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48 事件は終わらない

 虹色の開店時間が過ぎると恒例の、ご近所さんが集まる謎のお茶会が始まった。

 まずはアシュリンから、帝国事情を聞くことになった。


「帝国の使用人って手癖が悪いの。侍女みたいな上級使用人だって、平気で主人の物を盗むの」


 きりがないから使用人の窃盗をいちいち訴えたりはしない。屋敷から追い出して終了らしい。今回のサーシャのように無実でもかまわない。帝国には職にあぶれた人間はいくらでもいるので、質さえ問わなければ、下級使用人ならいくらでも集まるらしい。


「でもね、雇われてる立場からしたら、盗みも仕方ない所もあるのよ」


 とにかく給金が少ない。足りない分は主人からの下げ渡しに頼るしかないのだが、ケチな家は下げ渡しさえ渋る。使用人たちにとっては多少のちょろまかしは当然の権利なのだ。


「確かに給金は少なかったわ。執事さんは優しくて、しょっちゅう虹色のクッキーを使用人にくれたけど、みんな他の子にとられちゃったし……」


 サーシャが溜息混じりに言う。

 あの屋敷ではサーシャ以外、皆、帝国人らしい。サーシャはひどいイジメに会っていたようだ。

 盗みの犯人は例のメイドたちだ。あまりに日用品が消えるので、不審に思った執事が調査を始めたためにサーシャに濡れ衣を着せたようだ。


「でも、あの二人は侍女のハンナの指示だったって言ってるみたいなんです」


 単にサーシャの鞄に盗品を詰めただけではない。そもそも、()()()()()()()()()自体がハンナの指示だったのだと、二人は訴えている。


「なんだいそりゃ? そこまでしてサーシャを追い出したかったのかい。性根のくさった奴だねえ」


 老婦人が吐き捨てるように言った。

 この件に対して、エイヴェリーは思う所があったが、憶測でしかないので沈黙を守った。




 エイヴェリーがパーソロン邸の離れに戻ると、リーアムが訪問していた。

 まだ軍服を着ている。勤務時間は終わっているが、ハンナの取り調べに参加するために、すぐに保安隊の本部に戻ると言う。


「報告したいことがある」


 そう言ったあとリーアムは、本来なら部外者である君を巻き込むべきではないが――、などと妙に長い言い訳をしたあと、今日の事件の進展を語ってくれた。


 お茶会のあと、ブリギットの宝石、衣類などを調べたところ、数点消えていた。


「ブリギット嬢は気がつかなかったのかい?」

「ああ、衣装、貴金属の管理から、その日、着る服、身に着ける宝石まで全てハンナ任せだったようだ」


 ハンナはブリギットの好みを把握し、彼女が好まない衣類や貴金属をコッソリ売りさばいたのではないかと言うのが、保安隊の見立てだ。


「仕上げはあの真珠だが、流石に、これはいずれ分かることだから犯人役を作ることにしたようだ」


 ハンナの言いつけでサーシャは、衣類や貴金属の管理の手伝いをしていた。いずれ盗難が明るみになった時に、サーシャを犯人にするつもりだったのだ。

 そして手癖の悪さを印象付けるために、メイドたちに命じて日用品などの窃盗を続けさせた。


 ハンナにとって予想外だったのはブリギット嬢が真珠盗難に気が付いたのが早かったこと、サーシャが泣き寝入りせずに保安隊に訴えたことだった。


「帝国では使用人が役人を頼ることはないらしい。サーシャが保安隊を信じてくれて良かったよ」


 リーアムが顔が、ふっとやわらかくなる。

 エイヴェリーは自分の頬が火照るのを感じた。


「あ、えーと、サーシャが言ってたんだけど、()()()()()()()()、話を聞いて貰えるかと思ったんだって」

「僕だから?」

「保安隊じゃなくて、君が信頼されてたんだ。君がエリン通りのみんなに挨拶して回ってたのが、良かったんだよ」

「そうか……」


 再びリーアムの顔がやわらぐ。エイヴェリーは心臓が早鐘のように鳴るのを止めることが出来ない。

 とにかく、話題を進めよう――エイヴェリーは素知らぬ振りをして話し続ける。


「ねえ、ハンナは盗んだ品をどうしてたの? 後生大事に持ってるもんじなゃないし、どこかで売ったんだよね」


 ハンナの計画では、濡れ衣を着せられたサーシャを屋敷から追い出した後、宝石類がなくなっていると騒ぐ。そしてサーシャにその罪を着せるつもりだった。 

 しかし、盗品は売りさばかなくては行けないはずだ。市場に出回れば、そこから足がつく可能性がある。


「ラナンシのマーケットでは、おそらく出回っていないだろう。以前からの問題になっていてね。どうも我々の目をかいくぐって海を渡ってしまっているようだ」


 リーアムは「物だけじゃない、人もだ」と、低い声で付け加えた。


「港で人と荷物は厳重に調べている。だが貴重品ほど見つからない。人も消えてる」

「人さらいが、まだ続いているのかい?」

「エイヴェリーが言ってだろう? わざと殴られていた女性。彼女の他にも、似たような帝国人の被害者を調べていたんだが、全員消えた……」

「消えた?!」

「死体が出るわけじゃないから、出国した可能性が高いが、知人らにも何も知らせず消えているんだ」

「一体、どうやって……」

「我々ラナンシの検査を受けずに出入国が出来る、特権的な集団がいる。そこを利用すれば、あるいは可能かもしれない」

「そんなの領事館とか……あっ」


 ラナンシには帝国の領事館しかない。周辺の土地がほぼ帝国領となってしまったためだ。

 ちなみに帝国の大使は、王宮の敷地内の貴族が住まう離宮に居を構えている。


「領事館が、盗品の横流しや人身売買をしている、というのか……」


 エイヴェリーは服屋の店主と女のことを思い出していた。

 彼らは逃走経路として、今は『虹色』の店舗となっている建物の地下通路を使い、港に向かった。

 単純に帝国の船に逃げ込むつもりかと思ったが、もしかして行き先は領事館だったのかもしれない。


「領事館が犯罪の片棒――と言うより、主導していたんだね」


 仮にこれが事実だとして、小国ラナンシはどう立ち回るべきなのだろう?

 抗議しても相手にされるとは思えない。

 領事館の強制捜査、領事の追放――。

 戦争、とまではいかなくても、ロベルタ商会のような帝国で活動しているラナンシ人が追放されたり、投獄されるかもしれない。


 しかしリーアムが口にしたのは、もっと深刻な事態だった。


「領事館がやっているのは盗品と人身売買、それに自作自演の犯罪だ。これらは単なる私利私欲の犯罪じゃない。ラナンシを陥れるための帝国の工作だ」

「工作……、帝国はラナンシをどうしたいわけ?」

「実効支配――そのためにラナンシの治安を悪化させようとしているんだ」

「そんな……、どうすれば……」

「今、僕に出来ることは、保安隊として仕事をすることだ。そして、図々しい頼みだと思っているが――」


 リーアムはエイヴェリーの顔をジッと見る。そこにあるのは生真面目な保安隊長の顔だ。

 あまりにまっすぐな視線に、あの日の告白は幻だったのでは、とエイヴェリーは不安になった。


「君に協力してほしい」


 リーアムの言葉にエイヴェリーは、ぱっと灯火が灯ったかのように明るく温かい気持ちになった。

 頼りにされている。必要とされている。


「もちろん、頼まれなくたって勝手に動くさ」


 エイヴェリーは力強く応えた。





「失礼します。保安隊の方がいらっしゃいました。リーアム様にお会いしたいそうです」


 部屋にやって来た侍女ノリスは、早口で用件を伝えた。


「分かった。すぐ行く」


 リーアムは素早く立ち上がる。


「リーアム、私も動く」


 エイヴェリーの言葉に、リーアムは軽く頷き足早に階下へ向かう。

 おそらく大きな事件が起こったのだ。

 エイヴェリーは精霊としての力をフルに使うべく、擬態を解き、妖精たちと意識を共有する。


 離れの玄関ホールにアッシュブルーの軍服を着た青年がいた。リーアムの軍服(もの)より、装飾が少ない。平隊員なのだろう。


「帝国人の共同住宅で、爆破事件が起こりました。詳細は不明。第一隊と第二隊が対応しています。それと、パーション家の侍女ハンナが連れ去られました」

「っ! 分かった。詳細は動きながら聞こう」


 リーアムが強ばった表情で言った。

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