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13 奇妙な人生

 リーアムの件はその日のうちに解決した。パーソロン家の晩餐で彼自身が今日の出来事を話したのだ。


 田舎から来たリーアムは、従者と共に王都キーアンの主要な場所を巡っている。今日はエリン通りを散策し、偶然にもエイヴェリーに遭遇した。

 赤の他人である。しかし、あまりにも自分の知る人物に似過ぎていた。


「びっくりしました。母上によく似た人が歩いていたんです。ああ、男性です。僕と同じくらいの年齢でしょうか。よく見ると歩き方は父上に似ているようにも思えました。もしかしたらパーソロンの縁者でしょうか」  


 オーウェンは、「パーソロンの者かもしれんな」とだけ答えたと言う。




「ねえ、私と母上はそんなに似ているかい?」


 晩餐での一連の出来事を伝えてくれたノリスに、エイヴェリーは訊ねた。


「はい、坊ちゃまと奥方様は、髪や目の色は違いますが、目鼻立ちは瓜二つでございますよ。体つきは似ておられませんが」


 エイヴェリーは鏡の中の自分を見た。

 身長は170の後半。ゲームの設定と同じだ。肩幅は広い。胸と臀部を潰すことで男性のような体型を作っている。

 男性の動きを身につけるために、父であるオーウェンを所作や歩幅を真似ている。似ているのは当然だろう。


(しかし、父上たちはリーアムに何も話さないつもりだろうか)


 いずれエイヴェリーは田舎へ行き、短い生涯を終える。

 本来エイヴェリーのいるはずの場所にはリーアムが陣取り、パーソロン夫妻は実子を見捨てた冷血漢となる。

 生真面目な青年だと言うリーアムは、この展開を受け入れられるのだろうか。


 真実を伝えぬままリーアムを当主に据えるのは不誠実に思える。

 何よりエイヴェリーは優しい両親が養子に誤解されたままでいるのが嫌だった。


 ではどこまで真相を伝えればよいだろうか?

 女王が妖精を使い幼子の命を奪ったと分かっても、リーアムは何事もないかのように女王に仕えることが出来るだろうか? 

 いや、そもそもそんな話を信じてもらうほうが難しいかもしれない。


 今は言うべきではないかもしれないが、何らかの形で真相を知らせるべきだろう。しかし、それはエイヴェリーの仕事ではない。


(私はもうすぐ死ぬ身、消えて無くなる人間だ)


 田舎に一旦こもり、新しい身分を買う。そのまま地方に住むもよし、帝国に行ってもよいと言われている。

 女王の目から隠れることなく、身分を捨てて自由になるのだ。

 両親やノリスとの別れは悲しいが、自由を手に入れることは長年の夢であった。新しい名前と人生を手に入れることを、エイヴェリーは心から喜んでいたのだ。


 だがパレードでパーソロンの馬車を眺めていた時、エイヴェリーの心に名状しがたい感情が湧き上がってきた。

 あそこに自分がいない、自分の居場所がないことに対する強い寂寥感。

 エイヴェリーという存在の憐れさに、エイヴェリー自身がひどい衝撃を受けていた。


(ああ、母上が泣くのも分かるな。可哀想なエイヴェリー)


 しばしの感傷に浸ったあと、エイヴェリーは自分のやるべきことに取り組んだ。


「今日は好きなだけ夜の街で遊んでいいよ」

『やったー』

『おそと』


 エイヴェリーが言うと、妖精たちはパッと外に飛び出した。


(いいかい? 出来るだけ遠くに行く練習をしよう。ただし、黒いもやには気をつけるんだ。それと王宮とポポロンの店の近くには行かないようにね)


『はーい』

『はーい』


 言われたとおり、妖精たちはどんどん遠くへ行く。

エイヴェリーは意識を集中させる。妖精たちがどこまでエイヴェリーから離れて活動出来るのか試しているのだ。


 人形型の妖精ルゥルゥは海に飛び出し、妖精結界のギリギリまで近づいた。


 夜の海は黒く穏やかだった。僅かに風があるのだろう、さざ波が月明かりを浴びて鈍く光っている。船もなく、魚も見えない、陸から遥かに離れた沖である。

そこに唐突に現れる(しゃ)の壁のようなものが妖精結界である。

 人間はこの結界を越えることは出来ない。無視して進んでも、ラナンシの者なら島に、帝国側から来た者なら帝国側に、いつの間にか進路が変わってしまうのだ。あくまで人間と船だけに効果があるもので鳥や魚は自由に行き来している。

 では妖精はどうだろうか。


(結界の向こうに行ってみようか? いや、何があるか分からない……)


 エイヴェリーが逡巡し、妖精たちから意識を離した瞬間、ルゥルゥはぱっと結界を越えてしまった。


(ルゥルゥ?!)


 結界の外に出た人形型の妖精ルゥルゥは一瞬で形を失い、黄色い塊になった。


『……ーい、おそと、……』

(ルゥルゥ、聞こえるかい? 返事をするんだ)

『……、エイヴェ……』

(ルゥルゥ?!)


 ルゥルゥの意識が薄まり消えていくのをエイヴェリーは確かに感じた。このままではルゥルゥは形のない妖精となって、空間に漂う存在になってしまう。


 エイヴェリーは意識を集中させ、妖精結界の外で黄色い光と化したルゥルゥを抱きしめた。

 エイヴェリーは自分が結界の外に飛び出したことに気が付いた。

 それが意識だけなのか、体ごとなのか分からない。しかし、確かにエイヴェリーはルゥルゥを捕まえたのだ。


(そっちにいっちゃ、ダメだ。さあ、結界の中に戻ろう)


 結界の中に入ると、ルゥルゥはたちまち元の姿を取り戻した。


『あれえ? エイヴェリー??』


 ルゥルゥは何が起きたのか理解出来ないようでポカンとしている。


(さあ、帰ろう)


 エイヴェリーがルゥルゥに話しかけると、急激に辺りの景色が変わる。


 気が付くとパーソロンの離れにいた。

 椅子に座っていたはずだが、いつの間にか床にへたり込んでいたようだ。ルゥルゥ以外の妖精も気遣わしげにエイヴェリーの周りに集まっている。


「坊ちゃま、坊ちゃま」


 周りにいるのは妖精ばかりではない。ノリスがエイヴェリーの肩を懸命に揺すっている。意識が飛び、抜け殻のようになったエイヴェリーに驚いたのだろう。

 だが、ノリスの衝撃はそれだけではないようだ。


「坊ちゃま、お姿が。本来のものに――」

「?!」


 エイヴェリーは自分の手が光をまとっているのに気づいた。手だけではない、全身だ。

 エイヴェリーは自身の姿を確認しようと鏡の前に飛んだ。文字どおり飛んだのだ。


 そこには青い髪に薄紫の瞳のエイヴェリーがいた。緩やかなウェーブを描いた髪は風もないのに揺れ、紫の瞳孔は生き物のように忙しなく動く。そして、全身からこぼれ落ちる妖精の金粉。


『エイヴェリー、ようせい』

『エイヴェリー、なかま』


 嬉しげに飛びかう妖精の声を、エイヴェリーは呆然と聞いていた。

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