31 精霊しぐさ
エイヴェリーは妖精たちを無視して、野菜と果物の仕分けを始める。
「ラズベリーは乾燥、ジャム、ピューレ……、うわぁ、面倒くさいなあ」
ブツブツ言いながら、アシュリンの指示が書いてある手紙を読んでいると、何やら気配を感じた。
『……』
『……』
『……』
エイヴェリーはラズベリーに顔を近づける。
「森からついてきちゃったんだね。ここで暮らすかい?」
息を吹きかけると、ぶわっと空気が膨らむよう気配の後に、赤い光が乱舞するかのように広がる。
『…………ィ』
『……エイヴェリー』
「そうだ、私はエイヴェリーだ。君たちの名前は?」
『…………』
『…………』
(まだ名前をつける段階じゃあないな)
『もりから、きた、こ』
『もり、いきたい』
『ギギギ』
『……』
新しい妖精の出現に皆が興奮していた。
『エイヴェリー、いき、ふーってした。あたらしいこ、うまれた』
ルゥルゥの言葉にエイヴェリーはドキリとした。
妖精界の花に精霊である女王の息を吹きかけることで生まれたというポポロンのことを思い出した。
(あまり深く考えてなかったけど、まるで精霊みたいだ……、いや、精霊……なんだけど)
今のエイヴェリーは擬態したままである。黒髪に紫の瞳の普通の人間だ。だが、その言動は妖精――いや、精霊のものだ。
人間でありたい、という思いとは裏腹にエイヴェリーの行動は自然と精霊じみたものになってきている。
チラリと大量のラズベリーに視線を向けたエイヴェリーは、自分の仕事に集中することにした。
「みんな粉が出来たら、私に声をかけるんだ。手のあいた者は新しく来た野菜と果物を洗ってくれ」
妖精に指示を出すと、自らはラズベリーの仕分けをする。
(ジャムとピューレにする分は砂糖をまぶして放置。乾燥する分は……)
『…………ぅ』
『…………エイヴェ……』
『…………』
先ほどエイヴェリーの吐息で生まれたばかりの妖精たちが何かを訴えている。
「どうしたんだい? ああ、そうか、ええっと……『ララ』『リーフ』『フォレ』」
エイヴェリーの言葉と共に妖精の霊格が上がった。
ラズベリー頭に葉っぱのドレスを着た、手のひらサイズの小人が三体、誕生した。
「ありがとう、手伝ってくれるんだね」
エイヴェリーがラズベリーの入った鍋を火にかけるとフォレが木べらを持ってかき回す。ララとリーフはラズベリーを網の中に入れる。
どうやら彼らはラズベリー専門の妖精のようだ。
ラズベリーを並べるララとリーフの周りを形のない妖精たちが飛びかう。彼らは乾燥専用で、天日干しがしたくてウズウズしている。
エイヴェリー以外、働いているのは妖精でばかりである。人が見たら卒倒するような光景であろう。
ふいにエイヴェリーは不安になった。
普通の人でも妖精の気配は感じることが出来るのだ。これだけの妖精が集まっていたらさすがに、何かを感じる人間がいるかもしれない。
エイヴェリーは意識を薄く伸ばす。
形のない妖精たちを通して街の様子を探ることにした。
この家の周りにはほとんど誰もいない。子守りが幼子を連れて歩いているが、家に意識を向ける様子もない。
一匹の猫がジロリと家の塀を睨みつけている。塀をのぼるような気配を見せたものの、何か思う所があるのか壁から離れていった。
エイヴェリーの意識は人通りの多いエリン通りに向かう。
ふいに「リーアム」という言葉が聞こえたので意識を集中させる。
「――それでリーアム様が、『何かあったら教えてください』って、『また来ます』って」
内容はイマイチ分からないが、女性たちが集まってキャーキャー言っている。
王都を知るためにあちこちを回っているらしいリーアムが、例の人さらい事件を契機にエリン通りを重点的に周っていることは、父オーウェンから聞いている。
「嫌な兵隊がいなくなったし、パーソロンの若様もやるねえ」
好感度が高すぎて、身に覚えのない手柄まで手に入れているリーアムであった。
この家に関心を持っている人をチェックするだけだったが、つい面白くて街の声を拾ってしまう。
笑い声、怒声、馬車の音、犬の吠え声、悲鳴のような子どものはしゃぎ声――。
「違うもん、妖精はちゃんといるんだからっ」
「そうだよ。妖精がいないんなら、妖精門はどうなるんだよ」
「あんなの手品さ。漁師女のインチキ」
茶色い髪の男の子が数人の子どもを相手に言い争いをしている。男の子の隣には付き添いらしき女がいて、「坊ちゃん、島の子どもを相手にしてはいけません」などと耳打ちしている。
「だいたいなあ、女王が死んだら妖精門なんかなくなるんだ。そしたら、こんな小島、すぐに帝国が潰してやるよ」
王都のど真ん中でその国の王を罵るという大胆不敵な行為を幼い少年がやっている。
エイヴェリーは自国がここまで侮られていることに深い衝撃を受けた。
「おい、こわっぱ。調子こいてんじゃねえぞ」
堪えきれなくなったのだろう、男が一人飛び出してきた。周りの人たちが慌てて男を抑える。
付き添いの女が少年を抱きかかえるようにして去って行く。女の腕の中で「野蛮人、野蛮人」と叫び続ける少年――。
「ちくしょう、帝国の連中、がまんならねえよ」
「子ども相手に何やってんだい」
「いや、あいつら大人も子どもも、みんな碌でもないじゃないか」
「帝国でも、立派な人はいるよ」
「あんたは、帝国と商売してるからな」
「甘い汁、吸いやがって――」
「ああ? なんだってぇ」
人々の声が尖っていく。
不穏な空気は妖精に影響を与える。形のない妖精たちが小さく縮んでいく。
(みんな、離れるんだ)
妖精たちは優しい声、温かい空気を求めて、あたりを飛び交った。エイヴェリーも意識を飛ばして、人々の声を拾う。
「帝国の連中の言うとおりさ」
「妖精が見える女の子が生まれてこなきゃなあ」
「女王様が生きてるうちに――」
この辺りも重い話題だ。
この国の人たちは新たな王妃、あるいは女王となりうる少女の出現を待っている。その声がポポロンに届いたなら、彼女の選択にどんな影響を及ぼすだろう。
(やっぱり私が名乗り出るべきなのかな……)
女王?
二十年、引きこもり生活をしていた自分が?
王妃?
ネイル王子と結婚して?
(うわああ、ないないないないっ)
自分で勝手に考えたことなのに鳥肌が立ってきた。
ネイル王子に問題があるわけじゃない。いや、多分性格は悪いはずだが、性格なんてどうでもいい。年下である。子どもである。考えられない。
(この場合は政略結婚になるけど……)
貴族ならある程度当たり前の政略結婚だが、特殊な生い立ちのエイヴェリーには、それを受け入れる心の準備など出来ていない。
(だからってポポロンを犠牲にするわけには――)
『エイヴェリー、たいへん、アシュリン、こまる』
「アイ?」
厨房にやって来た妖精アイによって、エイヴェリーの意識は引き戻された。
「どうしたんだい? アシュリンに何かあったのかい」
『ネイルおうじ、ポポロンのみせ、きてる。アシュリン、こまる』
「なんだって?!」
ネイル王子はお菓子屋を開くと来る攻略キャラだ。総菜屋を開いてもまず遭遇しない。
本来、来るはずのない人間が、来るはずのない所に来たようだ。




