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42 帝国事情

「そちらのドレスは『アヴォーリオ』で仕立てた物ですね。分かりますわ、()()()ですもの」

「あ、あら、よく分かったわね」


 アシュリンは突然、令嬢の衣装の話をはじめた。褒めているようで、揶揄を含んでいる話し方。人のいいエイヴェリーでも、アシュリンの言葉に含みを感じるほどだ。


「ああ、でも私が帝都にいた時には独立騒ぎで大変でしたわ。覚えていらっしゃるでしょう? あの後、どうなったかご存じです? 私はすぐにラナンシに帰ってしまったので、詳しいことはよく分からなくて……」

「ええ……、そうね」

「大きな騒ぎでしたものねえ。学院もその話題でいっぱいでしたわ。ああ、学院ではどのクラスにいらしたの?」

「学院……」


 令嬢は学院の話が出た所で硬直している。エイヴェリーには何が起こっているのかさっぱり分からないが、アシュリンが令嬢を追い詰めているのは分かる。


「申し訳ありません。在学中の生徒の名前と姿はしっかりと把握しておくべきなのに、少し記憶が曖昧になっていまして……。失礼ですが、お名前を聞いてもよろしくて。ああ、せめて姓が分かれば――」


 今や令嬢は死刑執行を待つ囚人のように、青ざめ立ち尽くしていた。アシュリンの言葉のどこかに、彼女を打ちのめす要素があるようだ。


「お嬢様、今日の所はある商品(もの)で、手を打たれてはどうでしょうか。最初はマカロンをお求めだったはずです」


 いつの間にか執事風の中年男性がやって来て、令嬢に耳打ちする。侍女も側に寄ってきて、三人で何やら話始めた。

 どうやら離れた所で様子見していたらしい使用人たちが、お嬢様のピンチを見かねて動き出したようだ。


 もっと早く動けと思わなくはないが、ここらで引き上げてくれるなら、ありがたい。


「あちらの方にセット商品がございます。マカロンのみのセットの他、マカロン、クッキー、ドラジェのセットもございますよ」

「おお、ではそちらをお願いいたします」


 エイヴェリーの助言に執事がさくっと乗った。

 新商品のマカロンラスクセットも勧めてみたいが、向こうも早くこの場から立ち去りたいだろうと考えてエイヴェリーは素早くセット商品を袋に入れた。


「しかし『虹色』の名に相応しい品でございますね。帝都でもこれ程きらびやかな菓子を見たことがございません」


 場を和ませようとしたのか、執事が棚を見渡しながら商品を褒める。彼の周りで妖精たちが踊っている。本音のようだ。


「ありがとうございます。ああ、パート・ド・フリュイですが、ラズベリーはご用意できませんが、他のベリー類なら多少はご用意出来るかもしれません。またお越しの際には――」

「なら、持ってきてよ」


 死人のように押し黙っていた令嬢が、ボソリとつぶやく。


「ご滞在中に準備出来るとは限りませんが……」

「しばらくこの島に居るわ。だから持ってきて、ベリーで作ったそのパー……なんとかを、私の屋敷に、あなたが持ってくるのよ」


 令嬢はエイヴェリーは睨みながら言ったが、応対したのはアシュリンだ。


「準備が出来次第、連絡いたしますわ。それで、どちら様にお届けすればよろしいでしょうか」


 微妙に毒を含んだ笑みを浮かべる女主人に、帝国の令嬢は何も言えず小さくなるばかりだ。


「パーションでございます。住所は――」


 令嬢の代わりに執事が答えた。





「帝国はね、広いのよ。最近併合された土地や未開の地も沢山あるの。で、帝都に近い土地の人間ほど威張ってるわ」


 令嬢とリーアムが店を出てしばらくして、『虹色』は店じまいをした。しかし、本番はここからだった。

 つめかけたご近所さんたちが、帝国事情を詳しく聞きたがったのだ。

 これからも帝国の客は来るだろう。「帝国では~」をかまされて理不尽な要求を交わすテクニックを皆、知りたがっていた。



 アシュリンによると帝国に組み入れられた土地の人間は帝都の居住権を得ようと必死になるらしい。

 そして居住権の次はアシュリンも通っていた「学院」に子女を入れる。


「これで『真の帝国人』になれるの。でもね、居住権を得るには莫大な費用が必要で、審査もあるの。さらに学院に入れようとしたら身分が必要になるわ」


 大抵の人間は居住権すら得られないのだと言う。


「でも君は、ラナンシ人の商人だよね」

「外国人は別枠なの。お金と縁故があればなんとかなるわ。安いお金じゃないけどね」


 もちろん学院に入れば御の字と言うわけではない。


「学院に入ったら、まずは顔と名前を覚えるの。取りこぼしなくね」

「勉強は?」

「するわよ。当たり前でしょ。でも人を覚えることが大事なの。学院に入ってるってことは帝都の上流階級の家の子だもの。覚えとかなきゃ、あとあとひどい目に合うわ」


 逆に学院に入れなかった人間は帝都の出世コースから外れる。そして家門から一人も学院に入れないと勢力を失うのだと言う。


「重要になるのが姓よ。帝都では、まず相手の姓を聞くの。学院出身者の中にその姓がなかったら、相手にすべき人間じゃないと見なされるわ」

「今日のお嬢様は……」

「パーション――学院にはない姓だわ」

「君が卒業してから入ったかもしれないじゃないか」

「毎年、出版される、学院在学者名鑑をちゃんとチェックしてるわよ。ラナンシに帰ったからってサボっちゃないのよ。帝国と商売するなら絶対知っとかなきゃいけないからね」


 帝国、怖すぎる。


「私も帝国のこんなところ好きじゃないの。あの子だって犠牲者みたいなものね。きっと帝国の上流階級に入れなくて散々馬鹿にされてると思うわ。あの子、多分、帝都に居住権がないわね」

「分かるのかい」

「あの服装見たでしょ。あれは『アヴォーリオ』であつらえた一級品よ。でもね、時代遅れのブランドだから、帝都に住んでる若い子はまず着てないのよ」


 この老舗の仕立屋は、若手のデザイナーが離反し独立したことから力を失った。しかし、ある一定の年齢層からは指示を失っていないそうだ。


「あそこで服を作るのは保守的な老人か、事情を知らない田舎者。彼女は後者ね」


 だからアシュリンは令嬢の服装を見ただけで、彼女の()()が分かったのだ。


「気の毒な人だけど、ああいった連中が外国で暴れるのよ」


 帝都に入れず、『真の帝国人』になれなかった帝国人は外国を目指す。そこで「我は帝国人なり」と、威張り散らして帝都で受けた仕打ちの鬱憤を晴らすのだと言う。


「『帝国帝国』って連呼して『帝都』って言わないのは、まず帝都に住めない田舎者ね。そういう連中には帝都の話を振ってみればいいわ」

「でも、アシュリンちゃん。あたしら帝都のことなんて知らないからさ、適当なこと言われても分かんないよ」


 近所の人々が、「そうだ、そうだ」と頷く。


「勉強しましょう。まずは学院在学者名鑑を覚えることから始めるの」


 アシュリンがにやり、と笑う。

 その場にいた(エイヴェリーを含めた)全員が青ざめた。

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