36 精霊のお茶会
数日後、エイヴェリーはパーソロン家の離れの二階で侍女のノリスと妖精たちと共にお茶会の準備をしていた。
『ねえ、まだー』
『おなかすいたー』
「こら、食べるな。お客様をちゃんと待つんだ。おもてなしをするんだよ」
三段のティースタンドの一番上にはアシュリン渾身のマカロンが乗っている。二番目には色とりどりのクッキー、生地に色を付けて焼いたのと、アイシングでコーティングしたもの。三段目はエイヴェリー自作のピューレと農家からもらったジュースで作ったゼリー、パート・ド・フリュイが宝石のように並べられている。
薔薇の絵付けの陶器の中にはアーモンドを砂糖でコーティングしたドラジェ。
和風を意識した長角皿には一口サイズのぼた餅、餡、きな粉、黒ごまの三種類。
ぼた餅以外は『虹色』に並べる予定のお菓子ばかりだ。ちなみに王室には献上済みである。
用意しているお茶は濃いめ。ミルクが引き立つお茶だが、エイヴェリーはあえてミルクなしで飲むほうが好きだ。
準備は万端である。
「いいえ、エイヴェリー様。お茶会を主宰する女主人は、そんな格好をするものじゃありませんよ」
「そうかい?」
エイヴェリーはシャツにズボン、いつもの男装に下着はごく普通の物を身につけている。つまり、男物を着ているが女であることがありありと分かるシルエットなのだ。
「わたくしの落ち度でございます。用意したドレスが合わないなんて――」
ノリスは以前から、サーシャのドレスを手直しした物を準備していた。残念ながら、手直しした頃と比べてエイヴェリーの体格が大幅に向上(?)したために着ることが出来なかったのだ。
「そんなにダメかなあ」
「ダメです。令嬢失格ですよ」
エイヴェリーは自分が令嬢だとは思っていないし、前世の初晴も鍋しか囲ったことがない残念女子であった。
「いつものメンバーに一人増えるだけで大袈裟だよ、ノリス」
「殿方です。殿方がいらっしゃるんですよっ」
「いやあ、殿方って言っても……あ、こらっ」
ノリスと話している隙をついて、妖精たちがつまみ食いを始めた。
『やめなさいっ』
擬態を解いたエイヴェリーは妖精たちからお菓子を取り上げて、元の場所に戻す。
『けちんぼ』
『けちんぼ、せいれい』
『いいかい、まずはお客様に食べてもらうんだよ』
『わかった。もってくー』
『違う、無理矢理食べさすんじゃない。こら、外に出るな』
エイヴェリーは宙に浮いた状態で、妖精たちを捕まえる。
『返すんだ、ほらっ』
『ギギギ……』
天井近くで格闘していた精霊と妖精は、ドアから入ってきた人々に気が付かなかった。
お化け妖精ギギから取り上げたドラジェが、エイヴェリーの手から離れて下に落ちる。下にはリーアムがいて、彼の頭で跳ねてから床に着く寸前で毛玉妖精キューがキャッチした。
『間に合った……』
いや、間に合わなかった。
リーアムが自分の頭の上で格闘している精霊と妖精をボンヤリと眺めている。
「精霊のお嬢さん」
父オーウェンがコホンと咳払いをする。
「いくら自由な妖精とはいえね、未婚の娘が、その……、人の上でそんな風に暴れるものじゃないよ」
男物を衣装を身に着けながら、シルエットは分かりやすく女性のものであるエイヴェリーが、頭上で格闘する様は男性陣にはいささか刺激が強すぎたようだ。
『これは、失礼しま――』
『オーウェン、おかし、たべる』
『サーシャ、おかし、たべる』
『リーアム、おかし、たべる』
『お茶だっ、お茶を淹れるんだ。ほら、席にご案内』
『ごあんない、ごあんない』
『リーアム、ここ』
『ギギ、ギギギ……』
「…………」
既にリーアムは思考を放棄しているのか、表情なく妖精が案内してくれた席についた。
「驚いただろう、リーアム。紹介しよう、パーソロン家の娘エイヴェリーだ」
『はじめまして』
父に紹介されたエイヴェリーは、白々しい挨拶をする。
カオスとしか言えない状態に表情をなくしていたリーアムだが、ここに来てなんとか持ち直したようだ。
「やっと会えましたね、エイヴェリー殿」
控えめな微笑みと共に紡がれたその言葉は、エイヴェリーの魂の柔らかい部分を刺激した。
『ようこそ、リーアム殿。私もずっとお会いしとうございました』
二人は見つめ合い、それからリーアムは目を伏せた。精霊の目を見つめ続けるのは負担が多いいのだろう。エイヴェリーは擬態に戻ったが、それでもリーアムの目は泳いでいた。
しばらく間が空いたあと、パーソロン夫人サーシャに促されたオーウェンが話し始めた。
「さて、当主としての仕事をしようかね。リーアム、大事なことを話さずにいたことをまずはしゃざ――ぐふぉっ?!」
『オーウェン、ゼリー、たべる』
『いっぱい、たべる』
『おちゃ、のむ』
妖精たちがオーウェンの口にお茶とお菓子を突っ込もうとしていた。どうやら人間が食べてくれないと、自分たちの番がこないと解釈したようだ。おもてなしの履き違えである。
「こら、お前たちはあっちで食べてなさい。取り分けてやるから」
エイヴェリーとノリスは皿にお菓子を取り分けて妖精たちを誘導した。
「まずは――、まずはお菓子を食べよう」
オーウェンの声はすでに疲れていた。
能天気な妖精たちが飛び交う中で、パーソロン家が抱える秘密、女王の秘密についてリーアムは知ることになった。
「女王陛下は妖精が見えない……、人を喰らう闇を生む、そして幼子を手に……かけた……」
リーアムは確認するように、今聞いた話を繰り返した。最後の部分は声に出すのも辛いようだった。
『じょおうさま、こわいこわい』
『ようせい、ぱくり、たべる』
「しかし、ネヴェズのディアミドは女王陛下に心酔しているようです。もちろん、彼が腹の底で何を考えてるか分かりませんが、自分は彼を信じたいのです」
友人だと思っています。と、リーアムは続けた。
『ディアミド、すき、ようせい、ともだち』
ディアミドの話題が出た途端、妖精たちは嬉しそうに飛び交う。
「ディアミドはね、妖精に好かれてるんだ。彼の肩には変わった妖精がいて、彼を守ろうと必死なってるしね」
「そうか、ディアミドが妖精に好かれているのなら――」
「だけど妖精に好かれているから信頼出来るとは限らないよ。女王陛下のことだって妖精たちは大好きなんだ」
「…………」
そう、妖精の理と人間の理は違う。
リーアムは難しい顔をした。
本来、自身が担うべき重責を彼に負わせてしまうことを、エイヴェリーは申し訳なく思っている。
だが彼に伝えたいことは他にもある。
「リーアム、君の周りを見てごらん」




