29 妖精界とラナンシ島 2
『妖精界だって?』
『そうでございます。ポポロン様が人を知るために人間界に来られたように、エイヴェリー様は妖精界に行くべきだと思うのです』
妖精界――ゲームではオープニングに少し出るだけの世界であまり印象がない。ヒロインポポロンと母である妖精の女王様との会話がメインのシーンで背景として出てくるだけだ。
『メェリィ、人間から生まれた私がなぜ精霊なんだい? それにポポロンには――』
母親がいるじゃないか、と言いたかったがゲームの情報なので言うわけにはいかない。
『はっ、ポポロン様は妖精界の花に女王様が吐息を吹きかけて生まれた方です。生まれた瞬間から一際高い霊格を持っておられました。つまり生まれながらの精霊なのです』
なるほど、だから女王の娘扱いなのか。
『しかし、ポポロン様は成長されるにつれて次第にお力が弱まってきたのです。おそらく女王様の父上が人間であったために人としての要素が強く出たのだろうと、女王様はおっしゃられたのです』
『妖精の女王様の父親は人間なのかい』
『おや、ご存じないのですか? この国の最初の王様が女王様のお父上でございますよ』
「待って、どういうこと?」
これまで黙って聞いていたアシュリンが声をあげる。正直、エイヴェリーの頭もこんがらがっている。
『初代の王様ならキーアンだね。王妃が妖精のニーヴ。二人の子どもは三人の娘だけど――』
エイヴェリーはかつて見た王家の家系図を頭に浮かべる。初代王キーアンと妃のニーヴ、そしてラナン、ネヴェズ、パーソロンの祖となった三王女。そして――。
『たしか、子(夭折)ってあったような……。でもかなりいい加減な家系図だったしなあ』
王家の家系図が出来たのは150年ほど前で、初期の記述はかなり適当だと父オーウェンが話していたのをエイヴェリーは思い出していた。
『人間界でどのように伝わっていたのか分かりませんが、人間界に渡った女王様のお子様の中で生まれながらの精霊だった方がいらしたのです。その方こそ、今の妖精界の女王様なのです』
「待って、つまり、どういうこと?」
アシュリンが頭を抱えている。
『ニーヴとキーアンの子どもの一人が妖精界に渡り妖精界の女王になったんだね。で、その子どもがポポロン』
エイヴェリーが口に出してまとめてみる。
「え? だってキーアンとニーヴって二百年前の人でしょ? その子どもの娘ってことは――」
アシュリンは時間経過がおかしいことに納得行かないようだ。
『どうやら妖精界と人間界の時間の流れは違うようですなあ。女王様はポポロン様をラナンシ島に送る際に、人間界の女王様に連絡しようとしたらしいのですが、応えてもらえなかったそうです』
妖精界ではほんのちょっとの時間経過でも人間界は二百年経ってしまった。妖精界に渡った姫の話はラナンシの王家すら忘れてしまったのだ。加えて今の女王には妖精界の声は届かない。
「ポポロン、メェリィ、今の人間界の女王なんだけど――」
エイヴェリーは擬態に戻った。なんとなく人間界のことを説明する時は人間の姿の方がしっくりとする。そして、言葉を選びながら慎重に話し始めた。
妖精が見えない女王、妖精や人間を喰らう黒いもや、そして女王によって命を奪われた幼子たち――。
衝撃的な内容にポポロンとメェリィは混乱していた。周りの妖精たちは話の内容についていけず、ただ『こわいよ、こわいよ』と言いながら震えている。
『なんで……、なんで女王様はその……、女の子たちの命を奪ったの?』
聞き返すポポロンの声は震えていた。口にするのも恐ろしい内容だからだろう。エイヴェリーはこんな風にポポロンを怯えさせてしまったことを申し訳なく思った。
「女王の行動の理由は女王にしか分からない。まあ、憶測の域は出ないけど、パーソロンやネヴェズから妖精が見える少女が生まれてくるとラナンは王座を失うからね。ラナン家の衰退が怖かったんじゃないかな」
エイヴェリーの説明にポポロンは納得するどころか、さらに表情を暗くした。
『分からないわ、どうしてそんなヒドいことが出来るの』
「人間の世界じゃ、よくあることよ。『権力争い』って言うの」
アシュリンが直裁的な説明をすると、ポポロンが悲しげに首を振った。
『大変ですぞ、大変ですぞ。人間界は真に危険な所ではないですか。こりゃ、いけません。ポポロン様、エイヴェリー様、すぐさま妖精界に戻りましょう。ああ、すべての妖精を保護しなくてはなりません』
「ちょっと待ってくれ、メェリィ――」
エイヴェリーの制止を聞かず、メェリィは『さ、帰りましょ』『さ、帰りましょ』と周りの妖精たちを促している。
『やだやだ』
『ここで、あそぶ』
ルゥルゥたち、エイヴェリーの妖精たちが文句を言い始めた。
『アシュリンといっしょ、はなれない』
アイはアシュリンの背中にさっと隠れる。
人間界で生まれた妖精にとってはここが故郷なのだ。『帰りましょう』と言われて、『分かりました』となる訳がない。
しかし、ポポロンは――。
「私、帰らない」
いつの間にかポポロンも擬態に戻っていた。茶色い髪に茶色い瞳。いつも明るく輝く丸い瞳の中に強い光があった。
『いやいや、人間界は危険な所でございます。ただちに妖精界に戻るべきですぞ』
メェリィの言葉にポポロンは首を横に振る。
「おばあちゃんが言ったの。昔みたいに妖精がそばにいるような気がしてうれしいって。帝国から来たお客様だって、ラナンシにいるだけでワクワクした気分になるって楽しそうなの。妖精がいなくなったら、みんな悲しんじゃうわ」
『しかし、しかしですねぇ』
メェリィの言いたいことは分かる。ここはゲームの世界ほど平和ではない。
ポポロンを守るために人間界を去るのは、最善の選択だ。
「ねえ、メェリィ。この界隈はパーソロンとロベルタ商会が守っているから、今はまだ安全だよ。危険を感じたら君の判断でポポロン妖精界に連れ帰るんだ」
『待ってください。エイヴェリー様はどうされるのですか?』
「私は人間だから、ここに留まる。いや、たとえ精霊だったとしてもね、このラナンシには父と母と――」
エイヴェリーはアシュリンの方をちらりと、見た。
「友人がいるからね」
ポポロンたちが帰ったあと、エイヴェリーとアシュリンは今後の計画を立て、軽い昼食を済ませて解散することにした。
「私は道場に行くからアイの姿は見えなくなる。だけどいつでもアイは君のそばにいるからね」
「あんた精霊なんでしょ。私がいつでも妖精が見えるようにしてよ」
「いや、無理」
「へっぽこ精霊ね」
『へっぽこー』
やはりヒドい扱いだった。




