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50 エイヴェリー、武闘派精霊となる

暴力描写が続きます。

 エイヴェリーは酒場の場所をリーアムに告げた。地下で拷問を受けているハンナらしき、瀕死の女性がいること、地下への入り口が分からないことも伝えた。


 そして妖精たちと共にその場から逃げ出し、意識を本体に戻した。


「エイヴェリー様……」


 ノリスは気遣わしげに呟く。


 今のエイヴェリーは発光したまま宙に浮いていた。言葉を発することなく、紫の瞳は揺れていたが、まるで睡っているように大人しい。いつも賑やかな妖精たちも息をひそめるように静かだ。


 妖精は、人間の発する怒気や攻撃的な感情が苦手だ。負の感情をかぶると小さく縮んだり、時には消滅する。

 精霊であるエイヴェリーは小さくなることも消えることもないが、それでもダメージを負う。


(あとはもう、任せてしまってもいいかも……)


 場所は伝えた。後は保安隊の仕事だ。


 あの酒場に乗り込んで、地下への入り口を探すにしても、酒場の人間をまずは追い出さなくてはならない。客らはほとんどただの酔っぱらいだろう。だが、店員は怪しい。彼らが抵抗するかもしれないし、酔った客を店からひっぱりだすのも時間がかかる。

 その間に、地下の男がハンナを殺して逃走するかもしれない。


(ハンナは間に合わないかもしれない)


 エイヴェリーはぶるりと震えた。


 だがこれ以上エイヴェリーに何が出来るだろう? 妖精たちはあの現場に怖くて近づけないから、意識を伸ばし妖精の力に頼ることは出来ない。


(私が自分で行くしかない)


 帝国の人さらい事件の時のように人として走って――、間に合わない。

 馬に乗って――、保安隊に不審者として止められるだろう。 

 精霊の姿に――、誰かに目撃されて大騒ぎだ。


 虹色の封鎖された地下通路を通って、港近くまでいって、一気に地上に浮上。いや……、待てよ。


 エイヴェリーも妖精たちも壁を通り抜けることが出来る。物理的な力は妖精たちには効かないのだ。


 精霊の姿になって空を飛ぶことばかり考えていたが、地下を通ることも可能ではないだろうか?


(やろう、時間がない)


 エイヴェリーの体は輝きを増した。


「エイヴェリー様!」

『ノリス、心配ない』


 それだけ言うと、二階の床を抜けて、一階、さらに地下へ潜ると、一気に酒場に向かって飛んだ。いや、地中を泳ぐように進んだ。


(精霊と言うより、モグラだな……)


 エイヴェリーは一気に酒場の地下の下にやって来た。意識を伸ばし、地上の様子を見る。


 酒場の入り口では保安隊と客、従業員が揉めている。


「ここに居るのは帝国人ばっかりなんだよぉ。あんたらぁ、皇帝様に逆らうのかぁい」

「ぼおや、ぼおや、綺麗な髪だね、お顔も綺麗だ。ちょっとアタシと飲まないかい」


 酔っているのか、素面(しらふ)であのテンションなのか分からないが、従業員らしき男と女が絡んでいる相手はディアミドだ。なんとなく意図的に時間稼ぎをしているように見える。


 酒場の裏手には、リーアムの第二部隊がいて、こちらも従業員らしき人物と揉めている。


「おいっ、俺たちゃ帝国人なんだぜ? 分かってやってるのか?!」


「帝国人」と名乗れば、どんな無体も許されると言わんばかりだ。帝国人の多い地域を担当する第一、二部隊が主に貴族出身者で構成されている理由がよく分かった。平民では萎縮してしまうのだ。


 店内に意識を向けると、バーカウンターの内側で男が酒樽を動かしている。床に備え付けられた扉を開くと、人が一人出入り出来るくらいの入り口が現れた。男はそこに入り、地下の男たちに声をかけた。


「バレた。保安隊だ。女を隠せ」


 それだけ言うと、素早く外に出て扉を閉めて、酒樽を上に置いた。


『リーアム、バーカウンターの内側の酒樽の下に地下への入り口がある。店員はグルだ』

(分かった!)

「第二部隊、突入!」


 リーアムが叫ぶと、裏口から保安隊が侵入する。抵抗する者を次々と捕縛する。驚いた客たちは入り口に殺到するが、ディアミドら第一部隊の餌食となる。



 いずれ保安隊が地下室に辿り着きハンナ略奪の犯人たちは捕まえられるだろう。

 だがハンナの命の保証はない。


 未だ地中にいるエイヴェリーは、地下室にルゥルゥたちを行かせる。


『こわいよ、こわいよ』

『わるもの、いる……』


 妖精たちの声が震えている。


『済まない、様子を見るだけでいいんだ。少しだけ辛抱してくれ』


 嫌がる妖精に無理強いをするのは、身を切るより辛かった。しかし、ハンナを見殺しには出来ない。


「くそっ、もうダメだ」

「おい、ハンナを担げ。酒樽にいれる」


 男たちは、ハンナの名を知っていた。名前を呼ぶような仲の人間を、なぶり殺しにしようとしているのだ。

 このような人間の邪悪さと対峙したことは、初春(はつはる)時代にはもちろん無かったし、エイヴェリーとしても初めてと言っていい。


 逃げ出してしまいたい、とエイヴェリーは思った。ここには形のない妖精はいない。男たちの悪意に耐えられないのだ。

 悪いものに近づかないのが、精霊として正しいあり方だろう。これ以上、ルゥルゥたちを苦しめるわけにはいかない。


「ああ、この女、動きやがるっ」


 体の頭と足元を持ち上げられたハンナが、渾身の力を込めて抵抗を始めた。たまらず、男たちはハンナを床に落とす。彼らの頭の上から、怒号と何かが壊れるような音が聞こえる。もうすぐ地下は破られ、ハンナは救われるだろう。


「こいつだけでも、殺す」


 男の一人がナイフを取り出した。

 男は罪が重くなるだけの、意味のない殺人を犯そうとしていた。


「クソアマァ」


 ナイフを持った男がハンナの体に馬乗りになり、もう一人が頭を抑える。

 救出は間に合わない。


 エイヴェリーは地中から地下へ、上った。突如、現れた白い光に、男たちは怯え、壁際へ逃げる。

 ハンナも同様に光に怯え、力を振り絞り、逃げようとしている。

 エイヴェリーは、ハンナのそばによった。


「君を助けにきた」


 光の中に人型を見たハンナは安心したのか、エイヴェリーに身を委ねるように半身を預けた。


「この……!」


 男がナイフを構える。

 もはや捕縛される以外、道はないのだが、まだ足掻く積もりのようだ。


 エイヴェリーは男を浮遊させようとした。精霊のエイヴェリーには戦闘能力はない。だが物体を空に浮かべることが出来る。

 ルゥルゥたちがノリスを飛ばしたのと同じことだが、あれは飛ばされる方に抵抗感があると出来ないのだ。

 案の定、男は謎の浮遊感に抵抗したために飛びはしなかったが、バランスを崩し、尻もちをついた。


「おおおっ」


 もう一人の男が果敢にエイヴェリーに向かってきた。逃げることはできるが、ハンナが取り残されてしまう。ルゥルゥたちは怯え、縮こまっている。


 とっさに擬態に戻り人間となったエイヴェリーは男と対峙する。急にエイヴェリーから光が消えたことに驚いた男は、戸惑い失速する。

 エイヴェリーは男の腕の関節を押さえ込む。バランスを崩し、前につんのめった男の顎に膝蹴りをお見舞いする。衝撃にもんどり打った男は床に転がり、起き上がろうとしたが果たせず、そのまま動かなくなる。脳振盪(のうしんとう)を起こしたのだろう。


 その時、頭上がパッと明るくなる。ついに保安隊が入り口を開けたのだ。


 一人はすでに動けない。

 しかしナイフを持った男は不可思議な力に翻弄されながらも、戦意を失っていなかった。

 サッとナイフを構えた男は、突入しようとする保安隊員に狙いを定める。

 狭い入り口は、人一人入るのがやっとで、武装も難しい。保安隊員は無防備なままで入らなければならない。


 エイヴェリーは男の襟首をつかみ、後ろに引っ張った。床に背中をぶつけた男の手を蹴ると、ナイフが落ちる。それをルゥルゥたちが必死に掴んで遠くに持っていく。

 憤怒の形相で睨む男の顔面を、エイヴェリーは容赦なく殴りつけた。


(ああ短刀術が役に立った。過剰防衛じゃ、ないよね?)


 などと考えていたエイヴェリーは後ろから殴られ、押さえつけられる。


「大人しくしろっ!!」


 どうやら、保安隊員に捕らえられてしまったようだ。ルゥルゥたちをとっさに隠したが、我が身はどうしようもない。エイヴェリーは抵抗せず、保安隊員に身を任せた。


「あ、あれ、あんた……」


 保安隊員が驚きの声を上げる。よく見ると見覚えのある顔だった。差し入れを持っていった時に、最後のマカロンラスクを食べた青年だ。


「捕らえる必要はない! 彼は協力者だ」


 狭い地下室に凜とした声が響きわたる。エイヴェリーの心がふっと明るくなった。





「なんでここまで無茶をしたんだ」


 リーアムの声が厳しく響く。


「協力するって言ったじゃないか」


 エイヴェリーは明るく言った。


 捕縛はまだ続いている。陽動の爆発騒ぎに、酒場の客。恐らく大半が事情を知らない酔っぱらいだろうが、工作員が混じっている可能性がある。だから、全員しょっぴかなくてはならない。


「情報提供だけで良かったんだ。こんな所に乗り込んで、よりによって――」

「君らを待ってたら、ハンナは殺されていた」

「…………」

「ああ、保安隊を責めてるわけじゃない。君らはよくやってるよ」

「…………いや、僕が大事な時に保安隊を離れていたからだ」

「勤務時間外だったんだよ? そもそも、君は働き過ぎだ――」


 その時、リーアムを呼ぶ声が聞こえた。リーアムはちらりと、エイヴェリーを見る。


「はは、大丈夫、一人で帰れるから」


 エイヴェリーはリーアムに背を向けて、軽く手を振って離れる。さっさと現場から離れなくては、彼の負担になってしまう。


 だが、エイヴェリーはふと大事なことを思い出した。


「リーアム」


 慌ててリーアムのそばに駆け寄り、耳打ちする。


「好きだ、愛してる」

「!」


 リーアムは顔から表情が消える。ちゃんと伝わったのか、確信が持てなくて、エイヴェリーは不安になった。


「特別な『好き』だからね。精霊の時も、人間の時も、リーアム、君は特別なんだ」


 それだけ言うと、呆然と立ち尽くすリーアムを残して、家路へと向かった。


【第2部、完】

ここで2部、完結となります。

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