24 いきなり暗礁に乗り上げる
ここから第2部となります。
「あんた、ちょっとどうなってんのよ」
厨房でアシュリンが鋭い視線を送る。その先にいるのはエイヴェリーだ。
アシュリンは良家の令嬢らしからぬ簡素の服を着て髪は後ろでしばっている。エイヴェリーは相変わらずの男装だが、こちらもシャツにズボンという労働者らしいスタイルだ。二人とも大きなエプロンをしている。
アシュリンの実家ロベルタ商会の力で、元服屋の店舗には立派な厨房が出来た。お菓子作りのための用具も一通りある。要望があれば食材もすぐに届く手筈になっている。そして妖精たちもいる。
ただ一つ問題があった。
誰もお菓子を作れないのだ。
帝国の人さらい事件のあと、エイヴェリーはアシュリンに自分の秘密を話した。
女であること、妖精が見えること、女王から隠れて生きてきたこと、地下通路での二人の末路とディアミドのこと。
アシュリンはネイル王子エンディングを見ていなかった。というか誰一人攻略していない。常に誰とも結ばれないエンディングを選択していた。一般人エンドである。
攻略対象者は彼女にとってレシピを手にいれるのに必要な存在でしかなかったようだ。
前世の知識として女王が妖精が見えないことを知らなかったアシュリンはエイヴェリーの話を素直に信じようとはしなかった。
「だって……女王陛下は立派な方でしょう? 開放政策で帝国の技術を導入してラナンシを発展させたのよ。……まあ、うちみたいな商人は恩恵を受けてるから、特別そう思うのかもしれないけど」
「私の話を信じなくてもいいよ。一般人にとってはよい為政者だからね。ただ女王や側近たちには近づかないでくれ。彼女の周りの闇は危険だ」
生きた人さえ喰らう闇。だけどあの地下通路にいたのは女王ではなく、ディアミドだ。女王さえそばにいなければ、王宮に近づかなければ闇を恐れることはないと思っていたのは軽率だったかもしれない。
まあ、それはともかくお菓子作りである。
パティシエ以外の全てが揃った厨房で、エイヴェリー、というか初晴が、全く料理の知識がないことが発覚してアシュリンは怒り心頭だ。
「あんた、偉そうに言ったじゃない。私がいれば妖精のお菓子が作れるって。あれ、なんだったのよ」
「えーっと、ほら、妖精の提供なら出来るかなって意味で……。お菓子作りは君が知ってるかと思ってたんだ」
アシュリンは盛大な溜息をついた。
彼女の目の前には、もち米を潰して丸めたものに小豆の餡をまぶしたお菓子――すなわちぼた餅があった。となりにはやたらと歯ごたえのある羊羹。
これがアシュリンの(前世の知識で)作れるお菓子である。
「あんたって若かったんでしょ? なんか作れないの?」
「えーっと、クッキーとか。ホットケーキ●ックスで……」
「ねえ、薄力粉や強力粉って分かる?」
「え? いや、小麦粉くらいしか分からないなあ……」
「~~~~~~~~~~~~っ」
「あー、えーっと、アシュリン?」
「こンの役立たずがあぁっ」
アシュリンが爆発し、全ての妖精とエイヴェリーは壁際に非難した。
「あんた、何の役に立つのよ!」
エイヴェリーは慌てて周囲を見回し、そばにいる適当な妖精――星形妖精ティンクを掴む。
「それは、ほら、こう――」
機嫌をとるようにやや声を上擦らせながら、エイヴェリーは掴んだ妖精をぼた餅の上で振るう。すると妖精の粉がパラパラとぼた餅に降りかかる。
「ね、これで妖精のおはぎ! あ、ぼた餅! あ、えーっとあんころ餅――」
「なんでもいいわよ。あんたが役立たずなのは変わらないじゃないっ」
何をやっても裏目に出てアシュリンを怒らすだけなので、エイヴェリーはひたすら謝りたおすことにした。
「いや、ほんとにゴメン! なんかゲームと同じ感覚で何となくやり始めたら出来ちゃうんじゃないかなって気軽に考えててさ」
「あんた、前世で料理したことないの?」
「えーっと、ビール漬け? とか……」
「………………」
アシュリンから表情が抜け落ちた。
「でも、このぼた餅美味しいよ。きな粉のやつとセットで売ったらいいのに」
「この店の名前は『虹色』よ。茶色と黄色しかないじゃない。私ね、茶色って嫌いなのよ。何もなかった若い頃を思い出しちゃうからね」
ポポロンからのお裾分けのレンコンのキンピラをポリポリしながらアシュリンは言う。
戦中戦後を生き抜いてきた記憶を持つアシュリンは、とにかく華やかでカラフルな物が大好きだ。それは彼女にとって平和の象徴なのだ。
エイヴェリーとアシュリンは人形妖精ルゥルゥが淹れてくれた濃いめの紅茶を飲みながら、ぼた餅と羊羹を食べる。
「ありがとう、ルゥルゥ。あなたたちってお茶を淹れるのは上手ね」
アシュリンが褒めるとルゥルゥは嬉しげに飛びかう。
正直エイヴェリーはこの要領で、妖精たちがお菓子を作ってくれるものだと思っていた。
「お茶の淹れ方はノリスから習ったけど、お菓子作りは知らないもんね」
実際のところ妖精たちは人間に教えられていないことは出来ないのだ。
「甘かったのは私も同じだから仕方がないわ。ゲームと同じお菓子が作りたかったけど、贅沢は言ってられないわね」
「今は出来なくてもいずれは出来るかもしれないから、ゲームに出てきたお菓子を書き出してみようよ」
エイヴェリーとアシュリンは気を取り直して、記憶を頼りにお菓子の名前をノートに書き出してみた。
さすがに店づくりに夢中だったこともあってアシュリンはゲームに出ていたお菓子を完璧に覚えていた。とはいえ、全て店頭に置くのは現実的ではない。
「とにかくカラフルにしたいの。グミとキャンディでしょ。それにフラワークッキーとドラジェとターキッシュデライトは絶対いるわ」
「これ、全部作って出すのは現実的じゃないよね?」
ゲームではレシピを入手したら、さっと作ってすぐさま販売出来るようになるのだが、実際にあらゆる種類のお菓子を全て手作りにするのは不可能だろう。
「そうね……帝国からの輸入菓子なら綺麗だけど高くなるわね」
ポポロンの店で惣菜を買うくらいの気軽さでお菓子を買って欲しい、というのがエイヴェリーらの目標だ。
【目標:誰でも買える虹色のお菓子】
アシュリンは大きな文字でノートに書き加えた。




