44 エイヴェリー、面倒くさい女と化す
「あんた、何ボーッとしてんのよ」
虹色の裏の一室でアシュリンの叱責が飛ぶ。
リーアムのプロポーズから一夜明けた。エイヴェリーはいつものように虹色で接客していたが、あまりにもボンヤリとしていたためにアシュリンによって厨房に回されたのだ。
エイヴェリーの接客態度にクレームを入れる客はいなかったが、
「帝国女に絞りとられちゃったんだねえ」
などと言う、不名誉な誤解を生むことになった。
閉店後、アシュリンはエイヴェリーを問い詰めた。
「ええっと、昨日の疲れが残ってて……」
「そんなわけないでしょ? あんた、精霊になったら怪我も疲労もなくなるし、寝る必要もないって言ってたじゃない」
人間なら蓄積した疲れからぼんやりとすることもあるが、精霊のエイヴェリーにはあり得ないことだ。
「あんたが、おかしくなるなんてよっぽどのことがあったんでしょ?」
アシュリンが気持ち優しめに問いかける。
「…………」
「はけ」
一瞬で厳しくなった。
「実は――」
『けっこん』
『エイヴェリー、けっこん』
「そうなの?!」
「違っ」
『リーアム、けっこん』
「あんたたち、そんな関係だったの?!」
「い、いや、そんなこと」
エイヴェリーは慌てて、昨日の夜のことを説明した。
「――で、あんたはリーアムに求婚されたけど断ったのね? リーアムはあきらめたの?」
「いや、諦めないって……」
「あんたは精霊だからって言うけど、ニーヴだって精霊でしょ?」
二百年前、青年キーアンと妖精ニーヴが結ばれ、島国ラナンシが誕生した。
詳しいことは分かっていないが、ニーヴは人間として天寿を全うしたと言われている。
「ニーヴについては分からない。でも自分のことは分かる。私は精霊に戻りたがってる」
「しょっちゅう精霊化してるじゃない」
「それとは違うんだよ。気持ち、というか思考がね、精霊に近くなってる。わたしはね、結構努力して人間をやってるんだ」
ほんとはあちこちに息を吹きかけて妖精を生みたいし、昼夜関係なく歌い、飛び、踊りたい。
水に還りたい魚のようなものなのだ。
自由に過ごせたら気持ちがよいだろう、しかしそれは人間として生きることを忘れることだ。
「一度、妖精化したことがあるんだ。その時、父上や母上のことを忘れてしまった」
サーシャ、オーウェン、ノリス。
そこには居たのは大好きな人間たちだった。何故か、彼らは悲しんでいて、エイヴェリーは彼らに愉快な気持ちになって欲しかった。
だが彼らが何故悲しんでいるのかエイヴェリーには分からないし、次第にどうでも良くなっていった。
「その時はなんとか人間の自分を取り戻せたけどね、次はダメかもしれない」
「なんだか――、『かぐや姫』みたいね」
育ての親を愛しながら最後は振り返ることなく月に還っていく姫君のように、エイヴェリーも妖精界に旅立つ日が来るかもしれない。
「正直に言うとね、いつか人間であることを止める時が来るような気がするんだ」
「………………」
「できるだけ長く人間でいられるように抗ってる」
アシュリンと『虹色』のお菓子を作り、短刀術を習う――。すべてエイヴェリーが人間でいるための行動だ。
「出来るだけ長く人間でいたいなら、リーアムと結婚した方がいいんじゃない」
「いや、それは……。確かに私には都合のいい話だけど、リーアムは幸せになれないかも……」
「なんでよ? リーアムはあんたのこと、好きだ、愛してるって言ったんでしょ」
「あんなの……、信じてない……し……」
「リーアムが嘘ついてるってわけ?」
「いや、違うんだよ。あいつは真面目だから可哀想なエイヴェリーに同情してる。それを愛だと勘違いした……と、思う」
次期当主としてパーソロン家にやって来たリーアムは、いつもエイヴェリーを気にかけていた。
毎日のように離れの二階を見つめていたリーアム。エイヴェリーは自分の代わりにルゥルゥたちに挨拶に行かせていた。
リーアムはその優しさ故にエイヴェリーを妻に迎えようとしている。そうすればエイヴェリーは父や母と、義理の父母という形にはなるが堂々と一緒にいることが出来るのだ。
「別に偽りの愛でもいいじゃない? 優しくて真面目なリーアムならあんたを傷付けないだろうし、結婚しちゃえばそれなりに夫婦らしくなるもんよ」
「だけどあいつは王都にきたばかりだ。もっと違う出会いがあるかもしれない。ほら、舞踏会みたいな所で令嬢に会ったり、さ」
「あんた、綺麗なんだからもっと自信持ちなさいよ」
「綺麗って女として? 私が女物の服を着た所を想像できるかい?」
「……………………」
アシュリンは沈黙してはいけないところで、沈黙してしまった。
「見た目のいい男がドレスを着たら美女になるわけじゃない。そこには女装した男しかいないんだよ」
「あんたは女じゃない」
「女なら女物な似合うわけじゃないよ? 大体、女の服って肩幅の狭い、細い手の人間用に作られてるじゃないか。見てごらんよ、私の肩幅、大きな手。顔もだ、自己主張の強い鼻と口! 男なら優しい雰囲気になるけど、女の顔としてはどうなるか分かるよね?」
突然の自分語りに唖然としたのか、アシュリンは聞き役に徹している。
「舞踏会にいったら頭の小さくて瞳の大きい、それから小さな鼻と口の可愛い子がいっぱいいるんだよ?! 背が低くて、華奢な肩と細い腰。小さい手。そんな子がフリルと宝石を付けてさ。もう向こうの方が妖精だよ? リーアムがそんな可愛い子を好きになったって誰も責められないよ」
「あんたって、コンプレックスの塊だったのね……」
「うっ」
「そりゃ、綺麗な子や可愛い子はいっぱいいるけど、だからってリーアムが好きになるかどうかは別じゃない?」
「もう一つ、私には大きな問題がある」
「なによ」
「私には色気がないっ」
「あー、ないわねー」
「待って、そこ否定して」
もはや面倒くさい女と化したエイヴェリーを、アシュリンは雑に扱いはじめた。
「よく考えたら、あたし、あんたが女かどうか確認したことないのよね。言っちゃ悪いけどあんたの男装って完璧じゃない?」
「今の今までは、それで良かったんだ。昨日いきなり、自分がドレスを着てリーアムの隣を歩く姿を想像したら、なんか色々落ち込んじゃったんだよ」
同じくらいの背丈、同じくらいの肩幅、同じくらいの胸筋――。
軍服の男とドレスの……男――。軍隊内のお遊びの仮装にしかならないだろう。
「ねえ、肩幅はともかく胸とか腰とかお尻はどうなってんの? ほんとに男にしか見えないんだけど……」
「ノリス特製の補正下着の力さ」
エイヴェリーは胸を張って答えた。
「それとったら少しは女に見えるんじゃないの。ちょっと、その下着見せてくれない?」
「いいとも」
エイヴェリーはノリノリで下着を見せることにした。どんな女性的な体付きも男に変えてしまう究極の補正下着。通称男スーツ(今、思い付いた)。
誰かに自慢したくて仕方なかったのだ。
「ちょ、あんた凄い乳バンドしてたのね。戦時中ももっとまともな下着があったわよ」
「………………」
思っていた反応は得られなかった。
それからエイヴェリーはたいした恥じらいもなく裸になって、百年近く女をやっているアシュリンの感想を求めた。
「迫力があるわね……」
しっかりとした骨格、鍛えた筋肉、豊満な胸と尻――。
「圧が凄い……」
「どうだろう、男が喜ぶ体だろうか?」
「ちょっと、恥ずかしくなりそうなことを堂々と聞かないでよ。女同士でも少しは恥じらいなさいよ」
「恥じらい……」
そうだ私に足りないのは恥じらいだ。と、考えたエイヴェリーは、初晴時代のおぼろげな記憶の中から、恥じらいやらセクシーポーズやらを必死に引き出した。
「むんっ」
悲しいかな、それはかつていた世界のボディビルダーのポージングにしか見えなかったが、幸か不幸かアシュリンにはその方面の知識はない。しかしセクシーポーズとも認識しなかった。
「あんた、なんでゴリラの物真似やってんのよ」
「………………」
とりあえずセクシーポーズでリーアムを惹きつけるのは無理そうだと、エイヴェリーは思った。
「やっぱり、可愛い子や色気のある女がいたら負けるような気がするよ」
エイヴェリーは男スーツをいそいそと着けながら言った。
「あんたが絶世の美女で世界一婀娜っぽい女でも、振られる時は振られるわよ。今からリーアムの心変わりを気にしても仕方ないじゃない。大事なのはあんたの気持ちよ」
「私?」
「リーアムのこと好きなの?」
直球の質問に、エイヴェリーは言葉を詰まらせた。
「いや、あの、やっぱり結婚は無理……だし、女王のこともあるし……この店とかも……」
「そんなことどうでもいいのっ」
アシュリンがぴしゃりと言い放つ。
「女王も虹色も精霊もどうでもいいの。リーアムの気持ちだって関係ない。あんたよ。あんたが、リーアムのことどう思ってるかよ」
「…………」
「好きなの?」
「好き……」
「愛してるの?」
「愛……してる……」
はあああっと、エイヴェリーは息を吐いた。そこから無数の妖精が生まれた。




