47 新たな妖精たち
複数の妖精が結晶化して層をなす不思議な真珠は、形ある物に固定化され動くことが出来ないが、妖精らしく愉快そうに喋っている。
『…………』
『…………』
『…………』
『…………っ』
『君たちはブリギットが好きなんだね』
エイヴェリーが話しかけると、妖精たちはさらに勢いを増して話し始めた。
『…………』
『…………っ』
『……ブリギット……』
『だあいすき……』
エイヴェリーは消えた真珠を求め、涙を流していたブリギットの姿を思い出していた。彼女は真珠のある場所を本当に知らないのだ。一体、誰がここに真珠を隠したのだろう。
その答えは程なく分かった。
お茶会の準備をしているはずの侍女が、ブリギットの部屋に入ってきて本型の物入れを開けた。真珠を取り出し、ハンカチに包むとそっと腰のポシェットにしまった。
『真珠の妖精の後を追ってくれ』
妖精たちに指示を出すと、リーアムのいる小部屋に意識を飛ばす。
「――今日は別の宝石を付けるつもりでしたので、真珠は宝石箱にしまってままでした。先祖代々に伝わる大事な真珠ですから、年に数回しか出さないんです。でも、気が変わってあれを付けてお茶会をしたくなって――。『レネの精霊の息吹』は虹色の真珠なんです。今日は『虹色』のお菓子のお茶会ですから、ぴったりでしょう?」
ブリギットが状況を説明していた。
予定を変更したブリギットは宝石箱を開いたが、そこに真珠はなかった。
「宝石の管理をしているのは、誰ですか?」
「侍女のハンナです」
「それでは、次はハンナ殿に話を聞く必要がありますね」
このタイミングでエイヴェリーは妖精を通じてリーアムに話しかけた。
『リーアム、分かった。侍女だ。彼女の腰のポシェットに真珠がある』
「!」
リーアムは分かりやすく顔を強ばらせた。
「リーアム様?」
ブリギットが不思議そうな顔をする。
「ハンナ殿の所に行きましょう」
リーアムは立ち上がり、エイヴェリーの指示に従
い、ハンナの元へ急ぐ。ブリギットとメイドも後に続く。
「リーアム様? お嬢様も、一体……」
もう一人のメイドと共に食器類を運んでいた執事が、不思議そうにリーアムらを見る。
「ハンナ殿はどこです?」
「花が足りないからと庭に向かいました」
リーアムらは庭に向かう。上流階級の屋敷としては小さい建物である。一行は庭にあっという間に辿り着いた。
ダリアに鋏を入れている侍女ハンナが、動きを止め、リーアムらを不思議そうに見る。もちろん芝居だ。
「失礼します、ハンナ殿。そちらのポシェットを……」
『そこにはない、もう移した』
リーアムにだけ聞こえる声で制する。
客間で精霊化して、屋敷中に意識を張り巡らせたエイヴェリーは、どこで何が行われているか、つぶさに見て取れた。
『おいで、真珠の妖精たち。返事をしておくれ』
『………………』
『………………』
『………………』
突然、金木犀からいくつもの光の粒が生まれ、クルクルと弧を描きながら、舞っては消えていく。
「あれは?」
執事が指さした先には、金木犀の枝に無造作に引っかけられた金の鎖が見えた。金の鎖はオレンジの花に見事に溶け込んでいた。
光の粒がなければ、見つけることが出来なかったであろう。
ブリギットが金木犀の枝に絡みついていた鎖をほどいた。
『………………』
『………………』
『………………』
真珠の妖精たちがブリギットに会えて喜んでいる。
「なぜ、真珠が?」
執事は困惑していた。
なんのことはない、侍女がとっさに金木犀の中に隠したのだが、それを指摘しようにも証拠がない。
「カラスの仕業でしょうか……」
侍女が震える声で言う。嘘をつく罪悪感から震えていたのかと思ったが、そうではなかった。
「窓から入ったカラスに気が付かなかったのかもしれません。申し訳ありません、私の落ち度です」
真珠の手入れ中に、窓を開けたまま席を離れ、その隙にカラスに金鎖のついた真珠を持っていかれた。そして、そのまま宝石箱をしまったと言うのだ。とんでもない職務怠慢である。しかし、盗みよりはいい。
『…………ブリギット……』
『ブリギット……』
妖精たちは何かを訴えようとしている。
「なんで? なんだかキラキラしてるわ……」
真珠から生まれる光にブリギットは戸惑っている。彼女には真珠たちの呼び声が聞こえないのだ。
『インフィーア』
エイヴェリーが妖精たちを名付ると、彼らの心は歓喜で満たされた。同時に真珠は強い光を放ち、ブリギットの手の中で小さな塊に分裂した。
「どういうこと?!」
悲鳴のような叫びを上げるブリギットに対して、真珠妖精たちは嬉しげにお喋りを続けている。
『ブリギット』
『ブリギット』
『ブリギット』
『だいすき……』
「その真珠たちは、いつでも貴方のそばにいたいと願っているんですよ」
皆が一斉に声の主を振り返る。そこには擬態したエイヴェリーがいた。
人目がないのを確認して精霊として庭まで来てから、素早く擬態したのだ。
「エイヴェ……エイヴ、君は」
「リーアム、捜査の邪魔をして済まない。ブリギット様の真珠を少し見せて貰えないかな?」
リーアムは「失礼します」と声をかけてから、ハンカチを取り出し、ブリギットの手の中にある真珠を一粒残らず集めて、エイヴェリーに渡した。
誰も彼も、この展開についていけず動けないでいる。
「ブリギット様、この子たちはあなたと遊びたくて仕方がないんです。これからは、ご自分で手入れをして、たびたび宝石箱の中から出してやって下さい」
エイヴェリーはハンカチに置かれた真珠たちにふっと息を吹きかけた。するとたちまち真珠は元の形に戻った。いや、少し最初と違ってしまったかもしれない。
ブリギットに近付くと、真珠を渡しながらそっと耳打ちする。
「この子たちはインフィーアと言います。名前を呼ぶと喜びますよ」
ブリギットは自分の手のひらの大粒のバロック真珠をしげしげと見る。
「……形が違うけど……」
「妖精ですからね、落ち着きがないんです。きっとこれからも、しょっちゅう形が変わりますよ」
名前を得て、エイヴェリーの吐息を受けた真珠妖精たちは、これまでのようにじっとはしていないだろう。
「こんなことが……、どうしてこんな不思議なことが起こるの?」
ひとりごとのようにブリギットは呟く。
「ここは妖精の溢れる国、ラナンシですから。このような不思議も起こるのですよ」
エイヴェリーが微笑みながら言った。
それからが大変だった。
侍女ハンナ、メイド二人、そしてサーシャは事情を聞くために全員保安隊の本部に連れていかれた。当然、リーアムも聴取のために仕事に戻ったので、客と給仕係がゴッソリ減ったのだ。
エイヴェリーは、客兼給仕係兼お菓子屋として、忙しく働いた。
ブリギットの友人たち(やはりラナンシのハイスペイケメンを狙うハイエナ令嬢だった)に、紅茶を淹れて、『虹色』のお菓子の説明をして、美貌と笑顔を振りまいた。
「このような仕事を押し付けてしまい、大変申し訳ありませんでした」
ブリギットの友人たちが帰ると、執事が頭を深く下げて謝罪した。
「いえ、こちらもよい宣伝になりました」
追加料金も貰ったので、『虹色』としては悪くない。
「本来なら店舗まで出向いて謝罪すべきですが、これから帰って来られる旦那様にも報告しなければなりませんので、屋敷を離れるわけに行きません。後日、必ず謝罪と御礼に窺います」
こんな騒動が起こった後では、執事として屋敷を離れるわけにも行かないだろう。
エイヴェリーは挨拶を済ませると、辻馬車に乗り『虹色』に戻った。
心身共にボロボロである。店舗の裏で精霊化して疲れをとらなくては体が持たない。
「エイヴさん、大変でしたね」
『虹色』に入る前に、まずポポロンに話しかけられた。
「サーシャから聞いたよ。あんたも変なことに巻き込まれたねえ」
近所の人々がわらわらと集まってきて、いつの間にか、店舗からアシュリンまで出てきた。
「あんた、大活躍だったんですってね。詳しく話しなさいよ」
エイヴェリーの長い一日は、まだ終わらなかった。




