19 嵐吹く 1
しばらく不穏な展開となります。
その日、パーソロン当主オーウェンと嫡子リーアムは帰宅しなかったので、エイヴェリーの手紙は王宮に送られることになった。
エイヴェリーは、サーシャやノリス、そして妖精たちと共に賑やか晩餐を楽しんだ。
いや、楽しんでいたのは妖精たちで、人間組は沈んでいた。
「では父上とリーアム殿はエリン通りの騒動のために王宮にいるのですね」
エイヴェリーの問いに、母サーシャが頷く。
「ええ、本来はパーソロンの管轄ですからね」
初代王キーアンとその妻で妖精のニーヴには三人の娘がいた。その一人がパーソロンの祖エリンであり、彼女が商業区として整備したのがエリン通りだ。今でもエリン通りはパーソロンの管理下にある。
「最近は帝国とのやりとりが増えたせいで、ネヴェズの意向が大きくなってるのよ」
サーシャはほうっと溜息混じりに言った。
外交はネヴェズの担当である。女王の意向に従い、帝国を積極的にラナンシに招き入れている。
外国人が港周辺からエリン通りに店舗や居を構えるようになったために、彼らの代弁者としてネヴェズの発言力が増しているのだ。
「あの兵隊たちはネヴェズが送りこんだものですか?」
「そこまでは分からないのだけど、急な動きはネヴェズのお嬢さんが行方不明になったことと関係あるのでしょうね」
ラナンシ島から帝国に売り払われた人間がいると言う噂は、以前より増えているらしい。本格的な調査にならなかったのは、消えたのがあまり裕福でない地方の出身者や素行の悪い者たちであったからだ。
「家出や駆け落ち、素行が悪く家から追い出された者は役人も真面目に探さないわ」
「『エイヴ』が消えても誰も気にしないようなものですね」
父親から疎まれている厄介な遊び人エイヴ――のような人間が消えても誰も探さないと言いたかっただけだが、母サーシャはひどく悲しげな顔した。
「今回はネヴェズのご令嬢だったから動いたのですね」
「詳しいことは分からないのよ。ネヴェズの遠縁が世話をしてる娘さんみたいで貴族と言うわけじゃないみたいね」
「もしかしてさらった方もネヴェズが動くとは思わなかったかもしれないですね」
「いずれにしてもエリン通りで起こったことならパーソロンとしても動かねばならないわ」
もしも三家が血眼に探しているのを知ったらさらった者たちはどうするだろうか? 解放? あり得ない。噂の通り帝国に売られるならまだいい方だ。最悪口封じもあり得る。
(時間はもうないかも知れない……)
その日の夜、エイヴェリーはパーソロンの離れの二階から妖精たちをエリン通りに飛ばした。形なく浮遊する妖精たちにも頼んで兵士が暴れた界隈を徹底的に捜索する。
ポポロンに知られるリスクがあるが、致し方ない。人の命がかかっているのだ。
『オレンジのかみのこ、いた』
『うみのいろのかみのこ、いる』
『しろいこ、いる』
『したにいる。くらい、くらい』
教えてくれたのは、エイヴェリーの声に応えてくれた形のない妖精たちだ。
エイヴェリーの脳裏に浮かぶ映像から、暗い部屋で蠢く数体の塊を確認した。おそらく閉じ込められている人たちだ。
「みんな、聞こえたかい。ここに行ってくれ」
エイヴェリーの声に従ってルゥルゥたちが映像の場所に向かう。エイヴェリーも飛べば、目的地につけるだろうが、発光した人型が宙を舞っているのを見られるとまずい。
エイヴェリーはエイヴとして自らの足で歩くことにした。問題は目的地がどこか分からないことだ。妖精ならひとっ飛びでたどり着けるが、人間の足で行くなら道順が分からないことにはどうしようもない。
エイヴェリーは妖精とつながった状態でエリン通りに向かう。さらわれた人々が閉じ込められているのは昼間に騒ぎがあった辺りなのは間違いないだろう。
『痛いじゃない、何よ』
若い女性の声がする。暗い部屋が明るくなり、一筋の光が囚われた人々の体を照らす。彼らは怯えたような表情で顔を上げた。
オレンジ髪の少女を確認したかったが、それ以上に声の主が気になった。
『この娘はどうします?』
低めの女性の声だ。
『綺麗な赤毛じゃないか。連れていこう』
次に聞こえたのは男の声だ。
『しかし、ロベルタ商会の――』
『構わんよ。ロベルタも三家も帝国貴族の前じゃ無力なもんさ』
ロベルタ商会、赤毛――。
エイヴェリーの心臓が早鐘を打つ。
『やっぱりあんたが犯人だったのね』
妖精と繋がったエイヴェリーの脳裏にアシュリンが映る。青い瞳が睨みつけるその先には、先ほど話していた女、そして服屋の店主。さらにもう一人――。
『それに、あんたもやっぱりグルだったのねっ』
アシュリンが怒鳴る。彼女の視線の先にいるのは、昼間暴れた兵士の隊長格の男だった。
「やっぱりか。なぜ分かった」
服屋の店主の声は冷たい。昼間の気の弱そうな姿とは別人のようだ。
「ポポロンの家は二階まで引っかき回されてたのにあんたのとこは店舗だけだったじゃない。普通に考えたら、あんたが一番怪しいのに」
そうか、あの乱暴な捜査は目くらましだったのか。隊長は捕らえられた人々が見つからないように微妙に手心を加えた捜査をしたのだ。
「お嬢さん、それは君の考えかね」
「…………違うわ。エイヴが言ってたのよ」
(巻き込まれた! いや、それでいい)
エイヴェリーは息を切らしながら夜のエリン通りを小走りで進む。
アシュリンが単独で動いてないことを匂わせれば、すぐに口封じされることもなくなるだろう。
立ち止まり呼吸を整える。誰かが危害を加えられそうになったら妖精たちを使って引き留めなければならない。エイヴェリーは集中を切らさずに妖精たちと意識を共有する。
『おやおや、何と言うことでしょう。隣家でこのようなことが起こっていたとは』
突然、新たな妖精が現れてぶつくさ喋りはじめた。
ルゥルゥよりも明瞭に人語を操るその妖精は、ゲームにも登場する執事妖精メェリィだ。燕尾服を着た羊でいつもポポロンの肩の辺りにいる。彼がいるということはポポロンにもこの騒動が知られてしまうだろう。
『これは一大事。すぐに姫様に――』
(ダメだ!!)
頭の中でエイヴェリーが叫ぶ。
(ポポロンが危険に晒される。あの子には知らせるな)
『いやはや、そう言われましても。ところであなたはどちら様です? あ、申し遅れました。私、メェリィと言います。ポポロン様の執事をしております』
『あたし、ルゥルゥ』
『ギギギギギ』
『あーそーぼー』
「わたしをどうするつもり?! この人たちと一緒に売るつもり? 私が売られても殺されてもロベルタ商会が黙ってないわよ」
「いやいや、何か勘違いなさっているようですね。ここにいる皆さんは望んで帝国を離れるのですよ」
「なんですって」
アシュリンが驚いた様子で閉じ込められている人々を見る。
確かに彼らは暗い部屋にはいたが拘束されているわけでもない。簡素なベッドの上で眠そうな顔をしてアシュリンを見ている。
(なんだ? どういうことだ)
「彼女らはねえ――」
『ほほぅ、あなた方はエイヴェリー様にお仕えしているのですな』
『エイヴェリー、ともだち』
(こらっ、あっさり、ばらすな)
『エイヴェリー、おこりんぼ』
『こわい、こわい』
「――つまり彼女らは望んで帝国に行くのですよ」
「人さらいなんてとんでもない、むしろ人助けって言ってほしいもんさ」
「なんですって――」
『あそぼー、あそぼー』
『メェリィ、ともだち』
(あ、頭が……)
混線状態にパニックになっていたエイヴェリーの本体は完全に無防備だった。そのために近づいてくる人影に全く気がつかなかったのだ。
「待て」
大きくはないが鋭い声でエイヴェリーを制止する者がいた。しかし、アシュリンや妖精たちに気をとられているエイヴェリーは反応が遅れ、歩みを止めることが出来ない。
誰かがエイヴェリーの腕を強く掴む。
「壁とキスでもするつもりかい?」
ディアミドである。
カンテラに照らされた顔には呆れたような色があった。




