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38 虹色始動!

 ゲームでは小さな店舗に少しずつ商品が充実していき、お客も増えていく。

 だがエイヴェリーとアシュリンが作った『虹色』は前評判と期待ばかりが先行した王室御用達高級菓子店だ。


 ついに初日がやって来た。

 果たして庶民の子どもがお小遣いを握りしめて買いに来てくれるのだろか、エイヴェリーは店舗に並んだ品々を見て考えていた。


 花で飾られた広く明るい店内。右にはリーズナブルなカラフルクッキーが並ぶ。その隣には陶器の皿の上にパステルカラーが目に優しいドラジェ。


 真ん中には丸テーブルに置かれている、色とりどりのパート・ド・フリュイは、季節の果物によって内容が変わる。


 奥の棚にはアシュリンの力作、アイシングクッキーとマカロンが並べられている。

 表面のツヤが美しいマカロンはラズベリー、桃、イチゴ、紫芋、サツマイモ。色が安定しないのが悩みの種だ。

 アイシングクッキーはアシュリンがデザインを考えて、作業はお化け妖精ギギがやっている。多分、世界一お菓子作りの上手な妖精だろう。


 左の棚にはすでに缶や瓶入りのセットが用意されている。選ぶのが苦手な人や、贈答用だ。


「いよいよだね」

「頑張りましょう」


 ()()()()()()の女性陣が興奮気味におしゃべりをしている。エリン通りに住んでいる人たちだ。大抵の人が自分の店を持っているが、今日は家族にまかせて応援に来てくれているのだ。


 アシュリンとエイヴェリーは二人だけで店を開くつもりだったが、界隈のご意見番の老婦人に反対された。

 客が押しかけることになるから絶対売り子が必要だと説得されてしまったのだ。


「混雑するからね、パッと買って、サッと出てってもらうんだよ」

「いや、あの、出来たらじっくりと吟味して――」

「何言ってんだ。そんなことしたら店が人で潰されるよ! 前評判と違うってなったらあんた、この店はおしまいだからね。これまで話題が先行して潰れちまった店がどれだけあると思ってんだい?」


 歴戦の戦士の言葉にエイヴェリーとアシュリンは震えた。

 彼女の忠告に従い、当初想定していた倍の量の商品を準備している。

 スタッフはここいらの商売人なのでお金の計算も問題ない。


「アシュリンちゃん、あんたは代金の受け取りじゃなくて、主人らしくお客の接待をするんだよ」

「坊やは、その顔で女の客に笑いかけたらいいよ。女たちをいい気分にしてやんな」


 何か違う仕事を任せられている気がするエイヴェリーだったが、もはやゆっくりと考えている暇はなかった。




『ひと、いっぱい』

『ひと、いっぱい』


 小部屋で売店スタッフと打ち合わせをしていたら、ルゥルゥたちが飛びこんできた。

 開店1時間前である。


「どうやら人がもう来てるようですね」


 エイヴェリーが皆に告げる。


「まさか開店前に来て並んでるってこと?」


 アシュリンの声に、「並ぶ?」と周りの人間は首を傾げる。

 そう言えば、この世界の人が並んでいるところを見たことがない。


「ああ、大方、適当な時間に来たんだろうよ。開店時間? そんなの関係あるかい」


 ラナンシ島住民のフリーダムさに、前世の記憶が甦った二人は時々ついていけなくなる。


「入ってもらうしかないわね」


 アシュリンたちは事前に計画していた通りに動いた。

 まずは外で待っている客の人数を確認。多いようなら並んでもらって入れ替え制にするつもりだが、店内で対応できる人数だったので入れることにした。

 店に入る前にスタッフがカラフルクッキーが二枚の入った小袋を渡す。今日だけのプレゼントだ。


 店内には『虹色』の店主としてアシュリンが奥のマカロン、アイシングクッキーの棚の前に待機している。

 真ん中のパート・ド・フリュイ係、右のドラジェ、カラフルクッキー係、左の贈答用、セット商品係、そして会計係――、万全の体制だ。


 エイヴェリーは店の前にロープでつないだ棒を立てる。


「あんた、そりゃなんだい」


 暑いさなかにエイヴェリー並に着込んだ紳士が訊ねる。


「店内は大変混雑しております。このロープに沿ってお並びください」


 エイヴェリーは塊になっている人々を誘導し始めた。後ろになりそうな客は顔をしかめたが、エイヴェリーがにっこりと微笑むと男も女も、ついでに子どもも大人しくしたがった。


 この日のために急遽、アシュリンとエイヴェリーで作った手作りのパンフレットを手前の客、数人に渡す。


「こちらが今回の商品です。ここに値段が入っています」

「あんた、こりゃ、どんな菓子だい?」 

「これはマカロンと言います。メレンゲと粉を混ぜて焼いたなめらかな食感の生地にクリームやジャムをサンドしたものです」

「全体的に高いねえ」

「砂糖と小麦粉を帝国から輸入しておりますので」

「このクッキーは絵が描いてあるの?」

「ペースト状にした砂糖に色をつけています」

「ケーキの上に塗ってあるのは見たことあるけど、こんなに色があるのね」


 列の後ろの方にモジモジしている少年がいた。清潔そうな身なりだが裕福ではないのだろう。

 エイヴェリーは腰を屈めて少年に声をかける。すると怯えたような表情を浮かべた少年はおずおずと話し始める。


「僕、あの、文字を読むのが上手くなくて……。あと、お金はこれだけで……」


 エイヴェリーは優しくうなずく。


「カラフルクッキーだったら何個か買えますよ。他のお菓子も一個なら。それから今日は特別にお店に入る時にクッキーをお渡しします」

「あの、並んでいいですか」

「ええ、もちろん」


 こんなやりとりをしている内に列は順調にさばけていく。


(厨房に行きたいな……)


 妖精の目を通して店内の様子が分かるエイヴェリーは、そろそろカラフルクッキーがなくなりそうなのに気が付いていた。

 厨房には妖精と臨時スタッフのノリスがいる。ノリスに店内まで持って来てもらいたいが、大量のクッキーは重い。老齢のノリスに無理をさせたくない。 


 意識を店内に移していたせいで、近づいてくる一団に気が付くのが遅れた。


「盛況だな」


 背後から声が聞こえる。

 幼くはないがやや高い、大人になりきっていない声。

 エイヴェリーは顔を上げる。


「これは、これはようこそ」


 もみてをせんばかりの卑屈仕草でネイル王子を迎えたエイヴェリーは、並んでいる人たちの横を通りネイルと従者(なんだかいつもより多い)を店に入れようとした。


 その時、背後から新たな人物が現れた。


「来たのね、ネイル」

「ん、ああ、ポポロンか」


 やって来たのはポポロンだ。しかも王子呼び捨てである。

 ポポロンはいつものように明るく笑い、ネイルは分かりやすく顔を赤らめている。

 この王子、チョロすぎる。


「ここが列の最後なんですって。ねえ、一緒に並ばない?」

「う、うむ、並ぼう」


 平民の少女と王子は仲良く列の最後尾に並んだ。

 周囲は声を出さずにどよめいている。従者たちは仕方なくポポロンとネイルの後ろに並ぶ。ネイルの正体が()()()()の王子であることは皆分かっている。前に並んでいる人たちが緊張しているのがエイヴェリーにも分かった。例の少年は気の毒に完全に表情を無くしている。


 エイヴェリーは何気ない風を装い、ポポロンに話しかけた。


「ポポロン、お店はどうしたんだい」

「今ちょっと閉めてきたの」

「いいの?」

「うん、お昼になる前にみんなで並んじゃおって」


 従者の後ろにはカフェの店員が並んでいた。みんなで店を閉めてやって来たようだ。自由な人たちである。


 タイミングを見計らってエイヴェリーは持ち場を他のスタッフに任せて厨房に入る。


「ああ、エイヴェリー様。クッキーの準備は出来ておりますよ」


 老侍女ノリスが補充分のクッキーをテーブルの上に置いていた。


「それとマカロンセットの準備も出来ました。虹色セットは準備中ですよ」

「ありがとう、助かるよ」


 厨房の一角では正方形の缶にルゥルゥたちがお菓子を詰めている。マカロン、アイシングクッキー、ドラジェ、カラフルクッキーのセットだ。かなりお高いのだが予想を超える売り上げになっている。


 エイヴェリーはサッと擬態を解き、精霊化して疲れをとった。

 台車にクッキーの缶を載せて店舗に急ぐ。


 まだ昼にもなっていない。


(考えてたより以長い一日になりそうだな)


 エイヴェリーは気合いを入れて台車を押した。

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