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35 エイヴとリーアム

「エイヴ、君は……」

『リーアム、きたー』

『リーアム、きたー』


 リーアムの震えるような声に重なるように能天気な妖精たちがしゃべり出す。


『エイヴェ――』


 エイヴェリーは慌てて妖精を隠し、擬態した。もちろん手遅れである。そこには黒髪に紫の目の胸を露わにした女がいるだけだ。


「女……だったのか」


 ああ、そっちですか――と、エイヴェリーは間の抜けたことを考えていた。


「着替えの入った鞄を道場に忘れてきてしまったんだ。済まないが、持ってきてくれないか」


 エイヴェリーが何事もなかったかのように話し始めると、リーアムは手に持っていた鞄を差し出した。


「必要だと思って持ってきた」


 やるうっ、出来る男!!


 どうやら精霊化とは関係なく、事態を直視したくないから馬鹿なことばかり考えてしまうらしい。


 ここまでエイヴェリーは手で胸を隠したり、後ろを向くような真似はしていない。恥じらったら負け、というような変な意地があるし、実際あまり恥ずかしいと思っていない。


 とはいえ補正下着をいそいそ直す所を見られたくはない。


「リーアム、ありがとう。今日のことは秘密にしておいてもらえるとうれしいよ」

「誰にも喋らない。だけど聞きたいことがある」


 リーアムはエイヴェリーを見ないように視線を床に向けながら言った。


「知れば君の負担になるかも知れないよ」

「それでも知りたいっ」


 思わず顔を上げてしまい、慌ててリーアムは視線を逸らせた。


「外で待っている」


 それだけ言うとリーアムは医務室から出ていった。


「さて」


 エイヴェリーは補正下着を胸にはめると、上から血で汚れてしまったシャツの袖をつかって締め付けようとしたが長さが足りない。仕方がないので医務室に置いてあるハサミでシャツを裁断してロープのようにしてつなぎ、補正下着の上からさらしのように巻き付ける。


 よく見ると腰を()()()()()ためのいかついコルセットも紐の一部が切れていたので、この辺りにも切ったシャツを巻き付ける。


 その上から着替えのシャツを着た。着ぶくれ状態になったのでベストは付けずに、ジャケットを羽織る。少々不格好だが、女に見えることはないだろう。


 廊下に出るとリーアムが所在なげに立っていた。なんだか叱られて廊下に出された少年のように見えて、エイヴェリーはこんな時なのに心の中でくすりと笑った。


「怪我は大丈夫なのか?」


 リーアムが不安げに訊ねる。


「大丈夫だよ。あの状態になると体の異常はなくなるからね」

「あの状態?」


 あれ、もしかして精霊になったことは気が付いてない?

 男装だけが問題ならあとは誤魔化せる?


「……あれも説明してもらえるのか?」


 ですよねー。


 単に髪の色が少し変わっただけじゃない。エイヴェリーは人型発光体状態だったのだ。ドアを開けたらスー●ーサイ●人がいるようなものだ。なんだ、君、女だったんだー、で済むわけがない。



「エイヴ」


 道場主がやって来た。


「すいません、最後の授業だったのに」

「いや、悪かったのはこっちだ。ほんとは圧倒的な力で押さえ込むつもりだったんだ」


 中途半端な技術を身につけたエイヴェリーが自身の力を過信しないように、力の差を見せつけるつもりだったらしい。


「いや、思い上がっていたのはこっちだった。勉強になったよ」


 また会おう、道場主はそう言ってエイヴェリーと握手をした。


(今日でおしまい……)


 胸に去来するなんとも言えない喪失と虚無を感じて、エイヴェリーは声を出して泣きたい気持ちにさえなった。


 男てして剣術道場に通い、出来るだけ周りとは距離を置いてきた。知人はいるが友人はいない。

 ここしばらくはグイグイ距離を縮めようとする短刀術メンバーから、ひたすら逃げる日々だった。

 しかし、そんな時間を自分は楽しんでいたのだと、エイヴェリーは痛感した。


 リーアムはエイヴェリーを送って行くという名目で道場を出た。民家への道をただ黙々と歩く。途中、「リーアム様」と言う呼び声が聞こえる度に、リーアムは立ち止まり会釈をした。笑顔のない固い表情なのに、妙に人気がある。やはり顔面偏差値が高いせいだろうか?


「人気者だね」


 エイヴェリーがニヤニヤしながら話しかけると、何故かリーアムは顔を赤らめる。


「君の秘密――」

「え?」


 囁くような小さな声をエイヴェリーは聞き逃したが、リーアムは構わず独り言のように話し続ける。


「誰にも話さないし、聞かない。君の生活は変わらない。いつも通りだ」


 まるでエイヴェリーの内面を読み取ったかのような発言だ。


「……ありがとう。でも本当にいいのかい?」


 単に男装していただけの女ではない。あきらかに人ならざる者としての姿を隠しているのだ。三家の次期当主として、この国の中枢を担う者として看過できる訳はない。


「本当は……君のことをもっと知りたい。君の話を、君の声で聞きたい――」


 なんだろう? ひどく個人的な話を聞いているような気がする。

 エイヴェリーはリーアムの告白に、体の内側からこそばゆくなっていくような奇妙さを覚えていた。


「でも君の気持ちを尊重したい……から」

「…………ありがとう」


 エイヴェリーは再び泣きたくなった。心の底からリーアムの誠実さに感謝した。


「私も君に嘘をつきたくない。ただ時間が欲しい。そんなに先の話じゃないから待っていてほしいんだ」


 民家が近づいてきた。

 リーアムはエイヴェリーの言葉にうなずき、「分かった、待っている」とだけ言って踵を返す。

 エイヴェリーは家の門扉の前で、リーアムの後ろ姿をジッと見送っていた。


 そして宣言の通り、数日後には全てを話す機会が巡ってきたのだ。

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