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25 開店準備と護身術

 アシュリンは実家に雇われている菓子職人から帝国の菓子について習うことになった。

 エイヴェリーはその場にはいないが、妖精たちをアシュリンのそばに置くことで、お菓子作りの様子を見ることが出来る。当然、菓子職人がいるので妖精たちは姿を見せることは出来ない。

 アシュリンはそれが不満なようだ。


「あんたはいらないからさ、妖精だけ見えるようにしてくれない?」


 などと無情な要求をされたのだが、特定の人と妖精が交流できるようにする力はエイヴェリーにはない。


 アシュリンが覚えた料理を『虹色』の厨房で、今度はエイヴェリーや妖精たちと共に作る。

 妖精たちがお菓子作りを覚えてくれれば、立派なパティシエになってくれるはずだ。


「だめよ、それは食べちゃダメ」

「こらっ、小麦粉を練って遊ぶんじゃない」

「お願い、オーブンに入らないで」


 ……立派なパティシエになってくれるはずだ。


「なんとかクッキーはまともになってきたわ――」

『やきたてー』

『いいにおい』

「ダメだ、食べるんじゃないっ。離しなさい」


 完成したお菓子を妖精たちは片っ端から食べてしまう。満腹が存在しないので、なくなるまで食べ続けるのだ。


「いい? お菓子が出来ても食べちゃだめよ」

『おかし、おいしい。アシュリン、たべる』

「今は試食品だからいいけど、商品は食べちゃだめなの。お客様に出すのよ」

『おきゃくさまに、あげる』

「あげるんじゃないんだ、売るんだよ」

『おかし、たべる。しょうひん、うる』


 一番物わかりのいいルゥルゥでさえ、この調子だ。


「妖精と付き合うのって凄く大変なのね……」


 アシュリンがぼう然としながら呟いた。


「ああ、執事妖精は絶対にいるね」


 ゲームでは執事妖精メェリィがポポロンと妖精たちの仲立ちをしてくれるから気がつかなかったが、気まぐれな妖精と何かをするのは人間側に多大な負担がかかるのだ。


「ねえ、ポポロンには何も話さないのままでいいの」

「うーん、まあ、王族と接触するようなことがなければポポロンに危険は及ばないと思うんだよね」

「…………」


 アシュリンはそれ以上、聞いてくることはなかった。色々と思うところがあるが、とりあえずは沈黙することを選んだようだ。




 エイヴェリーがお菓子作りに参加するのは、アシュリンの実家に妖精たちを()()する時を入れても週三日ほどにしている。アシュリンはこれが不満なようだ。


「ねえ、もうちょっと妖精たちとお菓子作りの時間が欲しいのよ。あんたって引きこもりなんでしょ」

「他にもやりたいことがあるんだ」

「何やりたいのよ」

「短刀術を始めたいんだ。護身用にね」


 エイヴェリーは地下通路でのディアミドたちと店主たちの闘いについて話した。


「長剣を持っていたディアミドたちは狭い通路で苦労してたんだ。私も一応、剣の心得はあるけどね。あの二人みたいな人間に攻撃されたら逃げることも出来やしないね」

「妖精になっちゃえばいいじゃない。妖精たちだって、戦えるんじゃない?」

「妖精になるのは最終手段だよ。それにね、妖精たちに人を傷付けるようなことをして欲しくないんだ」


 あくまで人間として戦いたいんだと、エイヴェリーは説明した。





 エイヴェリーは数年前から街の剣術道場に通っていた。上流階級は多くないが、富裕層が通う道場だ。

 通っているのは主に運動不足解消のためで強くなりたいわけでも、王宮勤めをしたいわけでもない。そんなエイヴェリーのことを道場主は、『センスはあるが野心がなさ過ぎる』と、いつも嘆いていた。

 エイヴェリーがいきなり短刀術を習いたいと言いだした時、道場主は驚いた。


「この前、ひどい喧嘩を見たんです。お恥ずかしながら恐怖ですくみ上がってしまって……」


 だからより実践的な短刀術を覚えたいのだと、エイヴェリーは訴えた。


「ああ、確かにいろいろと物騒な話も聞くようになったからねえ。君と同じような若者が最近多いんだよ」


 道場主は近くにいた若い弟子に何かを言いつける。弟子はうなずき、去って行った。


「ああ、今から新しく入った者を紹介しよう。驚いちゃいけないよ。ネヴェズとパーソロンの若君だ」


 はい?


 やがて弟子が、二人の若者を連れて近づいてきた。毛先がところどころピンクになっているプラチナブロンドの青年と、緑髪の青年。


 あまりの展開にエイヴェリーは絶賛処理落ち中だ。


 道場主は三家の貴公子とエイヴェリーを強引に対面させた。


『リーアムだ』

『ディアミド、いる』

『はずかしがりやのおうまちゃん、いる』


 妖精たちははしゃいでいるが、エイヴェリーはさっさと逃げ出したい気分だった。


「こんにちは。まさか君とこんなところで会えるとはね。ああ、私はネヴェズ家のディアミドだ。よろしく」

「はじめまして、自分はパーソロン家のリーアムと申します。あなたを以前、見かけたことがあります」

「あれ、君たちも知り合いかい?」


 ディアミドが気安そうに話しかけてきた。

 エイヴェリーはいかにも戸惑ってます、という風に首を傾げた。実際のところ、戸惑いを通り越してパニックになっていた。


「私は、その……そちらの方を見るのは初めてです。申し訳ありません……」


 エイヴェリーはリーアムをチラリと見て応えた。


「申し遅れました。私はエイヴといいます。家名などはありません。あの、その……尊い方と肩を並べて何かを習うような身分ではありませんので、私は他を当たります」


 エイヴェリーは頭を下げて、その場から離れようとした。


「悪いんだがね、エイヴ。短刀術を教える道場はラナンシではここしかないんだよ」

「ええ? そうなんですか?!」

「うん。後は少し治安の悪い場所にいって()()するしかないねえ」


 道場主は冗談めかして言った。

 おかげで上流階級の子弟が市井の道場の門を叩いた理由が分かった。

 ここしか教わる場所がないなら仕方がない。


「どうする、エイヴ? 早速ストリートで実践してみるかい?」

「はは、まさか。でも、あの時間をずらしていただくなどして――」

「自分は誰と一緒になっても構いません」


 リーアムが生真面目に応える。


「うん、沢山いた方が刺激になるしね。でも君、体が弱いんじゃなかったっけ」

「別にものすごく弱いわけじゃないんだ」


 ディアミドに会った時はたいていフラフラしてたから、弱々しい印象になってしまったのだろう。


 こうして平民エイヴは、この国でもっとも高貴な青年たちと共に過ごすことになってしまったのだ。

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