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101 これから

「ねえ、ラナンシ側の裏切り者はその女官だけだったのかい?」

「まさかっ」


 ディアミドが愉快なイタズラを思い付いたかのように笑った。


「王宮に入る帝国人たちを見逃した衛兵に、女官の手助けをしたメイド、刺客を逃がすために馬車を用意した貴族――」

「みんな脅されていたのかい?」


 裏切り者の多さに、ゾワリと寒気を覚えながらエイヴェリーは訊ねた。


「まあ、取り調べの途中だから何とも言えないけど、色々だね」


 中には自分こそ真の愛国者であると滔々と述べるものもいるらしい。


「帝国の支配を受ける方がラナンシの未来のためなのだそうだ。まあ、帝都の市民権を約束されていたんだろうがね」

「そんなの……卑怯者の言い訳じゃないかっ」


 エイヴェリーは本気で腹立たしかったが、そばで聞いていたアシュリンは冷静だった。


()()()()()()()()()()()()をした上で、自分は帝都での安寧を得る。大義と欲の合わせ技ね。矛盾しないわ」

「…………」

「大義だけじゃ動けないけど、欲得ずくじゃ良心が痛むものよ」

「そうやって人を操るのさ。あの男は」


 ディアミドがふんっと軽く鼻を鳴らした。




「襲撃の顚末はもうよい」


 感情を押し殺したような声でネイルが言った。


「大事なのはこれからだ。これからどうするかだ」


 ()()については、この場にいる一同で意見は一致している。

 女王の退位と妖精結界の引き継ぎを要求する。そしてネイルが王となり、ポポロンが王妃となる。


 問題はどんな流れでそれをするのかだ。


「極めて問題の多い王で、臣民の心が離れていりなら堂々と退位をせまることができるが、陛下はそうではない」


 ディアミドの言葉にネイルは静かに頷いた。十五歳の少年はここ数ヶ月でひどく大人びた印象となった。


「表向きは健康上の理由で母上には退位してもらうことになるだう。しかし、いくつかの点については内々にだが糾弾が必要となる」


 己を律して非情に振る舞うネイルの横顔にエイヴェリーは心を痛めた。


「その件につきましては、私とリーアム、そしてエイヴェリーで陛下と会談したいと考えています」

「待て、私はどうなる」


 ディアミドの言葉にネイルは声を荒げた。


「殿下とポポロン嬢には安全な場所で控えていただきます」

「母だぞ、私の」

「今、ラナンシは殿下とポポロン嬢を失うわけにはいかないのです」

「しかしっ」


 母だからだ。

 息子の前で母親の罪を問うなぞ、誰もできない。

 エイヴェリーはネイルを見つめ、不躾な態度ではあるがかまわず口を開いた。


「殿下、私は知りたい。陛下に問いたい。あなたはなぜ私の姉を殺したのかと。そして――」


 エイヴェリーは擬態を解き精霊となった。

 室内の空気が変わる。濃厚な気配に誘われて隣で待機していた妖精たちが、食堂に入ってきた。


『精霊として訴えたい。闇を生むのを止めてほしい。もうこれ以上、妖精と人を闇に喰わせないでほしいと。だけどその場に君にいてほしくない。だってそんなのひどく残酷なことだから……』


 ネイルの表情には分かりやすく驚愕が表れていた。精霊を見るのは初めてではないはずだが、やはり慣れることが出来ないのだろう。


『私はサーシャとオーウェンの間に生まれた人間だが先祖返りの精霊でもあるんだ。殿下、いやネイル王子、私は精霊としてラナンシの妖精を守らねばならぬ。女王を止めるのは精霊である私の使命だと思っている。それから君たちも守りたいと思っている』

「君……たち……?」


 途惑いながら問うネイルの顔は年齢相当の少年に戻っていた。


「君と君の母上だよ。私たち妖精の友人だからね」

「し、しかし母上は――」


 女王のことを考えるとエイヴェリーはチリチリと痛みを覚える。


「私たちはね、君と君の母上が大好きなんだ。君の母上が人として非道なことをして、妖精を闇に喰わせてもなお、好きでいることを止められないんだ」

「…………」


 ネイルの顔は歪み、今にも泣き出しそうに見えた。小刻みに震える手を隣のポポロンが優しく包み込む。


「でも君の母上は苦しむだろうね。私は君に母上の苦しむ姿を見てほしくないし、母上だって息子にそんな姿を見せたくないんじゃないかな」

「殿下。陛下が落ちつかれたら親子で話す時間を持つことも出来ると思いますよ」


 ディアミドの声は優しかったが、ネイルは身を震わせ俯いてしまった。


「それでよいのか……私の母がそなたらの姉を……」

『君がしたことではないよ』


 エイヴェリーの言葉に呼応するように、妖精たちがネイルの側にやってきた。


『ネイル、なかない』

『ネイル様! 我々妖精は貴方様の味方ですぞ』

『じょおう、やさしい。たぶん』

『ぎぎぎ、ぎっ』


 妖精たちがネイルをふんわりと包み込む。

 彼の周りにはエイヴェリーとポポロンの妖精のほかにも形のない妖精たちが次々と集まってきていた。

 光の中でネイルが涙を流しながらも笑顔を取り戻すと、妖精たちの歓喜で部屋の輝きはいや増した。

 妖精に愛された少年――これが本来のネイルの姿なのだ。




 変装したネイルとディアミドが帰り、リーアムがノリスを伴いパーソロン邸に向かう。

 ポポロンとアシュリンは迎えに来る予定の馬車を待っている。


「アシュリン、疲れたのかい」


 ネイルらを見送った後のアシュリンはなんだか青白い顔をしていた。


「……私ね、それなりに帝国を信頼してたの」


 アシュリンは片付け終わった食堂のテーブルに肘をつき、俯いている。


「あんたたちには悪いけど、ラナンシが帝国領になるのも悪くないって思ってたのよ」

「…………」

「帝都民は野蛮人ならどんな風に扱ってもいいって思ってるけど、私は腹を立てるどころか彼らと同じことを考えてたの。馬鹿見たいね。ラナンシ人なのに帝国人気取りだったわ」


 確かにアシュリンはラナンシの危機を外側から眺めているように見えた。いざとなれば帝国の親族の元に身を寄せるつもりなのだ。


「だけど帝国は外国人を適当な名目で拘束してしまうような国なのよ。私の家族も同じように扱われるでしょうね」


 ラナンシの貴族の若者が粗雑に扱われているのだ。商家のアシュリンの一族もどうなるのか分からない。


「冗談じゃないわ。舐められたまま終わらないわよ」


 顔を上げたアシュリンの目がギラリと輝いた。

 彼女の周りを飛んでいる炎妖精アイの体の炎が、アシュリンの感情に連動するかのように大きくなった。

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