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40 エイヴェリー、差し入れをする

 エイヴェリーは兵舎に来ていた。

 黒の三つ揃いに臙脂のアスコットタイ。紳士風だが大きな袋を両手に持っているので、なんとなくちぐはぐな印象になる。


 通用門から敷地内に入ったエイヴェリーは、木造平屋の建物に案内された。どうやらここが兵士と家族が会う場所らしく、長テーブルと丸椅子が並んでいる大きな部屋で、何組かの家族が賑やかに話し込んでいた。


「お好きな場所へ、どうぞ……」


 案内してくれた少年のような顔立ちの兵士は妙にビクビクしている。エイヴェリーは最初、自分の何が彼を怯えさせているのか分からなかった。

 しかし、部屋の人々の裕福とは言い難い服装を見ているうちに自分の場違いさに気づいた。この兵舎には富裕層や貴族はいないのだ。

 おそらく貴族の子弟で構成された近衛兵も、ここにはいない。保安隊の幹部クラスもリーアムたち以外はいないのかもしれない。


 エイヴェリーは空いている椅子に座り、周りを観察する。

 中年の女性がぱんぱんにふくらんだ大きな袋を、手前に座っている兵士に渡している。着替えだろうか。

 また少し離れた所にはあまり若くないと思われる男性二人が話し込んでいる。二人の関係は分からないが、顔が似ているの兄弟なのだろう。


 エイヴェリーは最初こそ呑気に観察していたが、自身に向けられる視線に気になり始めた。ここでは異分子である自分こそ、観察対象なのだ。


『エイヴェリー、エイヴェリー』


 いつもより控え目にルゥルゥが喋りだす。足下の影から離れようとせず、ズボンを引っ張っている。他の妖精たちも同様だ。


『おさんぽ、していい?』

『じょうおうさま、くる?』


 ここは王宮に近い。エイヴェリーは警戒してこの辺りに妖精を出さないようにしてきた。

 しかし、妖精たちは見たことのない土地と人に興奮している。怖いが、冒険もしたいのだ。


(分かった、出てきていいよ。ただし、この部屋だけだ)


 意識を伸ばして兵舎を探索してもいいが、勝手の分からない土地や空間では精神の消耗が激しい。本体の周りが疎かになるのも防ぎたい。


 しかし、冒険する暇はなかった。リーアムが短刀術メンバーを連れてドヤドヤと入ってきたのだ。もちろんディアミドもいる。


(なんで? リーアムしか呼んでないんだけど)


 エイヴェリーの内面を読み取ったかのように、リーアムが言い訳を始める。


「門番たちが困ってたんだ。パーソロン家を名乗る若い紳士風の男が通用門から入ってきたって」

「その話を皆で聞いててね、ああエイヴだなって思ったんだよ。で、みんなで会いに来たってわけ」


 ディアミドがニヤニヤしながら付け足す。

 どうやら通用門から入る人間にしては身なりが良すぎたようだ。先ほどの若い兵士の動揺の理由をエイヴェリーは理解した。


「正門から入れば()()()に案内できたんだよ」

「ようこそ、豚小屋から犬小屋へ!」


 四人が笑う。どうやら兵士たち共通のジョークのようで周りの兵士たちもつられるように笑っている。


「えーっと、中々、趣のある建物だね」


 エイヴェリーが木造の床や壁を見ながら遠慮がちに言うと、四人は顔を見合わせて笑い合った。


「兵舎に来いよ。ここよりもっと趣があるぜ」 

「部外者立ち入り禁止だけどさ、そりゃ、見せられないって。親が見たら泣くぜ?」


 いつの間にか他の兵士も合流してエイヴェリーそっちのけで好き勝手なことを喋り始めた。

 短刀術メンバーはこの兵舎の中では、異例の家柄の筈だが上手く周囲と馴染んでいるようだ。

 エイヴェリーは彼らの楽しげな様子にひとまず安心した。


「ところでエイヴ、お前、やたらといい匂いがするな」


 短刀術メンバーの一人、トマスがエイヴェリーに顔を近づけた。


「――――っ」


 リーアムが素早く反応しようとしたが、先にエイヴェリーが動いた。


「分かるかい? 君らにいろいろ持ってきたんだ」


 エイヴェリーは紙袋を開ける。


「『虹色』の新作、と言ってもまだ試作段階だけどね、マカロンラスクだ」


 紙袋の中には正方形の缶があり、ふたを開けると色とりどりのマカロン生地がぎっしりと詰まっている。


「これ、高いヤツだろっ!」


 叫んだのは短刀術メンバーのリッキーだ。


「いや、店で出しているのとは違うんだよ。店のはクリームやジャムをサンドしてるんだけど、これは堅めに焼いたマカロン生地なんで、マカロンラスクって言うんだよ。まだ味が決定しなくてね、まあ、試食してもらおうかなって」

「食べていい?」

「どうぞ。あ、崩れるから、気をつけて」


 マカロンラスクはサンドするタイプのマカロンより堅めに焼いている。しかし、やはりクッキーよりは崩れやすいのだ。


 乱暴にマカロンラスクを掴む男たちにハラハラしながら、エイヴェリーは説明を続けた。


「半分に分かれてるだろ? そっちはバターが塗ってあって塩味があるんだ」


 ちなみにエイヴェリーの感想は「どっちにしても甘い」で、妖精たちは『甘いよー』『おしおのあじだよー』『おいしいよー』だった。役に立たないから、他からリサーチしてこいとアシュリンに言われたのだ。


「へー、これが虹色か。確かに虹色だ」

「旨いな。え? どっちも同じ味じゃないのか」

「頼む、お袋が来てるんだ。一枚くれ」

「あ、テメー、何枚も喰ってんじゃねえぞ」

「うわっ、ポケットに入れたら割れた!」


 ここの感想もあまり役に立ちそうにない。


「ところで先生はお元気なのかい? マカロンラスクを先生にもお渡しして欲し……い……」


 ぱり。


 それは最後の一枚が若い兵士の口に入った音だった。


「あ……、えほ……」


 気の毒な兵士は口をモゴモゴさせながら、周りの兵士の顔を見ている。


「お前、なんってことを」

「そうだ、俺たちは教官の分をちゃあんと残していたんだ」

「そうだ、そのとおりだ。俺たちはいつだって教官の事を考えている」


 どうやら道場主はここでは教官と呼ばれているらしい。

 白々しい言動を真に受けたのか、若い兵士は青ざめている。

 エイヴェリーは慌ててフォローを始めた。


「いや、私が最初に言っておくべきだった。済まない、こちらの落ち度だ。それにまだあるんだよ」


 慌てて皆の前にもう一つの袋から木箱を取り出す。長方形の木箱の中には、照りのあるソースを絡めた串焼きの肉があった。


「こっちを最初に取り出すべきだったよ。あ、でも、まだ温かいからさ」

「エイヴェリー、これは?」

「『ポポロンの総菜屋』の焼き鳥。鶏を焼いて特製のタレに付けたんだ。こっちもまだ試作だから感想が欲しくて」


 甘いお菓子の後に出すなんて失敗だったな、とエイヴェリーは思ったが、兵士たちは欠食児童のように食らいついた。兵舎の食料事情が気になるレベルである。


「おお、なんか甘いな」

「ビールくれ、ビール」

「ああ、仕事終わってから食いたかったな」

「頼む、母さんの分を一つ」

「おれの親父とお袋の分も――」

「てめぇんちは、誰も来てねえだろっ」


 こちらもまともな感想が聞けそうにない。


「『虹色』の隣の総菜屋か」


 出遅れたリーアムは少し離れた所から、皆の様子を見ながら静かに口を開く。


「あの子は――、通りのみんなは元気かい?」

「元気だよ。みんな寂しがってる。最近、リーアム様が来ないって」

「…………、失望させてしまったな」

「保安隊、あんまりいい話は聞かないね」


 隠してもしょうがないので、保安隊に対する庶民の反応を率直に聞かせることにした。


「ねえ、不思議なんだけどさ。帝国の居留民が襲われるなんて頻繁にあることなのかい?」


 帝国はラナンシ在住の帝国民保護を名目に軍隊を派遣したいと言っているらしいが、帝国民が襲われたなどと言う話題は聞かない。


「幼子か昼日中(ひるひなか)にラナンシ島民に襲われたが、周りの人間は誰も助けなかったと、付き添いの侍女が言っているらしい」


(ああ、あれか)


 エイヴェリーは以前見た、帝国の少年(クソガキ)の暴言を思い出していた。


「誰も信じちゃいない。でも彼らは一あれば百にも千にするのさ」


 いつの間にかディアミドが側に来ていた。しっかり焼き鳥の串を持っている。


「それを口実に軍を駐留させるのか……」


 久々にリーアムの顔を見て、短刀術メンバーにも会えたのにエイヴェリーの心は沈んでいた。



「あのー、焼き鳥ってもうないんですかね」


 兵士の一人が申し訳なさそうにエイヴェリーに訊ねる。

 そこにはタレのついた空の木箱があるばかりだった。

マカロンの次に焼き鳥を食べるという、訳のわからないことになってしまいました。

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