20 嵐吹く 2
「君はいつもボンヤリしてるんだねぇ」
その声はやけにノンビリと響いた。
あせりで我を忘れていたエイヴェリーは苛立ちながらディアミドから目を逸らし、自分が向かおうとしていた先を向き直る。
そこには壁があった。
妖精たちに意識を集中させていたエイヴェリーは歩きながら壁に激突しそうになっていたのだ。
「あ……」
エイヴェリーは間の抜けた声を上げた。
「もしかして夢遊病かい?」
ディアミドが訊ねる。
「……君こそ、えーっと……何をしてるの」
エイヴェリーは今しがた夢から覚めたような、奇妙な感覚を味わっていた。焦りだけがつのり何をやるべきなのかが分からない。
「僕は見回りさ。最近、いろいろと物騒だからね」
「もしかして警邏隊の人?」
「まあ、そんなところだ」
ディアミドは曖昧に応えた。
エイヴェリーはこの胡乱な説明を信じるふりをした。
「だったら、エリン通りの服屋を調べてくれたまえ。今日、いや昨日騒動があった店だ」
「あの辺りは警邏じゃなくて、武装した兵士がが見張ってるよ」
ディアミドの言葉にエイヴェリーは総毛だった。
「その兵士が人さらいとグルだったらどうするつもりなんだ」
「どういうことだ」
エイヴェリーの言葉にディアミドは鋭い声で反応した。
エイヴェリーは歩きながら説明した。
「昼間の捜査で服屋は店舗しか調べられてないんだ。隣の総菜屋は二階まで荒らされた……のに……」
エイヴェリーは息を切らせていた。走りながら妖精たちとコンタクトをとり続けたことで、肉体も精神も疲れ切っていた。
立ち止まり、呼吸を整える。人間の体では素早く目的地に行くことは不可能だ。
「君、頼む。アシュリンが危ない。あの子は一人で行動したかもしれない」
「アシュリン?」
「ロベルタ商会の令嬢だ」
「深窓の令嬢なら、今頃自室で寝ていると思うけどね」
常識的に考えればそうだが、現実にアシュリンは捕まっているのだ。
「頼む、あの服屋に人をやってくれっ」
王宮にいる父に助けを求められない今、頼れる人間は目の前にいるディアミドだけだった。
「分かった、服屋に行こう。君はどうする」
「私は、動けない……。足手まといになるだけだから、ほうっておいてくれ」
エイヴェリーは足を止めた。実際にエイヴェリーはこれ以上前に進むことは不可能だった。
「人を寄越すから、君はここでじっとしているんだ」
ディアミドはそう言うと素早く走り始めた。
エイヴェリーは小さくなっていくディアミドの背中を見送りながら、意識を再び妖精たちとアシュリンの方へ戻した。
「だから、私たちは自分の意思で帝国に行くの。攫われたわけじゃないって言ってるでしょ」
褐色の肌に青い髪の女性が話し始める。どうやらアシュリンに自分の事情を説明しているようだ。
場所はおそらく服屋の地下だろう。店主たちの姿はない。いるのは被害者たちだけだ。いや、彼らは自分のことを攫われた人間だとは思ってないようだ。
「なら、正規の手続きで帝国に行けばいいじゃない」
アシュリンがきつい声で言う。彼女だけが後ろ手に縛られ拘束されている。
「金がないんだから仕方ねーじゃん。こっそり帝国に行くしかないんだよ」
ぞんざいな口を聞いたのは髪も肌も白い少年だ。
「それは密入国でしょ? ラナンシ島の人間として正規のルートで帝国に入らなかったら流民になるしかないのよ?」
「身分は保障されるって聞いたわ」
褐色肌と青髪の女性が反論する。
「はあ? 馬鹿じゃないの。密入国者の身分を保障するメリットがどこにあるのよ」
アシュリンの言葉に女性と少年が怯む。
「帝国人がラナンシ島の人間を傍に侍らせたいなら、ちゃんと身分の保障された人間を雇えばいいわ。なぜ、そうしないか分からない? あんたたちみたいに後ろ暗い事情を持った人間なら、どんな扱いをしても許されるからよ」
アシュリンの口撃は止まらない。
「あんたたちは、ちょっと帝国に行って、実入りのいい仕事でも見つける気かもしれないけどね、実際には奴隷として売られるのよ」
「嘘つけっ! 奴隷制度は廃止されたんだろっ」
「人の自由を奪って生殺与奪を握る方法なんていくらでもあるわ。奴隷として保護されない分、あんたたち密入国者の方が悲惨なのよ」
アシュリンの言葉に全員押し黙る。
「あの……、でも……ここにいるよりマシなの。だって逃げないと私、ものすごい年寄りと結婚させられちゃうの」
今まで黙っていたオレンジ髪の少女が泣きそうな声で話し始めた。しかし、アシュリンはあくまで冷ややかに対応する。
「ラナンシ島の爺さんより帝国の爺さんの方がマシってわけ? まさか心優しい帝国貴族の青年にでも拾ってもらえると思ってる? いっとくけどあいつら最悪な連中よ」
アシュリンの言葉に誰も反応しない。
ちなみに妖精たちは縛られたアシュリンを助けようと必死だ。
『アシュリン、うごけない』
『たすける』
『わるもの、やっつける』
『やや、いけまそんぞ、皆様。われわれ妖精が人間を動かしてはならないのです』
もちろんエイヴェリーの指示がなければルゥルゥらは物理的な影響を与えることは出来ない。
『メェリィ、ちから、かす』
『メェリィ、たすけて』
『いやいや、ダメですよ。私が力を発揮するのは台所です。姫様と一緒に料理を作る時です』
ゲームと同じなら、おそらくメェリィはポポロンから離れて自律的な行動が可能なはずだ。他の妖精に指示を与えたり、自由に物理的な力を行使することもできる。
『りょうり、つくる』
『ポポロンと、つくる』
『エイヴェリーと、つくる』
『アシュリンと、つくる』
妖精の関心事が別の方向にシフトしてしまったようだ。
(みんな、聞こえるかい)
『エイヴェリー』
『エイヴェリー』
『おお、エイヴェリー様、いまどちらに?』
(悪者たちの方を見てくれ。もしかしたら、逃げ出してしまうかもしれない)
『かしこまりました』
一番最初に反応したのはメェリィだった。
『わかったー』
『わるもの、やっつける』
景色が変わる。例の三人――店主、隊長、女が何やら話し込んでいる。蝋燭をつけただけの暗い室内だが、どうやら応接室らしい。おそらく服屋の中であろう。
「まずい、この辺りに警邏の連中が来ている」
隊長が神経質そうに貧乏揺すりをしながら言うと、服屋の店主が忌々しそうに舌打ちした。
「きみの部下に言って追い出せばいいじゃないか」
「上の方が動き出した。俺じゃあ、どうにもならん。あんたがネヴェズのガキに手ぇ出さなきゃ、こんなことにはならんかったよ」
「うるさいっ」
しばらく口論したのち、店主と隊長は帝国に逃げることにしたようだ。
「下の連中はどうしますか」
女が訊ねる。
「仕方ない、殺そう」
店主が無情に言い放つと、女と隊長がうなずく。
もはや一刻の猶予もなかった。




