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22 嵐吹く 4

残酷な場面があります。

 悪党たちが逃げた先には階段があり地下通路となっていた。エイヴェリーは形のない妖精の明かりを頼りに前に進んで行く。

 二人は灯りの類いを持っていなかったはずだが、意外にも先に進んでいるようでまったく追いつけない。

 もっともエイヴェリーは彼らを捕まえる気はない。あとはディアミドらに任せて、自分は頃合いを見計らい妖精化して地下通路を脱出するつもりだ。


(ルゥルゥたちは姿は隠して先に行ってあの二人を見張ってくれ)

『わかったー』


 妖精たちに指示を出したあと、エイヴェリーは立ち止まり、意識を薄く伸ばす。


 応接室では武装した男たちが、アシュリンを丁寧に扱っている。地下の三人も()()()()()()()()最中だ。


 廊下には武器を取り上げられ拘束されている兵士と隊長たちがいた。

 隊長以外は濡れ衣かもしれないが、状況が状況だけに致し方ないところだろうとエイヴェリーは考えた。


(メェリィ、ありがとう。ポポロンの様子を見に行っておくれ)


『かしこまりました、エイヴェリー様。またお会いしましょう』


 メェリィはポポロンの元に去っていった。


 無数の妖精たちとリンクすることでエイヴェリーは自分が今いる地下通路がどこに向かっているか分かった。港である。

 おそらく二人は港に停泊している帝国の船にでも乗るつもりだろう。


 エイヴェリーは擬態を解いた。

 青い髪は水の中にいるかのように揺蕩(たゆた)い、その体から粒のような光が生まれる。やがてエイヴェリーはまばゆい光の塊になりながら浮上していく。

 エリン通りから少し離れた人気のない通りに現れたエイヴェリーは、すぐさま黒髪に戻った。あたりには誰もいない。


「ふうっ」


 いい加減、家に帰りたいところだが、ぐっと堪えて意識を地下通路の妖精たちに合わす。


 ルゥルゥたちは店主と女に追いついた。

 彼らは灯りもないのに立ち止まることなく地下通路を進んでいた。通り慣れた道なのだろう。


「……っ」


 突如として前からやって来たまばゆい光に、二人は怯むように立ち止まる。

 カンテラの光が照らし出したのはディアミドの顔だ。彼の前後には部下らしき人物が数人いる。


「観念するんだな。帝国の人狩りども――」


 ディアミドが言い終わらないうちに、渇いた音が地下道に響く。ディアミドの手前にいた男が小さく呻いて倒れた。

 女が銃を撃ったことにエイヴェリーが気がついたのは、かなり遅れてからだ。

 ディアミドの関心は倒れた部下に、周りの者はディアミドを守ることに専念する。


 引き返すことが出来ない店主と女は迷うことなく前に進む。

 男たちは二人を捕まえようとしたが、いつの間にか短剣を取り出した店主が彼らを斬りつける。対するディアミドらの腰には長剣。人が多い上にせまい地下通路では迂闊に抜くことは出来ない。


(え、え、この人たち、強くない?!)


 店主と女の奮戦ぶりにエイヴェリーは衝撃を受けていた。

 ついさっき彼らと対峙したことが、いかに無謀だったかを思い知って、今更ながら震えが止まらない。


『わるもの……、こわい』

『ギギギ……』


 初めて目の当たりにした強い殺意に妖精たちも脅えている。


 ディアミドが短剣攻撃をかいくぐり、店主を殴りつけた。店主はよろめきながらも持ちこたえ、ディアミドを睨みつける。


「若造! 私の後ろには総領事であらせられる――」

「関係ない。貴様らの捕縛は王命である」


 そう言いなが、ディアミドは懐からメダルのようなモノを取り出した。


「何者……」


 店主があからさまに顔色を変えた。


「はっ、あんなインチキ女の命令なんか怖いもんか」


 女が嘲るように怒鳴る。


「貴様、陛下を侮るか」


 ディアミドが低い声で言う。


「陛下ぁ? たかが小島の漁師女じゃないか。お前ら生意気なんだよ、蛮族風情が国を名乗ってんじゃないよ」


 女は生粋の帝国臣民のようだ。

 帝国はラナンシ島の独立を内心では認めていないというが、ここまでの侮辱を直接聞いたのはエイヴェリーも初めてであった。


「ここは帝国領なんだよ。馬鹿が勝手に女王を僭称しやがって図々しいったらありゃしないね。世間じゃラナンシなんて帝国産の奴隷の代名詞みたいなもんさ――」


 周りの男たちは言いたい放題の女を捕まえようとはしない。それもそのはずである。女の体は黒ずんできているのだ。

 カンテラの灯りしか頼るもののない地下道では分かりにくいが、女の周りだけ奇妙な闇が広がりつつあった。

 異様な光景にその場に縫い止められたかのように誰も動けないでいる。


 女の隣の店主はほこりを払うような仕草をするが、彼の体も黒いもやに包まれていく。


「ちくしょうっ、何しやがった」


 自分の体の異変に気がついた女はディアミドを睨みつけるが、そのディアミドも女と店主の姿を呆然と眺めている。


(みんな、出来るだけ離れるんだ)


 エイヴェリーは妖精たちに指示を出す。


『ねえ、あんたもにげるんだよ』


 ルゥルゥはディアミドの肩のあたりにいる木馬の妖精に声をかける。

 木馬は必死になってディアミドを引っ張ろうとしているが、物理的な影響力を行使する力はないようだ。

 しかし、木馬の気持ちが通じたのかディアミドは弾かれたように動き始めた。


「全員、こいつらから離れるんだ」


 その声を合図に男たちは二人から離れ始めた。


「あ、あ、たすけて……」

「おい、ちくしょ……」


 店主の哀願も女の罵倒も闇に飲まれるように小さくなっていく。


「お……あ、あ、あ」

「お、お……」


 やがて二人は闇に溶けるように消えていった。


 ディアミドの隣にいる男が、二人がいたあたりに恐る恐る光を当てるが何もない。

 二人の人間も、彼らを飲み込んだ闇も、あたかも最初から存在しなかったかのように消え去り、なんの変哲もない古びた地下通路があるだけだった。

 あまりのおぞましさに、しばらく誰も動けず、言葉を発することが出来なかった。


 しばらくすると店舗側から人の声と足音がする。


「終わった、帰ろう」

「はっ。あ、いや……」


 ディアミドの声に部下らしき男は戸惑いの声を上げた。


「すべて片づいた。今見たことは口外するな」


 ディアミドはシンプルに命じると、やって来た者たちと合流し、指示を出す。




 エイヴェリーは全てを見届けると、自分の周りに妖精たちを集めた。


「さあ、私たちも帰ろう」


 考えることは山ほどある。

 だが今は早く家に帰って眠りたかった。

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