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37 精霊のお茶会 ~煩悩編

「リーアム、君の周りを見てごらん」


 エイヴェリーの視線の先には、光の塊があった。緑、白、黄色の光がリーアムの周りを飛び交っている。


「この子たちは森で生まれたみたいだね。でも君が好きだから、一緒にパーソロン邸までついて来ちゃったって」


 リーアムは光に手を当て、語りかけるように頬を寄せた。


「でも少し弱ってるみたいだ」


 エイヴェリーはそう言うと、リーアムの周りの光たちにそっと息を吹きかける。

 それは人間たちから見ると、エイヴェリーはがリーアムにキスをしたように見えるものだった。リーアムはかたまり、サーシャは口に手を当て、ノリスは震えた。オーウェンにいたっては怒りを含んだような目でリーアムを睨みつけたが、エイヴェリーは全く気が付かない。


 エイヴェリーの吐息を受けた妖精たちは大きく強い色を帯びる。やがて緑、白、黄の毛玉となった。

 毛玉妖精キューの色違いのようだ。


「緑の子がデイ、白がタム、黄色がトゥリン」

『リーアム……』

『……ム』

『リーアム……』

「……」


 リーアムは何も言わない。ただしげしげと妖精を見つめている。どうも妖精に話しかけるのに心理的に抵抗があるタイプらしい。


「私がいないときは見えないけど、この子たちは君のそばにいるからね。心の中でもいいから声をかけるといいよ。後は森に連れて行くと元気になる」

「…………」

「リーアム?」

「う……、え、いや……あ、分かった」

「郊外に森がある。妖精がいっぱいいるんだ、見えなくても今の君なら何かを感じられるはずだよ」

「そうか……分かった」


 よほど妖精の出現が衝撃的だったのか、リーアムは言葉は妙にぎこちない。


『リーアム、あそぼ』

『デイ、タム、トゥリン。デイ、タム、トゥリン』

『おかし、たべる』

『あ、そ、ぶ』


 妖精たちはすぐに仲良く遊び始めたが、リーアムは相変わらず固まっている。


「もしかして、お菓子は苦手かい? その黄色いクッキーはカボチャなんだ。少しは食べやすいよ」

「いや、お菓子は、好きだよ。砂糖は貴重だ……」

「そうか、私は実は甘いものはそこまで好きじゃないんだ。ほんとはビールにスパイスの効いた肉が好きでね。ああ、そうだ今度あっちの家で一緒に飲もう」


 以前は断ったが、秘密を知ったリーアムなら大丈夫だろう。酔っ払って精霊化しても、彼なら上手くフォローしてくれそうだ。


 ガチャリ。


 不意に食器がぶつかる音がした。

 父オーウェンが、ティーカップを乱暴にソーサーの上におろしたようだ。こぼれたお茶で指が汚れている。


「父上? 妖精たちが悪さをしましたか」


 オーウェンは答えない。代わりに母のサーシャが口を開く。


「エイヴェリー、その……。殿方と二人きりで酒を飲むというのは、未婚の娘に相応しい行動ではありませんよ」

「それは体面の問題ですよね? エイヴェリーという令嬢はこの世に存在しな……あ、いえ、男同士で酒を飲むだけですよ」


 エイヴェリーという女は存在しないことになっている――それは事実であるが、サーシャをひどく悲しませているのだ。エイヴェリーは慌てて言い換えた。


「けして、リーアムを信頼しないわけではないのだよ……」


 父オーウェンがいつもより低い声で言う。


「じ、自分は、エイヴェリー殿に不埒な真似は決していたしません」


 リーアムは、声が裏返った選手宣誓のような反応をした。


 ああ、そっちの心配か。

 エイヴェリーはやっと周囲の動揺の意味に気が付いた。


「リーアムは兄弟じゃないですか。私は彼のことを信頼してますよ。――でも、そうですね。皆が心配するようなら(リーアムと二人きりで)お酒を飲むは止めておきます」


 すでに一人でビールを飲み、酔っ払って家中飛び回ったことがあったが、意識も理性もあった。エイヴェリーの中では問題なしで処理されている。


「ああ、そうだリーアム、私のことはただのエイヴェリーと呼んでくれ。外ではエイヴで頼むよ」


 次期パーソロン当主であるリーアムの方が立場は上だ。エイヴェリーは温情でここにいるだけの身分なのだから、いつまでも丁寧に扱う必要はない。


 リーアムは、まるで気付け薬を飲むかのようにラズベリーのパート・ド・フリュイを口に押し込み、紅茶で流し込んだ。


「ぐっ、上手い。エイヴェリー…………、とても美味しい……」


 挙動が不審すぎるリーアムだが、お菓子は気に入ってくれたようでエイヴェリーは安心した。


「よかった。それはラズベリーでね。私が妖精たちと作ったんだ。君の好きな味だとうれしいよ」


 ぐうっ。

 オーウェンが喉から妙な音を出したが、紅茶を飲んで誤魔化した。


(父上もお年なのかな、いや、まだ若いはずだが)


「まあ、このゼリー、果物をそのまま食べてるみたい」

「奥様、こちらはアイシングクッキーと言うそうですよ。まるで工芸品のようでしょう?」


 気にはなったが、サーシャとノリスが女子トークを始めたのでエイヴェリーは黙った。


 それからお菓子を食べながら終始和やかな空気で妖精のお茶会は終了したのだ。





 リーアムに精霊の存在を見せることが出来て、エイヴェリーは満足していた。なんだか緊張しているみたいだったが、妖精の存在にはそのうち慣れてくれるだろう。


(あの子たちと一緒に森に行って欲しいな。今のリーアムなら妖精の存在を感じ取れるだろうし)


 リーアムに自分が妖精たちに愛されていることを実感して欲しい。


 それからディアミドのことを考えていた。彼のことをしきりに心配して守ろうとしている、あの木馬。


(いつか……ディアミドにも妖精を見せたい。あの子とおしゃべりできたらいいのに)


 恥ずかしがり屋の妖精はエイヴェリーの語りかけにも応えない。それでいてディアミドを守り、何かを伝えようとしているようだ。


(今は難しいけど、いつか必ず……)


 この国に住む多くの人たちに妖精の存在を感じてもらいたい――。

 そんなことを考えながらエイヴェリーは眠りについた。





 ※※※※※※※


 リーアムはベッドの中で懊悩していた。


 デイ、タム、トゥリン。


 心の中で妖精に呼びかけるとふわりと温かいものに包まれた。ずっと昔、子どもの時から知っていた。だが、いつの間にか忘れていた温かさ。


 デイ、タム、トゥリン。


 エイヴェリーの吐息によって形を得た妖精たち。


 エイヴェリーの吐息。


 エイヴェリーのくちびるが近づいてきた時、愚かにもリーアムは彼女のくちびるが自身のくちびるに重なることを期待してしまった。

 彼女の視線が、微笑みが、自分に向けられているのだと確信していた。

 実際には自分の周りにいる妖精に向けられたものだったのに!!


(うわぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~っ)


 リーアムはベッドの中で瀕死の芋虫のごとくのたうった。


 ここ数日、彼の頭の中は、奇妙な友人の丸みを帯びた胸部のことでいっぱいだった。

 今日はそこへ、あり得ない位置に浮かぶ形のよい臀部と、容赦なく近づいてくるつややかなくちびると、星のごとく輝く瞳が加わった。


(大事な話だった。パーソロンの、我が国の未来に関わる重要な……)


 尻。


(うあぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~っ)


 リーアムはゴロゴロとベッドの中で回転し始めた。


 デイ、タム、トゥリン。

 デイ、タム、トゥリン。

 デイ、タム、トゥリン。


 経を唱えるように妖精の名を連呼するリーアムは、さながら煩悩と闘う修行僧のようであったが、幸いその様子を見る者はなかった。

恋愛パートのつもりが、煩悩てんこ盛りになってしまいました。

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