30 エイブェリー、パウダー作りにはげむ
メェリィやポポロンたちと話しても黒いもや、あるいは闇については分からなかった。
メェリィが妖精の女王に聞いた話によると、闇は人間界に発生して場合によっては妖精を溶かしてしまうものらしいが、人間まで闇に溶けるかどうかは分からないという。
エイヴェリーはポポロンのこともアシュリンのことも両親に報告した。(アシュリン、ポポロンは了承済みである)
こうして二人の少女はパーソロンの保護下に置かれることになり、迂闊には手を出せない存在となった。
一安心と言いたいところだが、アシュリンの実家は未婚の娘が男と共同経営で店を開くことを当然よく思ってはいない。その辺りはパーソロン家の名前でねじ伏せた感じだ。
もちろんアシュリンの父親が納得するはずもなく、エイヴェリーは何者かに常に後を付けられることになった。
エイヴェリーはほぼ街に行くときにしか利用していなかった民家に本格的に住むことにした。
この家から道場や虹色に通う。一応、誰かがエイヴェリーを怪しんでも不自然ではない生活をしている。
「やあ、今日こそ付き合ってくれるんだろう?」
エイヴェリーは道場でアルハラにあっていた。いや、まだ飲んではいないが、立場上、断り切れない身分の高い人物に執拗に誘われているのでハラスメントで間違いない。
隣にはリーアムがいて無言の圧力をかけてくる。
明るく軽いディアミドと生真面目で堅苦しいリーアム。いいコンビ……なのかもしれない。
「いや、今日も忙しいからっ――て、まだ朝なんだけどね?」
「うん、だからコーヒーでも飲んで軽い食事でもどうかなって、誘ったんだよ」
え、カフェハラ?
できるだけ他のメンバーとかち合わないように早朝コースをとっているのに、何故か二人がやってくるのだ。いや、何故か、ではない。あきらかに意図的なものであろう。
「今日も、お菓子を探しに行くのかい?」
「いや、今は店に出すお菓子のためにパウダー作りをしてるよ」
「パウダー?」
エイヴェリーはパウダー作りについて説明した。
「野菜や果物を乾燥させて粉砕して、粉にするんだ。それをお菓子の生地にいれたらカラフルなお菓子が出来るらしい」
「野菜を使うのか? お菓子なのに」
それまで静かに聞いていたリーアムが質問してきた。
「うん。たとえば黄色を出したかったらカボチャ、オレンジは人参、緑ならホウレンソウ、赤はビーツ。果物パウダーも作ってるよ。どれがいい色になるか分からないから、いろいろ試してるんだ」
「へえ、なんだか面白そうじゃないか。君が一人でやってるのかい?だったら手伝うよ」
「いやあ、貴族がするような仕事じゃないよ」
本気か冗談か分からない提案をエイヴェリーは断った。
道場からまっすぐ民家に帰ったエイヴェリーは、台所に入り、昨日のうちに庭で天日干しした野菜や果物の状態を確かめる。
この家には全く使っていない小さな台所があるだけだったが、お菓子作りのために二部屋も潰して大きな台所を作ったのだ。
『虹色』の店舗は建物としては立派なものだが小さな庭しかないので、こちらの民家で乾燥とパウダーを作ることにしている。
形のない妖精たちがやってきて、カボチャの確認をしはじめた。
『……』
『……』
「そうか、きちんと乾燥してるんだね」
形のない妖精たちは意識も感情も伝わってこないものから、喋るもの、物体に影響力を行使できるものと様々だ。
今、乾燥を手伝っているのは、最近霊格が上がった妖精たちだ。言葉や姿はないが干した野菜や果物が乾いていると教えてくれる。
「じゃあ、野菜を粉にしようね」
『はーい』
『はーい』
ルゥルゥたち馴染みの妖精たちが、天日干し用の網やザルの中から野菜を取り出す。
真ん中の作業台の上には手動の粉砕器が何台も並んでいる。
妖精たちは乾燥した野菜や果物を入れてレバーを回し始めた。
完全な粉になるには時間がかかるが疲れ知らずの妖精たちは飽きることなく粉砕器を動かす。
「着替えてくるから離れるよ」
エイヴェリーは二階の部屋に入って、道場で着ていた服を下着ごと脱ぎ捨てた。
過ごしやすいラナンシも七月はそれなりに暑い。かつていた世界のような湿気に悩まされることはないものの、汗ばんだ体には疲労と不快感がベットリとくっついているし、打ち身の痕からは鈍い痛みを感じる。
エイヴェリーは擬態を解く。
髪は青く揺らめき、瞳は瞳孔の色さえ薄い。その身にまとう光は白く明るく輝いている。
もしも誰かがその姿を覗いたなら、白く発光した人型としか認識できないだろう。
すぐさま擬態に戻ったエイヴェリーは「ふうっ」と一息つくと、裸のままソファに沈み込む。
精霊になると体が清められ疲れは消え、傷はあっという間に消えてしまう。
おかげで風呂いらず、疲れ知らずの体になったのだが、なんだか怠け者になってしまったような気がするエイヴェリーであった。
いつまでも裸でボンヤリしているわけにもいかない。
エイヴェリーは、新しい補正下着と服を身につけた。この民家でも常に胸を潰し男の体をつくり、男物を身につける。女だということを知られないためである。
侍女のノリスは嘆いているが、正直下着で体を補正し動きやすい服を着るほうが楽なのだ。
『……』
形のない妖精が何かを知らせにやってきた。この家に近づく者がいるのだ。
エイヴェリーは階下に降りる。裏口から外に出ると、裏門に木箱に入った野菜と果物を乗せた荷車と男が立っていた。
「はあ、あの……、店に行ったらこっちだって……」
たどたどしく話す男は農夫のようだ。顔は赤く、吹き出す汗をなんとか手ぬぐいに染みこませようと必死になっている。
「手間をかけさせて済まなかったね」
エイヴェリーは男と一緒に野菜類を素早く台所に運んだ。それから男を台所の一角に座らせ休ませ、炭酸水を渡した。男はひどく恐縮しながらもガブガブと飲み始めた。
広い台所に何台も置かれた粉砕器、赤や緑の粉が入ったボウル。無造作に置かれた乾燥野菜。誰かが使っていたらしいコップが数個。
何人もの人間が作業しているように見えるのに、ここにいるのは若い男一人だ。不審に思われてもおかしくないのだが、男はあまりそういうことを気にする質ではないらしく、ただ一息つけたことで安堵しているようだ。
木箱をチェックしていたエイヴェリーは、複数の瓶を見つける。
「あー、それは、店から持ってけって言われて……、あ、手紙――」
男は持っていた肩掛け鞄から手紙を取り出した、エイヴェリーに渡した。
【ラズベリーが大量に手に入ったから乾燥とジャムとピューレも作っといて】
(人使い荒っ!!)
一応作り方は習っている。妖精たちも動けるが、それにしてもやることが多すぎる。
エイヴェリーは男にチップをはずむ。
「今度また、使ってくだせ……さいっ」
炭酸水とチップですっかり元気を取り戻したらしい男はカラになった荷馬車を引いて元気に帰っていった。
男が見えなくなると再び、妖精たちが現れて仕事を再開した。
『たんさん、のむ』
『しゅわ~、する』
まずは休憩からだった。




