46 お菓子と美青年と真珠
「お願いします。ちゃんと調べてください。私は何も盗っていません」
リーアムはミント髪の少女サーシャをじっと見ている。
「物盗りか……。たしかブリギット嬢が訴えられていたな。最近、誰かが見ていると。関連があるかもしれん」
(え? リーアムを侍らす言い訳じゃなくて本気で不安だったわけ)
エイヴェリーは思わずこんなことを考えてしまったが、執事とメイド二人の反応を見るかぎり、皆が似たようなことを考えていると思って間違いないだろう。
リーアムだってブリギット嬢の言い分を信じているとは思えないが、現に窃盗が発生し、犯人と目される人間が無実を訴えている。無視するわけにもいかないだろう。
「あのう、リーアム様。使用人の窃盗はよくあることです。こちらで内々に処理、致しますので、どうぞこの件はお忘れください」
執事がそう言うと、メイドの一人が少女の腕をきつく掴んだ。
「ほら、とっとと出ていきな」
小さな声だがはっきり聞こえた。
「いや、彼女の話を聞こう。この部屋を借りる」
リーアムと少女は部屋に残り、エイヴェリーらはお菓子と一緒に追い出された。
「あのー、なにやら、たて込んでいるようですので、私はこれで失礼いたします」
さすがに自分がこの屋敷に留まる理由もないだろうと、エイヴェリーは店に戻ろうとしたが、執事とメイドたちが玄関ホールで必死に引き留める。
「ご迷惑は承知でございます。どうか、お茶会に参加して下さい。リーアム様が参加されない可能性を考えますと、エイヴ様にはなんとしても居て欲しいのです」
ただの平民がパーソロン家嫡男の代わりになるはずもないが、どうやら今日のお茶会の目玉がお菓子と美青年であることは理解した。
と、言うことは他の参加者も量産型ブリギット嬢と考えていいだろう。
エイヴェリーは益々帰りたくなったが、その時、二人の女性の争うような声が聞こえた。
「おしまいよっ。あれがないなんて。お父様に何って言えばいいの?!」
「ブリギット様、落ち着いて下さい」
「リーアム様にあの女を調べて貰うわ。リーアム様、リーアム様、どこ?」
「いけません、大袈裟にするものではありませんよ」
「ふざけないでっ、帝国なら――レネなら、縛り首よ」
例の帝国令嬢ブリギットと、以前『虹色』に付き添いで来ていた侍女が口論しながら玄関ホールにやって来た。
よその家の事情なんて知りたくもないが、あまりに不穏な言葉が出てきたせいで、エイヴェリーは思わず聞き入ってしまった。
「あれは……レネの精霊の息吹よ。あなたたちには、ただの真珠の首飾りかもしれないけど」
さらに気になる単語が出てきた。
エイヴェリーはそばにいる執事に訊ねる。
「精霊……妖精じゃないんですか?」
「いえ、私どもはなんのことかさっぱり……」
執事は答えることができず、困惑していた。
「お嬢様は北の御出身ですが、私どもは違いまして……」
「そうね、元帝都民様から見たら、北の蛮族ですものね」
ブリギットは執事、そして侍女を睨む。
余計な質問をしてしまったとエイヴェリーは後悔した。
アシュリンからの情報を元に、彼らの会話の意味を推理すると、ブリギットは北のレネという土地の豪族出身で、仕えている執事は元帝都民だったようだ。
そして盗まれたのは『レネの精霊の息吹』と呼ばれる真珠の首飾り。
「さっきの女の子は真珠を盗んだ疑いがあるのですか?」
「まさか、そんなことじゃありませんよ。蝋燭やら油を少し失敬するくらいの話でして――」
執事の話によると手癖の悪い使用人が台所から消耗品や食べ物を失敬することはよくあることらしい。多少のことなら多めに見るらしいが、やり過ぎると放逐されるのだと言う。
世間知らずのエイヴェリーには、それが帝国流なのか、ラナンシでも当たり前のことなのか分からなかった。
「してません。どんな物も盗んでいません」
小部屋から出てきたサーシャが叫ぶ。後ろにはリーアム。
「返してっ! 私の真珠、精霊の息吹!」
「だから、盗ってませんよっ。なんですか、精霊って」
令嬢ブリギットの剣幕に怯えることなく、サーシャは怒鳴りかえす。
「妖精より偉いのが精霊よ。あんたたちの女王よりずっと偉いんだからね」
女王はそもそも人間なので、妖精や精霊と比べて偉いか偉くないかを決めることは出来ない。
まあ、そんなことはこの場の人間にとっては些細なことで、問題は消えたと言う真珠だ。
「その女の鞄を調べて! またなんか出てくるわよ」
「分かりました。私が調べて参ります」
侍女が、ブリギットを宥めるように言うが、すかさずサーシャが反論する。
「鞄ならここにあります。さっきリーアム様に調べてもらいました。それにあなたには渡しませんよ。あなたが中身を検めたらおかしな物が次々出てくるじゃないですか」
サーシャによると、盗みの疑いをかけられた彼女の持ち物は徹底的に検められた。その際、鞄の中から盗品が大量に出てきたが、サーシャは覚えがないという。
「それだけじゃありません。私が姉から贈られた蜜蝋の蝋燭やレース編みも、盗んだ物だと言ってとられたんです。この人たちこそ、盗っ人ですよ」
サーシャは二人のメイドたちを睨みつける。サーシャの私物を奪ったのは、彼女たちのようだ。
「そんなこと、どうでもいいじゃない……」
それまでの剣幕とは打って変わって、ブリギットが弱々しく呟く。
「真珠はどこ……」
ブリギットの目から涙が零れる。彼女は心底弱り切っていた。
エイヴェリーの影からソロリと出てきた妖精たちがブリギットの涙を拭う。
「ブリギット様、少し詳しくお話を聞かせてもらえませんか」
リーアムの声は落ち着いていたが、冷たくはなかった。むしろいたわるような響きがあった。と、思うのはエイヴェリーの贔屓目かもしれない。
リーアムがブリギットを伴い小部屋に入る、付き添いにメイドが付けられた。執事と侍女、もう一人のメイドはお茶会の準備に行き、サーシャとエイヴェリーはそれぞれ客室で待機することになった。
いい加減、帰してくれと訴えたかったが、エイヴェリーもこの不可思議な事件に参加することにした。
一人になったエイヴェリーは、擬態化を解いた。ルゥルゥたち形のある妖精、そして周辺に浮遊する形のない妖精に一斉に話しかけた。
『誰か精霊の息吹を知らないかい?』
『…………』
『…………』
『…………』
形のない妖精たちが答える。普段からこの屋敷の辺りで浮遊しているようだ。
『エイヴェリー、こっち』
『よんでるよ』
『だしてって、いってる』
『ギギギ』
真珠はとある部屋の本棚にあった。部屋のしつらえを見る限り、ブリギットの部屋なのだろう。
棚に並べられた本の一冊が、本型の物入れになっていたのだ。
ブリギットが入れて忘れただけなら、なんとも人騒がせな話だ。
しかし、エイヴェリーの関心は別の所にあった。
真珠の首飾りと言うから、エイヴェリーは数珠つなぎになった丸い真珠を想像していた。
しかし、本型の物入れにあったのは金のチェーンに繋がれた大粒のバロック真珠であった。
形は強いて言うなら凹凸のある、いびつな長方形である。白の中に散りばめられた無数の色は、さながら真珠に閉じ込められた虹のようであった。
いや、実際に閉じ込められているのだ。
精霊エイヴェリーには、真珠の中に複数の核が入っているのが分かる。妖精になる核である。
(これは、この真珠は――。結晶化し、層となった妖精なんだ)
――レネの精霊の息吹
エイヴェリーの脳裏に、ブリギットの言葉が響いていた。




