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23 わくわくの予感

 オレンジ髪の少女は無事に発見された。少女を()()()()服屋の店主と従業員の女は()()。グルだった隊長のみが逮捕された。


 服屋の店舗は一旦は閉鎖されたが、パーソロン家が買い取ることになった。(地下通路は封鎖済みである)


 この辺りが世間一般に知られている事件のあらましだ。




 エリン通りの一店舗が港に通じる地下通路を作っていたとなると、エリン通りを管理するパーソロン家の責任問題になりそうなものだが、不問となった。


「あそこはね、何代が前の王の隠れ家だったのさ」


 パーソロンの離れの二階でエイヴェリーは、父オーウェンから例の地下通路の秘密を聞いた。


 隠し通路を作ったのもその王で、目的は愛人を囲うためだったとか。あの建物に一人、そして地下通路から出た先にある屋敷は、現在帝国の領事官邸となっているが、ここにも愛人を一人住まわせていたのだと言う。


「かつての館の女主人はネヴェズの婦人でね。地下通路は王がその婦人のために作ったのだよ。まあ、そんな事情もあるから、ラナンもネヴェズも大げさにしたくないのさ」

「でも王妃が妖精を使えば、愛人の存在なんてすぐにバレますよ」

「妖精の使い方は当事者以外には分からないものだからね。もしかしたら当時の王妃様は見逃してくれてたのかもしれないな」


 夫の浮気調査を妖精に頼むなんて嫌だなあとエイヴェリーは考えた。もしかしたら、王妃も同じ思いだったのかもしれない。


「ところで捕らわれていた三人は罪に問われるのですか?」


 彼らは密航を企てていたのだ。被害者ではあるが、微妙な立場である。

 もっとも身分を偽って生きているエイヴェリーに彼らを責める気はない。


「あくまで捕らわれていた被害者として処理されたよ」


 褐色肌に青髪の女性は暴力を振るう親から逃げ出したかったようだ。彼女はパーソロン家が使用人として雇うことになった。

 白い少年は強盗傷害のお尋ね者だった。現在は裁きを待つ身である。

 オレンジ髪の少女だが、やや複雑な事情があったようだ。彼女はネヴェズの遠縁ではなく、ごく普通の田舎娘だった。


「ネヴェズの先代当主の兄弟に身持ちの悪い人がいてね。もういい年なのに若い娘を後添えにしようと企んでいたようなんだ」


 オレンジ髪の少女に懸想したネヴェズの老人は、金の力で娘を買い取り、王都キーアンで淑女としての教育を受けさせようとしていたようだ。


「それが嫌で帝国に逃げようとしたのですね」


 アシュリンが指摘した通り、帝国に行くことは新しい苦しみを生むことなるだろう。それでも今の苦境から脱するために、服屋の話に乗るしかなかったのだ。


「事情が事情だけにね、ネヴェズも粗略に出来ないようで、彼女の身柄はネヴェズの本家で預かることになったよ」

「気の毒な娘さんたちが救われるといいですね……」


 エイヴェリーは自分の言葉に、上っ面だけの空々しさを感じていた。


 素朴で平和に見えるこの国で、金で人が買われている。親に殴られる者、強盗を働く者がいる。大国に翻弄され人びとの心には疑心が広がり、女王は幼子を殺し、闇を生む。


 こんな現実に対して何も出来ない自分の無力さがエイヴェリーにはもどかしい。


「あなたはよくやってくれたわ」


 母サーシャがエイヴェリーの考えを察するかのようにフォローする。


「しかし、妖精たちを可視化させてしまいました。世間の反応はどういうものでしょう」

「女王のお力だと認識されているようだね」

「ディアミド殿もですか?」

「彼が――、ネヴェズが女王が妖精を見ること出来ないことを知っているのかどうかは分からんね」

「少なくとも女王には、妖精を見る力のある者の存在が知られてしまいましたね」


 待望の妖精を見る力を持った存在に女王はどう動くだろうか?


 例の黒いもやも気になる。あれはついに生身の人間さえ喰ってしまったのだ。あれが大きくなるようなら帝国以上の脅威である。


(だけどあそこには女王はいなかった。まさかディアミドの力なのか)


 小さな木馬が愛し守ろうとしている青年を、エイヴェリーは悪い者だと思いたくはない。しかし女王だって妖精に愛されながら黒いもやを発生させているのだ。油断してはならない。





 ※※※※※※※※※※


「ポポロンちゃん、聞いた? あそこに新しい店が出来るんですって」

「はい。昨日から人が入ってますよね」


 総菜屋を営むポポロンは、隣の店舗の花屋の女性と話をしていた。

 場所は総菜屋の二階。ポポロンの自宅である。ポポロンと花屋の女性、白髪混じりの金髪の老女の他、数人の女性が持ち寄ったお菓子とお茶でおしゃべりに花を咲かせている。

 例の騒動のあとから、ここは近所の女性たちの社交場と化していた。


 あの時、乱暴を働いた兵隊の偉い人は逮捕されて牢屋にいるらしい。なんでも隣の服屋の店主と組んでオレンジ髪の少女を誘拐していたそうだ。

 少女が隣の店舗から助け出された夜、ポポロンは熟睡していて、色々聞かされたのは次の日のことだった。

 何故か執事妖精メェリィが『姫様は私が守りますぞっ』とはりきっている。彼は何かを知っているようだが、『秘密ですぞ、秘密ですぞ』と言って教えてくれない。



「なんだか怖いわ。また悪い人が入ってくるんじゃないかしら」

「そりゃあ、ないね。あそこはパーソロンの旦那が買い取ったからね」

「パーソロンと言えば、()()()若様を見たかい」

「見た見た、いい男だったねえ」

「そうかい? ありゃ、田舎者だよ」

「なら、都会の女の魅力を教えてあげなきゃあね」


 話が怪しげな方向に逸れた所で、客人を報せるベルが鳴った。少しだけホッとしたポポロンは階下に降りた。


 店舗兼自宅のドアを開けると、明るい赤髪の少女が立っていた。


「今度、隣の店舗で菓子屋を営むことになりました。アシュリンと申します。未熟者ですが、どうぞよろしくお願いします」

「アシュリンさん? それに、あの……」


 ポポロンは少女の後ろに佇む青年を見る。


「やあ、ポポロン。商売は素人だけど宜しくね」

「エイヴさんまで」


 カラフルな色合いが多いこの島の住人には珍しい黒髪に美しく優しげな顔立ちの青年エイヴが、いつもと変わらぬ笑顔でポポロンを見つめていた。


 様子を見るために階下へ降りてきた近隣住民も、先日活躍した二人の登場にざわめきだす。


「お菓子屋を開くことにしたの。もう店の名前はきまってるわ。『虹色(にじいろ)』よ。妖精色のお菓子を沢山作るの」


 アシュリンが輝くような笑顔でそう言うと、周囲がぱっと明るくなる。形のない妖精たちの祝福の色だ。

 それは妖精が見えない普通の人々にも感じとることが出来るほど、はっきりとした気配だった。



「不思議だよ。最近、昔みたいに妖精の気配を感じるようになったんだよ。年寄りの勘違いかねえ」


 老女が言うと、ピンク髪の花屋は頷いた。


「昔のことは分からないんですけど、最近あたりが明るく見えたりキラキラしてるような気がするんです。朝起きたら、なんだかいいことが起こりそうな予感がしたり……」


 野次馬と化した女性たちは、おしゃべりに興じている二人の少女と一人の青年を見る。誰もが感じる程に、三人の周りの空気は明るく華やいでいた。


「きっとこれからすごく良いことがおこるよ。間違いない、あたしの予感は外れやしないよ」


 三人を見つめながら、老女は力強く宣言した。


【第1部、完】

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