挿話 赤毛のアシュリン
※アシュリン視点です。
アシュリンの母は彼女が五歳の時に死んだ。
愛妻の死でふんぎりがついたのだろう、父親は子どもたちを連れて海を渡り、帝国とラナンシ島間で本格的に商売を始めた。
帝国で上流階級としての教育を受けた幼いアシュリンは、乾いた砂が水を吸うようにあらゆる知識を吸収したが、同時に帝国人らしい高慢な態度を身につけてしまった。
そんなアシュリンに親兄弟姉妹は「そんな風に振る舞うと妖精に嫌われるよ」と、辛抱強く諫めたのだった。
アシュリンの一家は帝国の上流階級で引っ張りだこだった。幼いアシュリンは自分が美しく魅力的で立派な帝国婦人だから人々が自分を受け入れているのだと信じた。
「ああ、アシュリン、可愛い子ね。でも違うのよ。帝国人が私たちを歓迎するのはそんな理由じゃないの」
姉の一人がそう言いながら自分のピンクの髪をくるくると弄っていたのを、アシュリンは強烈に覚えている。
ある日、帝国貴族のお茶会についていったアシュリンは姉と共に子ども部屋で小さなお茶会に参加した。
彼女は最年少だったが、立派にお茶会のマナーを守った。一方で他の十歳前後の貴族の子どもたちはひどいものだった。
なんだか厳しくマナーを叩き込まれた自分たたちが馬鹿を見ているような気にもなったが、彼らは生粋の帝国人だから多少の逸脱は許される。僻地から来たアシュリンたちが同じような態度をとったら、たちまち社交界から追い出されることになるだろうことは、幼いアシュリンも分かっていた。
年長の少女たちが盛んにラナンシ島の姉妹を褒めちぎる。
「所作も綺麗だわ。まるで帝国人のように見えるわねえ」
「ドレスも帝国で作ったのね。まあまあよくお似合いだこと」
「その目と髪の色がなかったら、帝都の人間だと信じちゃう所だわ」
幼いアシュリンは微妙な揶揄のニュアンスには気がつかなかったので、帝国貴族の令嬢に褒められて嬉しさのあまり頬を上気させた。
アシュリンの姉は令嬢たちの意地悪に気がついていたので、あからさまなほめ言葉には乗らずひたすら謙遜の言葉を述べながら帝国人から距離をとっていた。
そこで最年長になる某大臣の令嬢は、まだ攻略の可能性があるアシュリンをターゲットにした。
「アシュリン、あなたの髪って本当に綺麗ね」
「え、あの、ただの赤毛です」
「あら、普通の赤毛はそんなに鮮やかじゃないし、ツヤもないわ。それにあなたの髪は輝いてるような明るさがあるわ」
「あ、ありがとうございます」
アシュリンは髪や目を褒められるのが苦手だ。帝国人たちから髪や目の色について何か言われると、それがほめ言葉でも、胸の辺りが名状しがたい不快感に襲われるのだ。
「ねえ、あなた、私の所で一緒に暮らさない?」
「わ、私がですか?」
「ええ、妹のお友だちになってほしいのよ」
年上の令嬢がニコリと微笑んだ。
たしかアシュリンと同い年の妹がいるらしいが、お茶会には参加していない。
「申し訳ありません。この子は学院に入ることが決まっていますの」
アシュリンが発言する前に姉が素早く答えた。
「あら、まだ小さいじゃない」
「私たちが苦労しましたから、早めに帝国の習慣に馴染ませようとお父様が考えていらっしゃいますので」
「そうなの。残念だわ」
令嬢はあからさまに白けた表情をした。それからお茶会が終わるまでラナンシの姉妹に声をかけることはなかった。
「ごめんね、最初にあなたに話しておくべきだったわ」
帰りの馬車の中で姉はアシュリンに謝った。
最近帝国では珍しい色を持ったラナンシ島の人間を連れ歩くのが流行っているらしい。
件の令嬢はアシュリンを妹の遊び相手として屋敷に連れ帰り、ゆくゆくは自分のそばに置きたいと考えているようだ。
「私たちラナンシ島の人間はアクセサリーなの。連れ歩いて自慢するモノなのよ」
姉がほうっと溜息をついた。
令嬢がねっとりとした視線を姉妹に送っていたのを思い出す。
あれは対等な人間を見る目ではなかったのだと、アシュリンは気づいた。
学院に入る前にアシュリンはラナンシ島に里帰りした。空に浮かぶ薄絹のドームに守られた祖国に入るとふわりとした空気に包まれる。妖精が集まって来ているのだと、大人たちが教えてくれた。
「でも見えないじゃない」
アシュリンが不満げに言うと大人たちは笑った。
「見えたら、王妃様になれるよ」
アシュリンより二歳ほど年下の王子のためにラナンシ島は国を上げて妖精の見える少女を探しているらしい。
妖精の見える少女は王子様と結婚して王妃になるのだと言う。
妖精、王子、結婚、王妃――ワクワクする単語にアシュリンの胸は高鳴った。
学院に入ってからも機会があればラナンシ島に戻った。今度こそ妖精が見えるかもしれないと言う僅かな希望を胸にアシュリンは妖精門をくぐる。
妖精が見えるのは妖精の血をひく三家の少女のみ――、と言う事実を知ってからも期待することを止められなかった。
いつしか王子や王妃へのあこがれは消えたが、妖精が見たいという思いだけはいつまでも強く残った。
学院の卒業式が近づく頃、アシュリンは迷っていた。
帝国に残るべきか、ラナンシ島に戻るべきか――。
帝国は刺激に溢れた文明の中心地だ。ラナンシ島の人間に向けられた不躾な視線、失礼な言動に耐えることができるなら楽しく刺激に満ちた生活が出来るだろう。
(ラナンシは結局田舎だもんね。帰ったって妖精が見えるわけでもないし、アシュリンだし――)
アシュリンだし?
アシュリンは自分の思考に引っかかりを感じた。なんだか別の誰かがアシュリンのことを考えているみたいだ。
アシュリンは鏡の中の自分を見た。赤毛の少女アシュリン。お金持ちの令嬢。お助けキャラ。
キャラ?
(はあ、なんで私、ポポロンじゃないんだろう? え……、あっ!!)
深い溜息と共に、天啓を受けたかのようにアシュリンの世界が違う色を持ち始める。
ここはかつて夢中になって楽しんだゲームの世界に似ている。いや、ゲームと同じ世界なのだ。
(私がアシュリンならポポロンもいるはずよね)
この世界に。
ラナンシに。
アシュリンはラナンシ島に戻った。
ポポロンに会うために、妖精を見るために。
(そうよ。私、ポポロンと友だちになる。そして一緒にお菓子を作る)
虹色ターキッシュデライト。
前世でついに口にすることが、叶わなかったあのお菓子。
ゲームの記憶を頼りに通りの店という店をチェックしたアシュリンは、ついにポポロンの店を見つけたのだ。
ああ、ポポロン、大好き。
私と一緒にお菓子を作って。
アシュリンは黄色い壁の店に近づく。
漂ってくる甘い、懐かしい――醤油の香り。
「いらっしゃいませ! 本日開店の『妖精の惣菜屋さん』です」
明るい少女の声が通りに響く。
惣菜屋――。
アシュリンは、茶色い髪と瞳の懐かしい少女を見つめながら呆然としていた。
「どうして? どうして総菜屋なのよ?!」
いつの間にかギャラリーが出来ていたが、興奮したアシュリンは構わず叫びつづけた。
隣の男が近づいてくるのが分かったが、無視することにした。
「ちょと、いいかな――」
「ねえ、あなた作れるでしょ。ほら、妖精のお菓子、虹色ターキッシュデライト」
奇妙な気配を感じてアシュリンは横を見る。隣にいたのはエイヴだった。アシュリンと同じくお助けキャラとして配置されている青年。
エイヴは驚いたようにこちらを見つめている。まるでアシュリンを知っているかのように、『虹色ターキッシュデライト』という単語を知っているかのように。
(ああ、そうか。こいつは――、こいつも――)
私と同じだ。
アシュリンは確信した。




