞いたから……ライスコロッケは売り切れで……」
リーアムが少しうつむき加減で言う。
誰に聞いたのかと思ったら、ポポロンだった。
「エイヴ! お昼食べたら、すぐに帰ってきてよ!」
アシュリンに強引に追い出されたエイヴェリーとリーアムは、一緒に餃子を食べることにした。ポポロンの惣菜屋には列が出来ている。買い足すのは無理のようだ。
いつものカフェも満席で、用意されていり丸テーブルも埋まっている。人々は路上に座って、お喋りをしながら食事をしている。
「リーアム様! エイヴさん」
丸テーブルに友人たちと座っているサーシャが、こちらを見て、声を上げる。
「席なら、ここを使って下さい。私たち、もう食べちゃったから、平気です」
そう言うと、さっと立ち上がり席を譲ってくれた。
「私たちは路上で構わないよ」
エイヴェリーは、おっとり言うが、彼女らは強引に二人を座らせる。
「私たちの恩人のリーアム様に、席を譲るくらい何ってこともないですよ」
そう言ったのは、サーシャではない別の少女だ。
「私たち、帝国人の屋敷で働いていたんです。でも、イジメや盗みの疑いを欠けられて辞めたり、辞めさせられたり……」
「盗みの濡れ衣を着せるのは、あの人たちのやり方なんです」
「サーシャが勇気を持って訴えて、リーアム様がちゃんと解決して下さったから、私たちも救われたんです」
「もしも宝石泥棒なんてことになってたら……」
もしもサーシャが宝石泥棒として検挙されていたら、ラナンシ人と帝国人の不信感は頂点に達し、トラブルも増える。
あの窃盗事件はターニングポイントだったのだ。
「リーアム様、これからもどうかよろしくお願いします」
「僕に出来ることなら、喜んで……」
エイヴェリーは違和感を持った。リーアムらしくない、歯切れの悪い応答だ。
しかし、少女たちは気に留めない。
炭酸売りの少年を呼びとめ炭酸を買い、バゲット売りのおばさんからサーモンサンドを買った。それからミートパイに魚のフライ。
「あっちにラム肉屋がいましたよ」
「いや、これだけあったら十分だから。お金を――」
「いりません! 私たちに奢らせてくださいっ」
こうして少女たちの奢りで、エイヴェリーとリーアムは山のような食事を堪能することになった。
「しかし、凄い量だ。君への期待値の高さだね」
エイヴェリーが餃子を食べながら言う。ちょうどいい温度になっていた肉汁が、口の中にジュワッと広がる。
「正直、厳しい状況だ……」
「ん?」
二人きりの食事に、心浮き立つエイヴェリーだったが、今日のリーアムはどうもおかしい。
「何かあったのかい。あ、私のことが誤魔化しきれなくなったとか……」
「いや、君じゃない。僕の問題なんだ」
それだけ言ってリーアムは黙ってしまう。
結局、料理は食べきれず、残りは二人で分けることにした。
「兵舎に戻ってから、食べるよ」
「パーソロンには帰らないのかい」
「ああ……」
普段から言葉の少ないリーアムだが、やはりおかしい。
しかし、本人が何も言わないのだ。無理強いすることは出来ない。
「リーアム」
「なんだい?」
「愛してる」
「ばっ――っ」
リーアムは顔を赤くして、辺りを見回す。そして、ぎこちない動作で足早にエイヴェリーの元を去った。
(やっぱり、人前で好きって言うのは良くないのかな? 恋人同士でも、マナー違反とか?)
誰かがエイヴェリーの思考を読んだなら、速攻ツッコミを入れただろう。しかし、その役目を果たすはずの初春は、エイヴェリーの恋愛脳によって封印されている。
今の、二人の状況は恋人同士とは言い難い。
しかし、脳内お花畑状態、引きこもり箱入り世間知らず精霊のエイヴェリーには、自分とリーアムの関係を冷静に見つめる理性はなかった。




