16 消えた少女と帝国
実のところエイヴェリーは権威のある人間と対峙したことは一度もない。二十年の引きこもり生活は伊達ではないのだ。
内心では平民の兵士にも怯えていたエイヴェリーだったが、権威を笠に着た兵士たちの横暴に立ち向かった心ある青年として、店の周りに集まった人々から賞賛の眼差しを向けられていた。
人々の視線が痛い。
「やあ、ポポロン、災難だったね。私も店の片付けを手伝うよ」
これ以上、注目を集めたくないエイヴェリーは強引にポポロンの店の中に入る。アシュリン他、数人が手伝いに申し出たので、エイヴェリーはさほど不自然なこともなく片付けに参加出来た。
店の一階は厨房と品出し用のショーケースがある。そして二階はポポロンの居住スペースだが、そちらも荒らされているようだ。
「最低だよ、あの連中。女の子の部屋をめちゃくちゃにしやがって――」
「こんなのただの嫌がらせじゃないか。いくら帝国の出だからってさあ――」
二階から女性陣の非難の声が聞こえる。女の子の部屋なので、男性陣は下の片付けを担当している。エイヴェリーも当然一階担当だ。
「あんな風に乱暴な兵士をはじめて見たけど、この辺りでは多いことなのかい?」
床に落ちた食材を拾いながら、周りの男たちにエイヴェリーは訊ねる。
「まさか、こんなこと初めてですよ。兵士なんて、見たこともない」
「警邏隊ならありますよ。うちの兄も所属していますから。しかし、あんな乱暴なことはありません」
「はあ、みっともない。建国二百年で外国からの客も多いのに、いいお笑いぐさだよ」
「そういや、外国人って言えばさあ――」
男たちは好き勝手なことを喋り始める。その中に「人さらい」「奴隷狩り」という不穏な言葉が混じり始めた。
「失礼、人さらいとは――」
その時、エイヴェリーの声に被さるように上から声が聞こえてきた。
「こら、男ども! さぼってんじゃないよっ」
二階を片付けていた女性たちが、階段の辺りにいた。ポポロンとアシュリンもいる。
声の主は白髪混じりの金髪の老女である。
「お、ばあさん、早いね。二階は片づいたのかい」
「あとはポポロンちゃんが自分でするってさ。ったく、兵士ども、許せないよ。女の部屋をこんな風にするなんてさ」
どんな風にしたのかは男たちは教えてもらえなかったから、想像するしかない。
全員で一階を片づけて、それが終わるとポポロンがみんなにお茶を出してくれた。
「ポポロンちゃん、悪いよ。こんなことしなくてもいいんだよ」
「いいんです。今日はもう店は出せないから、惣菜も皆さんで食べてください」
そう言ってポポロンは、両隣の店や近所の人たちにコロッケやら天ぷら等を配り始めた。
隣の服屋の店主も、帝国製の薔薇の砂糖菓子を配り始めた。(アシュリンの実家、ロベルタ商会から購入しているらしい)
愛らしい包み紙に入った薔薇の砂糖菓子は一粒でも高級品だが、店主は店に来たお客に気前よく配っているそうだ。
「うちは女性客が多いですからね。こういうのをしょっちゅうプレゼントしてるんですよ。まあ、それで疑われたみたいなんですけどねえ……」
「あの兵隊は?」
「はあ、何でも内に来たお客様で行方不明の方がいらっしゃるとか……」
「ああ、うちにもちょっと寄った子よ。オレンジの髪の女の子」
エイヴェリーと服屋の店主の会話に、花屋の女性も加わった。近くで聞いていたポポロンも頷いている。
数日前、オレンジ色の髪の少女が友人らと共にこの辺りにやって来て、花屋に入ったらしい。
「花のコサージュが欲しいっていうから、生花より造花がいいんじゃないかって言ってあげたの」
花屋の女性は、ポポロンの総菜屋の隣の服屋を紹介した。
「その時、うちの店のショーケースを少し覗いていかれたんです」
ポポロンがその時の様子を説明する。
服屋に入る前に惣菜が気になった少女たちだったが、後で買いに来るといって服屋に入った。
「うちじゃ、色々雑貨を買ってくれましたよ。かなり長い時間いたかもしれませんね。ただお客は他にもいたから、あんまり見てなかったんですよ」
少女たちの相手をしていたのは別の店員だったので、服屋はあまり覚えていないらしい。
買い物を済ませた時にはすでに夕方になっていた。
ポポロンの総菜屋の前には夕食のおかずを求める人たちが並んでいたので、少女たちは惣菜は買わずに立ち去ったのだという。
こういった事情を街の人々が警邏隊に話したのが、昨日のことだ。
「そしたら、いきなりあの兵隊だよ。全く頭のおかしい連中さ」
ポポロンの部屋を片づけた老女が吐き捨てるように言う。
「つまり、少女たちが行方不明になっているということだね」
「でもオレンジの髪の女の子のことしか聞かれませんでしたよ?」
ポポロンが首を傾げる。
「消えたのはオレンジの髪の子だけだったのかもね。だけど、なんでこの辺りの店ばかり乱暴に調べられたんだろう?」
近隣の人々の話を聞く限り他の店にも立ち寄ったようだし、なぜ三店舗が狙われたのかが分からない。
「はあ、それは多分、私が帝国で仕立屋の修行していたせいですかねえ。店も帝国製を売りにしていましたし……」
「帝国が関係あるのかい?」
「ええっと、ですね、その……」
服屋は言い淀んでいると、横からアシュリンが口を挟んできた。
「帝国の人狩りよ。知らないの?」
――帝国の人狩り。
変わった色の髪や目を持つラナンシ島の人間を帝国の人間が拐かす、と言われている。エイヴェリーは幼い頃、ノリスから聞いた。夜遅くまで遊んでいる子どもを脅かすための方便であり、あくまで噂話の域を出ない。
「最近じゃ、本気で信じてる人がいるわ。だから、帝国から来た人や、帝国相手の商売をしていると色々言われるのよ」
アシュリンの言葉を聞いているうちにエイヴェリーは、公園であった青年を思い出していた。ラナンシ島の人間を小馬鹿にするような態度をとっていた彼も嫌な思いをしているのかもしれない。
「でも、花屋と総菜屋は?」
エイヴェリーの疑問に花屋のピンク髪の女性が答える。
「うちは祖父母が帝国から来たんです。だからって何か言われたことは直接にはないんですけど――」
花屋はポポロンの方を見る。
「ポポロンちゃんが変な言いがかりをつけられているのは知ってます」
「私、帝国のことは知らないんです……。ええっと小さい島から来たんで……」
どうやらポポロンは帝国支配下の群島出身という「設定」になっているらしい。
「女一人だと馬鹿な男が寄ってくるからね。帝国がどうのってのは口実だね」
老女が言う。
「最初は口実でもね。何か起これば、よそ者として排除されるのよ」
アシュリンが力を込めて言うと、周囲のざわめく。
ついさっきまで兵士の横暴への怒りから団結していた人たちの調和が、少しずつ解体されていくような気配をエイヴェリーは感じた。




