43 告白
その日の夜、パーソロンの離れにいたエイヴェリーはリーアムの訪問を受けた。
リーアムは軍服姿のままであった。なんと今の今まで令嬢の護衛をしていたらしい。
「君に――、いや、エリン通りのみんなに謝りたくて」
謝罪のために、着替えもせずにパーソロン邸に戻ってきたのだ。
「君が謝ることなんて何もないよ」
エイヴェリーはアシュリンが話してくれた帝国事情を説明した。
「そうか、彼女にも気の毒な事情があるのだな」
「いや、そこは同情するところじゃなくてさ」
なんとも人のいい青年だが、もう少し底意地の悪さを持って欲しい。
「だから、君もさ、ニッコリ笑って『帝都について教えて下さい』って言えばいいんだよ」
「それはディアミドがすでにやっているんだ。自分はそんなことを言うのは苦手だから……」
ディアミド……。
エイヴェリーは、彼が帝国令嬢の担当から逃れられた理由が分かったような気がした。
「君には特に済まないことをした。護衛の分際で余計なことを言ってしまった」
「余計なこと?」
「ラズベリーのことだ」
「なんだ、そのことか。君のせいじゃないよ。それに私は嬉しかったんだ。君がラズベリーを美味しいって言ってくれて」
ラズベリーはエイヴェリーが、初めて作ったジャムである。
パート・ド・フリュイで初めに挑戦したのもラズベリーだ。
「私にとってラズベリーは特別なんだ。ああ、そうだ今度一緒にクランベリーを摘みに行かないかい?」
「一緒に?」
「ほら、前に言ってた郊外の森に、クランベリーの自生地があるんだ。妖精も沢山いるよ。この子たちもきっと喜ぶ」
森から生まれた妖精、デイ、タム、トゥリンがエイヴェリーとリーアムの周りをくるくると踊っている。
「僕と君で森に行くのか……」
「そうだよ。君は忙しいだろうから無理強いはしないけどね」
パッと見た印象だが兵舎には植物が少ない。森の妖精たちは緑のそばにいないと次第に弱くなる。エイヴェリーだけで連れて行くことも出来るが、大好きなリーアムと一緒の方がいいだろう。
「僕も、君と森に行きたい」
「休みはあるかい?」
「君に合わせる」
『もり、いくー』
『もり、いくー』
妖精たちがはしゃいでいる。
そういえば『虹色』が忙しくて久しく森に行っていない。妖精たちを遊ばせてやる必要があるだろう。
「リーアム」
「エイヴェリー」
二人は同時に互いの名を呼んだ。
「リーアム、君から」
「いや、君から話してくれ」
リーアムはそう言いながら俯いた。
なんだろう、空気が微妙にぎこちない。エイヴェリーは不思議に思ったが、構わず話し始めた。
「今ね、帝国の人間が沢山住んでる辺りを妖精と見張ってるんだけど――」
「君、そんなことをやってるのか」
「そこで少し気になることがあってさ」
外国の船が入る港には帝国の領事館がある。この辺りに立ち並ぶホテルや屋敷は今や帝国人のために存在すると言ってよい。
凶悪な事件がこの界隈で立て続きに起きたこともあり、昼夜を問わず保安隊が動いている。しかし事件は保安隊の監視の目をかいくぐるように起こるのだ。
犯罪が起こりやすい夜になると、エイヴェリーは妖精たちの目を通して帝国人の多い住宅街を見回るが、歩いているのは保安隊ばかりだ。
「でもね、変な連中を見つけたんだ」
それは二人組の男女だった。女は若く、男はすこしばかり歳をとっていた。二人とも平民のように見えた。
「女は泣きそうな顔をして男の話を聞いてたんだけど、聞き取れなかったよ。おかしかったのはね、この二人が保安隊を気にしてたことなんだ」
「何かやらかそうとしてたのか」
「うん、やらかしたんだ。保安隊の目のつかない所で男が女を殴ったんだ」
とっさのことにエイヴェリーは妖精に指示を出すことが出来ずにいた。だが奇妙なことに女は悲鳴も上げず助けを呼ぶこともなかった。
「多分、男が逃げるのを確認してたんじゃないかと思うんだ。その女の人はね、男が見えなくなってから、持っていた籠を投げだして悲鳴を上げたんだよ」
「それは……」
「一瞬のことだから、その時は何が起こったのか分からなかったんだけどね。男は強盗役で女は被害者役だったんじゃないかな」
「確かに……。一昨日そんな事件があった。帝国人の使用人が荷物を奪われそうになって抵抗して殴られた。保安隊が駆けつけた時には、もう犯人はいなかったと報告を受けている」
不思議なことに辺りに強盗が隠れることが出来そうな場所はなかったし、逃走経路と思われる箇所には保安隊がいた。逃げても保安隊に必ず発見されるはずなのだ。
「まるで犯人がその場で消えてなくなったような感じでね。他の事件も似たようなかんじなんだ」
「近くにある帝国人の屋敷に入ってる可能性があるね」
エイヴェリーの言葉にリーアムは頷く。
犯人が帝国の息のかかった人間ではないかとの疑いは保安隊の中にもあるようだ。
「まさか、被害者までグルだったとは――」
「殴られた女の人は最初から泣いてたんだ。ひどく怖がって震えてた。きっと嫌なことだったに違いないよ」
「もう一度被害者たちから話を聞いてみよう。もちろん配慮はする」
「………………」
「………………」
部屋に沈黙が訪れる。
妖精たちは構わず愉快に飛び交っているが、人間たちの間には静かな時間が流れていた。
「…………やっぱり忙しいよね。クランベリーは一人で摘みにいくよ」
「いや、休みを――」
真面目なリーアムは約束を果たそうとするだろう。無茶をさせては行けない、とエイヴェリーは思った。
「でもさっ、絶対に森に行こう」
エイヴェリーは、出来るだけ明るく、なんでもないかのように振る舞った。リーアムの負担にならないように気を遣いながら。
「分かった必ず」
「約束だよ」
再び、沈黙。
だが気まずさはなかった。
エイヴェリーはこの時間がこのまま続けばよいと願った。
「エイヴェリー」
「何だい?」
「結婚しよう」
「えぁ?」
予期せぬ単語を聞いたエイヴェリーは思わず、間抜けな声をあげてしまった。
「えーっと、何で?」
やはり、間抜けな対応しかできない。
リーアムはエイヴェリーをじっと見ている。冗談でも軽口でもない。本気だ。もっともリーアムが軽口を叩いている所を見たことはない。
結婚――エイヴェリーは、自分の人生にこの単語が出てくるとは思わなかった。
鼓動が早くなり息があがる。頬は火照ったように熱い。「結婚」の二文字が遅効性の魔法のようにエイヴェリーを状態異常にした。
興奮と混乱を抑えながら、エイヴェリーはリーアムの次の言葉を待った。
「それが正しいからだ」
「え?」
「正しいからだ」
エイヴェリーの体は急速に冷えていく。
リーアムの言いたいことがサッパリ分からない。少なくとも自分が考えていたような甘やかな気分で、彼は結婚を口にしたわけではないようだ。
「僕と結婚すれば、君はパーソロン家のエイヴェリーでいられる。父上と母上の娘のままだ」
まずは当初の予定どおり、廃嫡された青年エイヴェリーは地方で息を引き取る。そして地方からやって来たパーソロンの親戚筋の娘としてリーアムと結婚し、再びパーソロン家の一員となる。これがリーアムの考えたプランだ。
「私との間に子をもうければ、かなりの確率で妖精を見る娘が生まれるだろうな」
エイヴェリーが低い声で言うと、リーアムはさあっと顔を赤らめて「そうだ」と、付け加えた。
「エイヴェリー、僕と結婚してくれ」
「……………………」
「僕が嫌いか?」
「……………………」
エイヴェリーは何も答えることが出来ない。
ふと脳裏で「愛はないの?」と、誰かが訊ねる。初晴だ。
結婚に愛が必要だ、などというのは初晴の思考でエイヴェリーのものではない。
それでも――。
「正しかったら、君は愛していない女と結婚できるのかい?」
「なっ?! 違う、僕は……。僕は、君が好きだ」
リーアムは深く息を吸う。
「君を愛している」
エイヴェリーの紫の瞳から、涙が止めどなく流れる。
止まらない涙に、リーアムは動揺する。
「エイヴェリー?」
「無理……。君の想いに答えられない。私は――精霊だから」




