11 ディアミド
「ねえ、何を抱えているんだい」
頭の上からディアミドの声が聞こえる。気のせいか、やや圧をかけているように感じた。
エイヴェリーがディアミドの言葉を理解するのに数秒の間が必要だった。
エイヴェリーは抱きしめていたティンクを開放し胸元でクロスしていた腕をほどいた。
「もしかして心臓が弱いのかい?」
エイヴェリーが何も抱えていないことを確認したディアミドが再び訊ねる。
「あんなに沢山の人の中に入ったのは初めてだから気分が悪くなったんだ」
「立てるかい?」
「ああ、多分……」
エイヴェリーは立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。ふらつくエイヴェリーの腕をディアミドが支える。
なんとか立ち上がって、息を整えたエイヴェリーは顔を上げ、あらためてディアミドを見る。自分を見つめるアイスブルーの瞳が冷たい光を帯びているのに、エイヴェリーは気が付いた。
「親切にしてくれてありがとう」
好意や親切で自分に話しかけてきたわけではないことにエイヴェリーは気が付いたが、素知らぬふりをする。
「いやあ、何。パレードを見る君の顔があんまり怖かったからさ、ちょっと気になったんだよ」
ディアミドはおどけるような軽い口調で話す。つまりパレード中に不審者を見つけて後を付けてきたということだ。
女王に集中しすぎて誰かが自分を観察してることにエイヴェリーは気が付かなかった。
「生まれてはじめて女王様の姿を見たんだ。近くで見ようと思って前に出たら、後ろも前も人がいっぱいになって身動きがとれなくてね――」
自分のうかつさを呪いながら、エイヴェリーは先ほどの状況を説明する。嘘ではない。実際にエイヴェリーが人々の熱狂というものを体感したのは、今日がはじめてなのだ。
「だんだん気分が悪くなっていって、とにかく人のいないところに行きたかったんだよ」
「君は体が弱いのかい」
「うーん、どうかな。人混みの中だと気分が悪くなるね」
お前こそ何でこんなところにいるんだよ、とツッコミたい気持ちのエイヴェリーだったが、正体が分からない前提で話しているので聞くわけにもいかない。
それよりどうにかしてディアミドから離れなくてはならない。
エイヴェリーは「すまない、ちょっと呼吸を整えせてほしい」といいながら目をつむった。
『エイヴェリー、あそこ、へんなこ、いるよ』
人形型の妖精ルゥルゥがそういうと、ディアミドの後ろに回り、何かを引っ張りだそうとしている。
エイヴェリーは俯いているが、妖精の目を通してディアミドのまわりを見ることができた。彼の肩のあたりには小さな馬、いや、おもちゃの木馬の姿の妖精がいた。
形のある妖精である。ルゥルゥがディアミドの肩のあたりに隠れようとしている木馬の鼻面を引っ張ってウンウンなっている。
(嫌がってるみたいだから、無茶はダメだよ)
エイヴェリーは顔を上げ、ディアミドの背後で格闘する妖精たちを見ていた。
「もしかして妖精?」
「え!」
ディアミドの突然の問いにエイヴェリーは言葉を失う。
「え、妖精って、いや、その……」
ディアミドも妖精が見えているのか、ならば彼も女? いや、ゲームでは攻略対象者だ。
動揺し訳の分からないことをモゴモゴと口にする不審者の姿を見つめるディアミドの瞳が、若干柔らかくなったようにエイヴェリーは感じた。
「分かるよ、僕もそうだったからね。小さな頃はいつもそばに妖精がいるつもりで遊んでた」
女王を狙う不審者から、いい大人になっても妖精が見えるそぶりが抜けない可哀想な奴に認定されたようだ。
「小さい頃の話だろ? 私だって、あの……、普段はそんなことしないんだよ。さっきは――」
エイヴェリーの言い訳が終わらないうちに、ディアミドの生暖かい視線が厳しくなった。急に目の前のエイヴェリーから関心がなくなったかのように、意識を違う所に向けているようだ。
「失礼、僕はパレードに戻るよ」
「え? ちょっ――」
踵を返したディアミドはエイヴェリーを完全に無視して、路地裏から去っていった。
エイヴェリーはその場に立ちすくんだまま動かない
(みんな、もういいよ。ありがとう)
エイヴェリーの意識は路地裏から表通りのパレードまで飛んでいた。
パレードの馬車の一台が動かず、後続が完全に止まっている。馬車の後輪が動かないのだ。もしも「見える」者がいたなら、後輪を必死に抑えている毛玉やら星やら、よく分からない者たちの姿を捉えることが出来ただろう。
彼らはエイヴェリーの(もういいよ)の声と共に馬車から離れた。急に動き出した馬車に驚いた人々は小さな悲鳴を上げる。
御者やら近衛兵やら制服を着た人々が集まり、周りもガヤガヤと落ち着かない。エイヴェリーは妖精たちを集めて撤収することにした。
『にんげん、パレードみてる。エイヴェリー、みてないよ』
ルゥルゥの報告を聞いたエイヴェリーは、安心してその場を離れることにした。
(みんな、私を見ている人間がいたら教えるんだよ)
エイヴェリーは妖精たちに辺りを監視させることにした。
これまで女王に存在を知られること、女だとばれることを恐れていたエイヴェリーだったが、それ以外の理由で他人から目を付けられるとは思いもよらなかった。
秘密の通路から無事にパーソロン邸の離れに辿り着いたエイヴェリーは、自分の部屋のベッドに辿り着くとバタリと倒れた。
陽はまだ高いがとにかく疲れていた。もう一歩も動きたくない。
なんだか初晴みたいだと、エイヴェリーは思った。初晴も仕事で疲れるとこんな状態だった。
(ビールが飲みたいなあ……。ノリスにこっそり持ってきてもらおう……いや、だめだ。本邸の人間に不審がられるかもしれない……せめてコーヒーが飲みたい……いや、違う、こんなこと考えてる場合じゃない)
パレードで起きたことのせいでエイヴェリーを恐慌状態に陥り、未だに回復していないのだ。
妖精の見えない女王、妖精を喰らう黒いもや、ネヴェズ家のディアミド――。
幸いにもエイヴェリーに対するディアミドの疑いは解けたようで、妖精たちの報告に見張りのような人間はいなかった。
『あら、きれいなぼうや、だって』
『うふふ、おかねもちじゃないの、あれ、っていってる』
ある種のお姉様方からカモだと思われていたことが、分かったくらいだ。
(父上たちに報告しなくちゃいけないけど……)
今頃、パーソロン一家は女王と共に観劇中である。その後は晩餐で、終われば細細とした社交が続くだろう。今日は無理だ。
リーアムの目もある。離れに集合して話し合いはもう出来ないかもしれない。
そんなことをつらつらと考えているうちにエイヴェリーの意識は闇の中に落ちていった。




