15 破壊される店
若干の暴力描写があります。
『エイヴェリー、いいの?』
ルゥルゥが心配そうにエイヴェリーに問いかける。さっき起こした騒動のことだ。
(うーん、ちょっとやり過ぎたかなあ。まあ、彼は妖精を信じてないみたいだから、自分が見たものを自分で否定すると思うよ?)
一応、公園の辺りにエイヴェリーに関心を払っている人間はいなかった。
(そろそろ隠れておくれ。ポポロンに気がつかれちゃうからね)
『えー、いやー』
『あそびたーい』
『ギギ』
エイヴェリーのまわりで妖精たちが文句を言う。
ポポロンの選択に影響を与えないためにもエイヴェリーは自分の正体を明かしたくはないのだが、妖精に説明しても分かってはもらえない。
(ごめんよ。今日はコロッケとガーリックトーストを買ってあげるから、後で食べようね)
妖精たちはブツブツ言いながらも、影に入った。
もしかしたら『彩りピンチョス』も完成しているかもしれない。
特定の商品を出すと攻略キャラが出現する。『彩りピンチョス』で現れるのはネヴェズ家の嫡男ディアミドだ。
ディアミドとネヴェズ家については、すでに父オーウェンから情報を貰っていた。例の木馬妖精のことはさすがに分からなかったようだが、ディアミドの政治的な立場はなんとなく把握できた。
ディアミドは六歳年上ながら王子ネイルの勉強仲間として子どもの頃から宮廷に出入りしている。次期ネヴェズ家当主ではあるが、現在は女王のお気に入りの側近である。
どんな仕事をしているのかは分からない。華やかな容姿で女王の周りに彩りを添える役割を果たしている――つまり何もしていない、というのがもっぱらの評価だ。
もっともオーウェンはそれは表向きの姿だと考えている。
「パレードの時に彼はネヴェズ家の馬車にもいなかったし、女王のそばにもいなかった」
オーウェンはディアミドの居場所を尋ねた。他意はない。息子のリーアムを紹介したかったのだ。
ネヴェズ家の当主であるディアミドの父親は「あれは気まぐれで……」とはぐらかしたのだと言う。
「実際、ネヴェズでも詳細は把握してないのかもしれない。ディアミド君は女王子飼いの部下として動いているみたいだからね」
子飼い……微妙な言い方だ。側近としての公式な活動ではなく、女王の私的なことに使われている――というのがオーウェンの見解だ。
ネヴェズも子どもを女王に奪われている。にもかかわらず女王との関係は表も裏も良好だ。二十年、引きこもり生活をしていたエイヴェリーにはその辺りのことがサッパリ分からない。
エイヴェリーはポポロンの店が見える場所まで来たが、特徴的な黄色い壁は見えない。人だかりが出来ているのだ。
遠目ではっきりしないが、なんだか不穏な気配を感じる。買い物客でごった返しているというわけでもなさそうだ。
好奇心を満たそうとする野次馬Aという体を装いながら、ふらりと近づく。
「だから、そんなわけないって言ってるでしょっ」
力強い抗議の声。女性のものだが、ポポロンではない。
エイヴェリーは人並みを縫うように前に出る。
赤髪の少女アシュリンが制服を来た男たちと睨み合っている。市街では余り見ない制服である。警邏に似ているが装備が物々しい。
「おい、なんで兵士が来てるんだよ……」
そばにいた男の戸惑い気味に呟きで、エイヴェリーはそれが兵士の集団だと言うことに気がつく。女王のパレードで見るような近衛兵ではない。いざとなれば戦場に赴くことにもなる、平民で構成された兵士たちだ。
兵士が昼日中にごく普通の店の前で少女と睨み合っている。
戦争もなく犯罪も少ないこの国ではついぞ見られない光景だ。
アシュリンの後ろにはポポロンがいる。何か言っているようだが聞こえない。
兵士たちと睨み合っているのは彼女らだけではない。
「私たちは何もしていません」
「そうですよ。旦那様方、あの……」
最初の声はふわりとしたピンク色の髪を後ろに束ねた若い女性。ポポロンの店の隣の花屋だ。
口ごもりながら抗議しているのは頭部が少し薄くなった初老の男性。反対隣の服屋の店主のようだ。
ゲームでは近くにどんな店があるのか分からなかった。
(食べ物屋の隣が花屋なのはともかく服屋って大丈夫かな)
などとエイヴェリーが考えているうちに事態は動いていく。
「あ、あの……捜査をしてください。でもお店の物を壊したり持っていったりしないでください」
アシュリンの後ろから出てきたポポロンが声をあげる。
「荒らさないでよっ、花は繊細なんだからね」
花屋の女性がきつめの口調で言う。
「そうですよ。うちは帝国から持ってきた貴重品ばかりで――」
「やかましいっ! お前らの指図など受けぬわ」
服屋が話し終わらない内に隊長らしき兵士が怒鳴る。それを合図に兵士たちがドヤドヤと三つの店舗の中に入っていった。何かが倒れる音、壊れる音。あきらかに破壊行為が行われている。
「ちょっと、何やってんのよ」
指揮をとっている隊長に食ってかかるアシュリン。いや、国家権力に逆らうとかいくらなんでも強気すぎるだろう、とエイヴェリーはあきれた。
「だまれっ! 大体お前はなんだ、この女の仲間か?!」
「仲間って何よ! ただの客よ。こんないい店をよくも滅茶苦茶にしてくれたわね」
アシュリンの勢いに続くように、花屋と服屋、そしてポポロンも抗議の声を上げる。
「花を乱暴に扱わないでくださいっ」
「店には針やらハサミやら、出したまんまなんですよぉ」
「あの、お店に入っていいですか」
他にも数人の人々が隊長に詰め寄っている。
「なあ、次は俺の店かい?」
「なんにも悪いこたあ、してねえのによ。あんたら、ひでえことするんだねえ。お役人さん」
「だまれっだまれえっ! 邪魔だてするなら貴様ら全員、しょっぴくぞ」
兵士たちは抗議する人々を捕らえ始めた。ポポロンやアシュリンも、屈強な兵士たちに腕を捕まれている。
ポポロンの妖精たちがバチバチと光を放っているのがエイヴェリーには見える。何かをやらかそうとしているのだ。
「失礼。一体何の騒ぎかな?」
気がつくとエイヴェリーは群衆から抜け出ていた。
隊長らしき男はキッとエイヴェリーを睨みつけたが、身なりや口調からそれなりの家の出だと思ったのだろう、へりくだるような笑みを浮かべた。権威に弱いタイプのようだ。
「いや、何、急ぎの調査がありましてね。これは正式な手続きに則ったものなんですよ。女王陛下の許可も頂いておりますよ」
隊長は『女王』の部分を一際大きな声で言った。群衆に動揺が広がる。
「ほう、そうなのかい。我らが女王陛下はあわれな商売人たちの店に乱入し、彼らの生命線とも言える商売道具を破壊せよ――そう命じられたのだね」
「いえっ、そうではなく……。我々は人を捜しておりまして――、時間がないのです」
その時、ガチャンと言う音が花屋から聞こえた。兵士に取り押さえられているピンク髪の女性が泣き崩れると、群衆の怒気が膨らむ。
「それは民を乱暴に扱えば解決する問題なのかい? 本当にこれが女王陛下の意思に基づいたものだと?」
エイヴェリーは隊長をジッと見つめる。
後ろの人々が発する不穏な空気を感じたことも関係があるのだろう、隊長を初めとする兵士たちは怯んでいるようだ。
彼らはやっと自分たちの行状が女王の評判にも響くことに気がついたのだ。
「隊長――」
兵士の一人が隊長に何事か耳打ちすると、隊長は厳しい顔のまま頷く。
「今日の捜査はこれで終了だ。何かあればまた来る。いいか、おかしな行動をする者がいたならすぐに届け出よ」
隊長は声を張り上げて群衆を睨めつける。
「はっ、おかしな事してんのはてめぇらの方じゃねえかっ」
誰かの声が聞こえたが、兵士たちはそれを無視するかのように立ち去っていった。




