102 想定外の展開
襲撃後、女王は寝たり起きたりの生活で政務はネイルを中心に回っていた。
帝国に対しては今回の襲撃事件への厳重抗議、前ネヴェズ公らの強制送還要求、ラナンシ人の不当な扱いへの抗議をした。
もちろん帝国が受け入れるとは思っていない。帝国の横暴に屈しないという国内へのアピールの意味もある。
女王は議会で『ラナンシは独立国であると』強く宣言し、ラナンシの立場を明確にした。
こうしたことは、新聞で逐一伝えられる。
王都ではラナンシの今後について話さない人はいない。警邏や保安隊、あるいは海を守るために巡視船の乗組員を目指す若者も増えたらしい。一方で人の流れは流動化している。
「最近、金持ちやお偉いさんの子どもが帰って来てるみたいだねえ」
「ああ、帝国通りの宝飾店の息子がいつの間にか店に顔出してたよ」
「へえ、だけど息子は帝都に住んでたんだろ?」
「それがさあ、ラナンの家の坊ちゃんみたいにさ、いきなり捕まえられたらお終いだろ」
帝都民となり、それなりの身分を築いていてもラナンシ人であるという理由で拘束される可能性がある。
今、帝国にいるラナンシ人はぞくぞくと島に帰ってきているのだ。
一方で出て行く人もいる。ラナンシで商売をしていた外国人や長期滞在予定だった旅行者、そして帝国に親族の多いラナンシ人たちである。
「前のネヴェズの旦那は帝国のラナンシ人を集めて偉ぶってるそうじゃないか」
「信じられないよ。ラナンシを帝国領にしたいラナンシ人が集まってるんだってね。そう言うのは何って言うんだっけ」
「そりゃあ、おめえ『売国奴』って奴さ」
「そうだ『売国奴』だ。許せねえ」
お菓子屋の店内に『売国奴』と言う単語が響き渡る。
「そんな言葉でレッテルを貼るのは止めて。人はそれぞれ思うところがあるのよ」
アシュリンが客に釘を刺す。
「いやあ、帝都民になれる権利がほしいだけの連中だよ? それだって帝国のお偉いさんの意向で簡単に剥奪できるんだぜ」
客は手に持った新聞を示しながら反論する。
彼らの言っていることは新聞の受け売りだ。
「新聞に書いてあることだけが全てじゃないでしょ? 帝国に親族がいたり、帝国で長く教育を受けていたら、帝国寄りの考えにもなるわ」
「でもよぉ――」
客の一部は口をとがらして何か言おうとしたが、「あんたら買わないなら出て行きな」と他の客に怒鳴られた。彼らはカラフルクッキーを買ってそそくさと出て行った。
「アシュリンちゃん、ゴメンね。あんたも苦しい立場だろうにね」
エリン通りの女性が申し訳なさそうに口にするが、その表情から何かを問いただしたいという欲求が隠しきれていない。
「私はラナンシ人としてこの国にいることに決めたから、迷いもないしせいせいしてるわ」
アシュリンの言葉に安堵したような空気が店内に流れた。
とはいえ親族の多くが帝国にいるアシュリンの立場は苦しいものだろう。
生粋のラナンシ人(かつ精霊)であるエイヴェリーには彼女の苦悩を理解し、支えることができない。
(帝国と争いたいわけじゃない。外国人を憎みたいわけじゃない。国対国の対等な付き合いがしたいだけなんだ)
そのためには新体制で帝国に挑まねばならない。
ラナンシの新年は奇妙な静寂と緊張感に包まれていた。本来なら王都に華やかな音楽や歌が溢れ、大道芸や寸劇に人々は夢中になっている時期のはずだ。
今年も別に歌や踊りが禁止されているわけではない。しかし、街は呼吸をするのも憚られるほどにひっそりとしていた。
貴族たちも同じように息を潜めるように生活していた。
舞踏会など華やいだ催しは軒並み中止となり、派手な観劇も控えられている。
いつもの年なら、着飾った外国人や田舎の土豪や成金たちが王宮前広場に集まり、白い息を吐きながら互いを探り合うように新年の挨拶を交わしているのだが、今年はそんな姿は見られない。
代わりに軍服姿の男たちが厳めしく、あるいは忙しげに王宮周りを闊歩している。
もっとも去年までの王宮の話はオーウェンの受け売りである。引きこもりのエイヴェリーは普段の王宮が分からない。
それは田舎者のリーアムも同様で、彼は華やかな新年の王都を体験したことがない。
「まあ普段と違うのは分かる。田舎の新年だって今の王都より華やかだからな」
アッシュブルーの軍服姿のリーアムは、後ろを歩いているエイヴェリーに声をかける。エイヴェリーは臙脂のアスコットタイに三つ揃いのスーツ、手に持つ袋には虹色のお菓子の詰め合わせを入れた缶が入っている。
「なんだかみんなこっちを見てるね。君が隊長だからかな?」
エイヴェリーは小声でリーアムに話しかけた。
妖精を使っての会話は出来ない。用心のため妖精たちは影に隠してあるし、辺りを浮遊する形のない妖精たちにも話しかけないようにしている。
さっきからリーアムに挨拶がてら、エイヴェリーを観察する輩がやたらと多い。
「もしかして女だってバレてる?」
「それはないだろう」
恋人に秒で否定されるエイヴェリーであった。
「君はやはり目立つな。早く部屋に行こう」
部屋とはパーソロン家に用意された王宮内の居室である。エイヴェリーとリーアムはそこで待機してから、女王との私的なお茶会に臨む。
メンバーはディアミド、リーアムそしてエイヴェリー。
オーウェンらがいないのは女王を刺激し過ぎないためである。
女官の案内でお茶会の部屋に向かうエイヴェリーは、今日の段取りを頭の中でおさらいしていた。
まずはリーアムが、エイヴェリーを『虹色』の経営者のエイヴとして女王に紹介する。
用意したお菓子はすでに女官に渡してある。毒味の後、給仕が持ってくるはずだ。
ここでディアミドがエイヴにお茶を淹れるように指示し、室内から給仕や女官を下がらせる。しばらくはお茶とお菓子で歓談。
頃合いを見計らってリーアムがエイヴェリーの正体を明かす。
そして――。
「あら、あちらは――」
女官の声でエイヴェリーは我に返った。
すでにお茶会の部屋の手前まで来ていた。ドアの前には二人の衛兵、そして彼らの案内で部屋に入るディアミドの母メアリー。
メアリー?!
素早く反応したのはリーアムだ。案内役の女官の脇を通り、衛兵に声をかける。
「メアリー様は招待されていないはずだ。なぜ入れた」
「そ、そうなのですか? ディアミド様が先に入られていたので――」
途惑う衛兵の声は、室内から聞こえる女性の声にかき消された。
「キーラ、もう騙されないわよ。なぜ、あの子を殺したの?」
こうして彼らの考えていた計画は全て無に帰したのである。




