32 推参!! ネイル王子
ネイルはポポロンがお菓子屋を開くと登場する攻略キャラである。
品数が少ない最初期に現れて、
【なんだ、このしみったれた店は!】
などと言いながらも、付き人に買い物をさせるのだ。
その後も何度か店にやって来て、横柄な態度であれやこれや要求してくる。彼を攻略すると王妃エンディングが見られるが、その性格の悪さからあまり人気がない。
お菓子屋を開いた場合、ネイルが現れることをアシュリンとエイヴェリーは予期していた。対策も練っていたのだが、まさかポポロンの総菜屋の方に行くとは思っていなかった。
(アシュリン、どんな様子だ)
エイヴェリーは意識を飛ばしてアシュリンに声をかける。アシュリンは虹色の厨房にいた。何やらブツブツ言いながらすりこ木でもち米を潰している。
「エイヴェリー? もう手遅れ。ぼた餅の大量発注を受けたわ」
(はあ? ぼた餅って……あっ)
エイヴェリーは思い出した。ポポロンがぼた餅を気に入り、総菜屋の商品の一つとして置くことになったのだ。
「あいつ、信じられない。お菓子を一個でも置いたら来るんだもん。お菓子レーダーでもついてんじゃないの」
広い厨房でアシュリンは一人、簡易マスクで口をふさぎながらモゴモゴ言っている。知らない人が見たら危険人物だ。
「あと、多分なんだけど、あいつ、ポポロンのこと気に入っちゃったみたい」
(なんでぇ!?)
「後で話すから、こっちに早くきて!」
(分かった、作業が終わったら行くよ)
乾燥作業を適当なところで切り上げると、ルゥルゥたちを先に虹色の厨房に送った。
ラズベリー妖精たちとジャムてピューレを作り終えたエイヴェリーも虹色に向かうことにした。
ラズベリー妖精たちはジャムとピューレ、乾燥させているラズベリーの周りを飛び交っているし、乾燥専門の形のない妖精たちも網やザルのそばから離れようとしない。
潰しのきかない従業員だなぁ――などとブラック企業の経営者のようなことを考えながら、エイヴェリーは一旦擬態を解き精霊となる。あっという間に体は軽くなり疲労も体のきしみも消えた。このまま飛んで行きたいが、騒ぎを起こすわけには行かないので擬態に戻ると、辻馬車に乗り込み虹色に向かった。
虹色の厨房に入るとルゥルゥたちがアシュリンと共に忙しく作業に励んでいた。
すり鉢でゴマを潰す者、餅にきな粉をまぶす者。
「米が炊けたわ。急いで潰して、ああ半殺しね。あ? 何よ、早くエプロンつけてきてよ」
エイヴェリーの姿を見るなり、アシュリンはすぐに指示を出す。
こちらも人(妖精)使いが荒かった。
ぼた餅は三種類あった。
あんこ、きな粉、黒ゴマ。
いつものメニューだが、アシュリンは見たこともない一口サイズを作っている。
「アシュリン、これは?」
「説明はあとっ。米潰したから、小さく丸めて」
「いや、これ、熱いよ。ちょっと……」
「うるさいっ、動けっ」
半分だけ潰したもち米を手のひらで転がそうとしたがまだ熱があって持てないのだ。
仕方ないのでエイヴェリーは擬態を解き、精霊となる。手のひらに乗せたもち米が熱いのは分かるのだが、精霊と化したエイヴェリーは過剰な熱さも痛みもかんじない。
どこに手があるのか分からない毛玉妖精キューがスプーンで餡を適量すくいバットに落とすと、星型妖精ティンクが餡を丸くしたあと潰して楕円にする。人形妖精ルゥルゥがその上にエイヴェリーが作った一口サイズのもち米を置き、オバケ妖精ギギが丁寧にもち米を餡で包む。
見事な連携作業である。しかも人件費0!
別の台ではアシュリンが普通サイズのぼた餅を作りながら、炎妖精アイに黒ゴマやきな粉の準備を指示している。アシュリンの妖精使いも格段に上がっているようだ。
(……あれ? 自分、人間に使役される妖精側?!)
なんとなく納得がいかないものを感じながらも、エイヴェリーはぼた餅作りに集中していた。
完成したぼた餅を小分けにして木箱に詰め、さらに大きめの木箱に重ねて入れて作業は完了した。それからエイヴェリーらは、炭酸水を飲みながら休憩に入った。
「はああー。あとは王宮から使者が来るのを待つだけだわ」
アシュリンは盛大な溜息をついた。そして事の顚末を教えてくれた。
事件が起こったのは総菜屋が忙しくなる昼近くのことだ。
突然、王子ネイルがやって来たのだが、彼の目的は虹色だった。
「なんだ『準備中』って、おいっ、開けろ!」
後ろの従者がなだめようとしたが聞く耳を持たないネイルは、隣の店のポポロンに店を開けるように命じたようだ。
「私は厨房からぼた餅の試食を出してたの。店に戻ったらあいつがポポロンにむちゃくちゃな言いがかりをつけてたのよ。ゲームでもリアルでも腹立つ奴よね」
「……うん、そうだね」
君もむちゃくちゃだったよね……と言うセリフをエイヴェリーは飲み込んだ。
「とにかく愛想よく笑いながら事情は話したのよ。で、試食のぼた餅を進めたらね――」
アシュリンがこの日初めて作った試食用の一口サイズぼた餅を、ネイルは全て食べた。
「私は『お一ついかがですか』って言ったのよ。なのに、あいつ」
「まあ、試食の文化がないから仕方ないよ」
アシュリンやエイヴェリーには馴染みのある『試食』も、この世界では目新しいものだ。
「それでも私、にこにこしてね、『こちらが売り物になります』って、ショーケースのぼた餅を進めたの」
ネイルは「出せ」と命じた。普段から彼に仕えている者なら、すぐに動いただろう。しかし、ポポロンはそうではなかった。
「ありがとうございます。お買い上げですね。おいくつ、ご入り用ですか?」
ポポロンがニッコリ笑って言うと、ネイルはしばらく固まってから「そうだ」と、言ったらしい。
ポポロンはいつもの手順通り、ぼた餅を紙に包んでネイルに(正確には従者に)渡した。
「あいつね、その場で食べ始めたのよ」
欠食児童か。
昼飯時の総菜屋の前である。あたりは人だかりが出来ていたが、誰も王子に遠慮して惣菜を買えない状態になった。
見かねたアシュリンが『虹色』の応接に連れていった。虹色は元帝国輸入衣料品を扱う店だっただけあって店舗が広く、それなりの階級の人間を接待する部屋も用意されている。
「もうね、私の人生でやったことがないくらいの愛想笑いで頑張ったわよ。それなのにあいつ、ううん、それだから、なのかもしれないけど」
ネイルはアシュリンに関心を示さなかったかわりに、ポポロンばかり気にしていたという。
「ポポロン、王道ルートに入っちゃったかも……」
「…………」
王道ルート――ポポロンがネイル王子と結婚し、王妃になるルートである。




