39 ラナンシ王立保安隊
アシュリンとエイヴェリー(と妖精たち)で運営するつもりだった『虹色』は、エリン通りの住民に助けられてなんとか最初の一ヶ月を乗り切った。
アシュリンは初期の計画が甘く周囲に迷惑をかけたことを方々に謝罪する羽目になったが、臨時収入と虹色の新作菓子をgetできた人々に不満はなかった。
当初の予定通り、午前十時から午後三時までの開店で店が安定し始めたのは、暑さも和らぎ秋の気配が色濃くなった頃だ。
三時に店を閉めて、店舗の掃除を済ませたエイヴェリーとアシュリンは妖精たちと一緒に炭酸水と総菜屋の新作である餃子を食べていた。
「また餃子が食べられるなんて幸せだわ」
「うんうん、これでビールがあればなあ」
「昼間っから、馬鹿言わないでよ」
『ばかばか、エイヴェリー、ばかばか』
通常運転の『虹色』の裏側であった。
餃子があらかた片づいたころ、呼び鈴がなった。
「誰かしら」
「制服だよ。ああ、警邏隊じゃないかな」
「え、でも、警邏隊って……」
「うん、変だね」
エイヴェリーらが虹色でてんてこの舞を踊っていた時、ラナンシ王立保安隊が発足した。警察機能を持つ軍隊と言ってよい存在で、民間人中心の警邏隊は解散することになる――と言う話だっあ。
(うーん、なんかの詐欺かなぁ)
「私が出るよ」
とりあえず男エイヴェリーが様子を見ることにした。妖精たちを隠し、入り口に向かう。
ドアを開けるとそこには見知った顔があった。以前あった『人さらい事件』の時に兵隊たちを抑えていた警邏の一人だ。
まあ、詐欺や強盗の類いではないだろう。
玄関口からエイヴェリーが姿を現すと、中年の男が日に焼けた顔に喜色を浮かべ、気安い感じで話しかけてきた。
「ああ、エイヴさん! あの時はどうも」
「あの時?」
「ああ、えーっと、ですね」
警邏の男の弟は、この辺りに店を持っている。例の兵隊襲撃の際、狙われた三店舗以外も看板を蹴られたりとした被害に遭っていたようだ。
弟の店にも兵隊が入ろうとしていたところで、エイヴェリーが隊長に抗議を入れて、事なきを得た。
偶然の産物なのだが、意外とあちこちから感謝されていたようだ。
警邏の男は頭を深々と下げてから、この界隈で起こっていることを説明した。
「実はこの辺りに不審な男がうろついているって話がありましてね」
「はあ、それはまた……」
またか、と言うのがエイヴェリーの率直な感想だが、警邏はその心情を察したようだ。
「いや、今度は本当に悪い奴かも知れないんですよ」
本当に悪い奴の前に、数人のさほど悪くない奴が住民の目に止まり問題になっていた。
店が開いていないと言って怒ったよっぱらいが外に置いてあった鉢植えに足をひっかけ喚いているのを、近隣住民が保護したことがある。
二回ほど店舗に侵入未遂事件が起こっていたが、これはアシュリンの実家の使用人の下手くそな見張りであることが分かっている。
まあ、今の所トラブルはこれくらいだ。
「それが本物の強盗みたいなんですよ。雑貨屋がやられたみたいでね。けが人が出てます」
他にも数件、侵入事件があるらしい。
「ずいぶんと物騒なことになっていますね。でも、うちはここ数日は平和ですよ」
なんせ妖精パトロール隊が常時見張ってるのだ。ほんとにおかしな事は起こっていない。
「何かあった時は警邏じゃなくて、保安隊に言うんですよね?」
「ええ、保安隊から警邏に連絡が行くんです」
「でもそれじゃぁ……」
これまでは警邏隊に訴え警邏が動いていたのだが、これはからは保安隊から警邏隊に連絡が言ってから警邏が動くことになっているらしい。二度手間である。
「まあ、上の方のお考えですよ。俺らが拳銃かなんかで撃たれて死ねば、動いてくれるんじゃないんですかねえ」
警邏の男が吐き捨てるように言う。エイヴェリーは自分が責められているように苦しくなった。
「ああ、保安隊ね。ここいらの人間はみんな愚痴ってるわよ」
アシュリンも保安隊の悪評を知ってるようだ。
「人手が足りない部分を警邏隊で補ってるんだよね。まだ出来たてなんだし、そこは仕方ない部分があるんじゃないかな」
エイヴェリーは頭の中で短刀術メンバーを思い浮かべながら保安隊を擁護した。
「保安隊って上の方は貴族ばかりでしょ? この辺りの庶民なんかのために動くわけないわよ」
「そんな……こと……」
反論したかったが言葉がでない。
エイヴェリー自身は貴族に生まれながら貴族として生きたことがない。かと言って庶民の気持ちが分かるとも言い難い。半端な存在だ。
「それに保安隊ってラナンシ島にいる帝国民を守るために作ったって話よ。ここらで事件が起こっても私たちなら警邏隊が来るけど、帝国民が訴えたらすぐに保安隊が動いたって」
アシュリンが言っていることは噂や憶測ではなく本当だろう。
(リーアムに会いたい)
リーアムから直接話を聞きたいとエイヴェリーは切実に思ったが、ここ一ヶ月ほどまともに会話する機会がなかった。
「リーアムは兵舎に泊まっている。しばらく帰らんつもりのようだ」
「兵舎にですか。宮殿ではなくて?」
その日の夜、パーソロンの離れで父オーウェンの言葉にエイヴェリーは首を傾げた。
リーアムは三家の人間だ。王宮にあるパーソロン家の部屋を使うことが許されている。
「パーソロン家の人間としてでなく第二部隊の隊長として仲間とともに過ごすつもりらしい」
保安隊は五部隊に分けられ、第一部隊の隊長がディアミド、第二部隊の隊長がリーアムだ。残りの短刀術メンバーは副隊長となっている。
「もしかしてディアミドも兵舎ですか?」
「うむ。まあ、ネヴェズ公はかなり渋い顔をしているがね」
ネヴェズ公はラナンシ国家保安隊の初代長官に就任した。名ばかりの存在であり、いずれ息子のディアミドにその地位を譲るであろうと公然と語られている。そんな名誉ある地位を約束されている息子が、平民の兵士と寝食を共にしといるのが気に食わないらしい。
「保安隊の実質トップはディアミド殿だ。そしてリーアム。あちこちから文句を言われて、いや、気が重いよ」
はははっと、オーウェンは乾いた笑い声を上げた。
「あちこちとは……」
「パーソロン家の派閥だよ」
(へー、あるんだ派閥とか)
エイヴェリーは呑気にそんなことを考えた。
派閥があるなら文句が出るのも分かる。
長官がネヴェズ公、第一部隊隊長がネヴェズ家嫡男ディアミド、第二部隊隊長がパーソロン家嫡男リーアムとなると、ネヴェズの下にパーソロンがいるような形になってしまう。
「父上はよく許可されましたね」
「なにがだい?」
「リーアムのことです。彼から言いだしたことなんでしょう」
「そうだ」
王都キーアンの治安は思ったより悪いのに、警邏隊はほぼ丸腰で権限がなく、兵隊は動かない。市民はどこを頼ればよいのか分からない――とリーアムはこの現状を変えるべきだと訴えたのだ。
「まあ、この件は何度もパーソロンが出していたんだが通らなくてね」
「じゃあ、リーアムが訴えたから――」
「いやいや、田舎から出てきたばかりの若者がいきなり中央を変えるのは難しいよ。きっかけはね、帝国だよ」
帝国……。
「ええっと、帝国民が犯罪に巻き込まれることが増えたから、きちんとした治安維持組織を持つように圧力をかけてきたんですか?」
「いや、そんなおだやかなものじゃないよ。彼らはね、駐留軍を置くつもりなんだ」
「駐留軍って……、それ帝国軍じゃないですか?!」
オーウェンはエイヴェリーの目を見て小さく頷いた。




