27 お菓子のキラキラ
次の日は、朝から『虹色』に全員集合していた。全員と言っても人間はエイヴェリーとアシュリンだけで後は妖精である。
昨日の『帝国パン』から買ってきたドーナツやスコーン、丸パンを口にしたアシュリンは大絶賛だ。
「やっぱり、いい小麦粉を使ってるだけあるわ。砂糖もミルクも上質ね。丸パンは焼きたてが一番だけど、次の日でも十分美味しいわね」
しかしエイヴェリーは首を傾げる。
「全体的に甘みが強いね。ドーナツなんかは食べるのが少しキツいよ。あとパンはふにゃっとした感じがするな」
「ふわっとするって言って。これが帝国風なの」
「パンがこれだけ甘いと、肉や野菜に合わないんじゃないかな? 食感は軽すぎて食べた気がしないのに、味はしつこくて重たいな」
「あんた、そんなこと言ってると田舎者って笑われるわよ」
「うーん……」
『おいしいよー』
『おいしいよー』
『エイヴェリーは、いなかもの』
「うるさい、黙るんだっ」
妖精たちの味覚は当てにならないので実質吟味するメンバーはアシュリンとエイヴェリーだけだ。
二人の『帝国パン』に対する評価は真逆だった。
小麦粉、砂糖、ミルク。全てが上質なのは分かる。しかし、美味しいと思うかどうかは別だ。いや、美味しいのは間違いないが、毎日食べたいとは言えない――というのがエイヴェリーの率直な感想だ。
アシュリンに言わせれば田舎者の感想である。評価が割れたパンと焼き菓子だが、アシュリンは菓子屋にあまり焼き菓子を置く気がないようだ。
「シンプルな焼き菓子って店に置きたいわけじゃないのよね。やっぱりドラジェやターキッシュデライトやカラフルなキャンディでいっぱいの店がいいわ」
店内を虹色にするのがアシュリンの夢だ。
二人は次に雑貨屋や百貨店で買ってきた菓子類を食べ始めた。
ヌガー、マシュマロ、リコリス、グミ、金平糖――。
アシュリンが考える七色の世界に近い色合いだ。
味は――。
「うーん、雑味のある甘さね」
「店によってかなり違うな」
「美味しいのは百貨店のやつね」
「高いよ。庶民の子どものおやつには厳しい感じだ」
エイヴェリーが子どもの頃に食べていたキャンディやマシュマロは百貨店にあるような高級なものだ。正直、雑貨屋の片隅で買ったキャンディ類はあまり食べたい味ではない。
『ほこりー、ぺっぺっ』
ルゥルゥがリコリスを齧りながら舌をだす。そう安い店の片隅に置かれているお菓子の扱いは雑で、衛生面でも不安がある。そう意味でも安いお菓子は食べたくないのだ。
「ここ何日か、あっちこっちでお菓子を買ってみて思ったんだけど、単独のお菓子屋って意外とないんだね」
キャンディ類は雑貨屋の一角、焼き菓子ならパン屋の商品の一種として売られている。
素朴な焼き菓子は庶民なら家の女主人が作る。エイヴェリーやアシュリンのような裕福な家には専門の菓子職人がいる。そこまでの余裕がない家が自宅で作れないような菓子類を求める場合は専門の菓子職人に注文する。
「あっちの世界みたいにさ、店頭に並んでるタイプって少ないよね」
当然だがネットで買うことも出来ない。
「勝機があるってことよ」
アシュリンはそう言うが、エイヴェリーは慎重だ。
「そうかな? 需要がないだけかもしれないよ」
「あのね、需要は作るものなの」
アシュリンは現在のラナンシ島の経済状況を説明し始めた。
「王都キーアンを中心にラナンシ島はどんどん豊かになっていってるでしょ? 庶民も生活に余裕が出来て、今まで買えなかった商品だって買い始めてるわ。でもね、やっぱり高いのよ」
今のところ上流階級が食べる高いお菓子と、庶民用の何が入ってるか分からないような甘味しかなかった。
「私は真ん中を作りたいの。お金のある人もない人も買えるようなお菓子。だけどいつでも買えるんじゃなくて、ちょっと奮発して買うような特別なお菓子。それでね、そういうお菓子はキラキラしてないとダメなの」
「キラキラ?」
「そう、キラキラよ」
アシュリンは力を込めて言った。
「食べるって基本的に生きるためでしょ。大事なのはお腹を満たすことよね。昔はお菓子も小腹を満たすためにあったでしょ」
アシュリンの言う『昔』が、ラナンシの昔なのか前世の昔なのか、エイヴェリーには判断しかねた。が、アシュリンはエイヴェリーの戸惑いを無視して話し続ける。
「私ね、食べてる時に『おいしい』って思ったことはあっても、『幸せ』って思ったことなかったの。ああ、安心することはあったわね。死なないで済むもの」
どうやら前世の話のようだ。
「戦争が終わってもね、やっぱり食べるのに必死だったの。お金は旦那が持ってっちゃうしね」
(前世の)アシュリンは二回離婚して三回結婚した。
「最後は連れ子のある人だったの。四人ね。家族が出来たって心から感じたわ。でもやっぱり生活は苦しくてね。今度は自分のことじゃなくて、子どもをどうやってお腹いっぱいにしてあげたらいいかって一生懸命考えなきゃいけなかったの」
食べることは生きること、生きることは戦い――。
アシュリンの言葉をエイヴェリーは静かに聞いていた。
「子どもが結婚したり働き始めた頃にね、夫がドーナツを買ってくれたの。外国のドーナツ屋だって、日本初出店とか言ってね」
当時のアシュリンにとってドーナツは家で作る子どものおやつでしかなかった。
「わざわざ高いお金出して買うもんじゃないのにって思いながら、箱を開けたのよ。そしたら光が飛び込んできたの」
光沢のあるチョコレート、ピンク、白、黄色のカラフルなトッピング。ふわりと漂う甘い匂い。
「箱の中が輝いて見えたの」
最初に分け与えるべき子どもたちは独立してもういない。
「夫婦で一つ一つ吟味しながら、半分こにしたり、少しだけ交換したりしてね。その時、初めて食べることが幸せだなって感じたの」
それまで贅沢なこと、無駄なものとして削ったきた時間がそこにはあった。
「お腹が満たされるのとは違う種類の幸せなの。――そう、心が満たされる幸せ」
子どもが独立した今こそ二人の時間を過ごそうと夫と約束した。美味しいものを食べて、美しい景色を見よう――二人は誓いあった。
しかし、幸せは数年しか続かなかった。年上の夫は病を得てこの世を去ったのだ。
心の空白を孫育てで埋めた。やがで孫も大きくなっていき世話を必要としなくなっていた。そんな時、あのゲームに出会ったのだ。
『ポポロン絵日記 妖精のお店屋さん』では、主人公ポポロンが様々な店を開く。
「お店に可愛い商品が増えるのが楽しかったの。特にお菓子屋さんね。あのゲームのお陰でドラジェやターキッシュデライトを知ったの」
妖精と共にキラキラのお菓子を作るポポロン。彼女と妖精が作ったお菓子で幸せになる人々。妖精が輝き、人々が笑いさざめく明るい街。
「幸せな人生だったし、満足してるの。でもね、もし若い頃、あんなキラキラしたお菓子がある世界に生きてたら、私の人生ってどうだったんだろうって」
アシュリンは、溜息をついた。
「私、やっぱりポポロンになりたかった」




