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100 襲撃の顚末2

 ラナンシ側が得られている帝国の情報は多くはないが、誰でも入手出来る情報だけでも帝国が端から揺らいでいるのが分かる。


「北のレネにも離反も動きがあるらしいし、南の反乱も制圧できていない。更に西は群島の動きが怪しい――。帝国は大きくなりすぎたんだろうな」

「あら、版図の増減は帝国にとっては日常茶飯事よ。そんなことで揺らぐような帝国じゃないはずよ――」


 そこまで言ってアシュリンは口ごもる。その表情は更に険しくなっていく。


「端だけじゃない。帝国の中枢で何かが起こっているんだ」

「皇帝の求心力が低下しているのは確実だ」


 リーアムとディアミドの言葉に、アシュリンはひたすら難しい顔をしている。


「……今の皇帝は帝国を安定させて、かつての勢力圏を取り戻したの。英雄ね。誰も逆らう者なんかいなかったわ」


 過去形だ。


「今は違うのかい?」


 エイヴェリーが問うと、アシュリンは考えをまとめながらゆっくりと話す。


「今も神様みたいに崇められてる……はずよ。でもね、少し陰りが見えてきたみたい。植民地にした南を管理しきれてないせいだって、お姉様が言ってらしたわ」

「ああ、反乱で兵を送らなきゃいけないってこと?」

「違うわ。前も言ったでしょ。兵なんて僻地から徴発するから、帝都の人間は痛くもかゆくもないの。問題になってるのはチョコレートよ」

「チョコレート?」

「そう、カカオ豆。それにコーヒー豆。それから胡椒や唐辛子とかね」


 アシュリンによると南から送られてくるこれらの品々は、嗜好品というより帝都民にとってなくてはならない必需品なのだという。


「安い労働力で安価に手に入れてきたカカオやコーヒー豆が、反乱や盗難のせいで手に入らなくなってるのよ」

「僻地の民がどれほど死のうが構わないが、自分らがチョコレートを喰えなくなるのはガマン出来ないというわけだね」


 ディアミドは皮肉げに言う。しかしコーヒーが飲めないことを嘆いているエイヴェリーには帝都民を批判することは出来ない。


(私も帝都の人と同じだ。チョコレートや砂糖が安く手に入るのを単純に喜んでいたんだ)


 自分たちで作る砂糖を自分たちで口にすることが出来ない群島の人々の話を、エイヴェリーは思い出していた。


 だが話はエイヴェリーの内心を無視して進んでいく。


「北のレネのあたりも辺りも盗賊が暴れているらしいし、群島の海賊も帝国は取り締まることが出来ていない」

「え? いや、海賊は……」


 ショーンが抑えているはずじゃないのか……。

 エイヴェリーの言いたいことに気づいたディアミドはニヤリと笑う。


()()()()群島から帝国行きの便が定期的に襲われるのさ。おかげで群島の砂糖や海産物、珊瑚に真珠が手に入らなくて、帝都も困っているらしい」


 つまり海賊行為に見せかけたレジスタンスである。

 これもショーンの指示によるものだろうか?


「北も南も西もボロボロだからね。皇帝のご威光にもさすがに陰りが生まれてきているみたいだねえ」


 愉快極まりないと言った風にディアミドは笑顔を絶やさない。

 一方のアシュリンは怒りを含んだ表情のままだが、彼女が何に腹を立てているのかエイヴェリーには分からなかった。


「力で抑えるのは限界だわ。帝国は一部の土地を放棄するしかないわね。それと自治を認めて、労働に対して正当な対価を払う」

「なぜ皇帝はそれをしないのだ。ロベルタの令嬢よ、帝都を知るそなたは分かるのか?」


 ネイルがアシュリンに問う。


「帝都には世界中の珍奇な品々が集まってきます。それらを湯水のように扱うのが帝都民の特権、いえ、当たり前の権利です。今さらそれらを失うのは耐えられないのだと思います」


 アシュリンの姉たちの手紙によると次第に乏しくなる物資に帝都の民は不満を募らせているようだ。


「誰も植民地や僻地の民と交渉しようとは言いません。ただ叩き潰せ、帝国の力を示せと威勢のいいことばかり喚いているようです」

「皇帝の周りもか?」

「はい。帝国議会でも反乱軍を叩け、もっと兵を集めよという論調ばかりのようです」


 うむ……とだけ呟いてネイルは沈黙した。


「アシュリンの話は我々が掴んでいるものと一致している。帝国は領土拡大路線を突き進むつもりだ。だからラナンシを狙っている」


 我々は羊のように大人しい民らしいからね、とリーアムが真面目くさった顔で言う。

 抵抗激しい他の土地と違ってラナンシの民は従順である。妖精結界さえなければ丸裸になったラナンシ島を抑えることは容易であると帝国は考えているようだ。


「以前はね、当代の陛下が身罷られたらラナンシ島は帝国のモノになるだろうって言われてたの。でも帝国の世論がそんな悠長なことを許さなくなってるんでしょうね」


 女王は50代。最近は寝込むことが多くなったが、すぐに死ぬかは分からない。病がちのまま数十年生きる可能性だってあるのだ。


「それで強硬手段に出たわけか……。あ、それで陛下が人質に取られてからどうなったの?」


 エイヴェリーの問いにディアミドは答えた。


 女王は結界を解くことを拒み、己を殺しても結界は解除されることはないと言う。帝国側にとっては手詰まりな状態だ。そしてラナンシ側も手を出せない。

動いたのは裏切り者の女官だった。


「彼女はあくまで女王を害することはなく妖精結界を解除するつもりだと説明されていたそうだ」


 しかし約束は反故にされ、帝国人の手で女王の首には短剣が突きつけられていた。

 だれもが女王に意識を集中していたために女官の動きに気がつかなかった。

 彼女は短剣を突き付けている刺客の腕を思いっきりひっぱった。堪らず刺客は女官を払いのけた。その隙に近衛が女王を保護し、室内にいた帝国人たちは素早く捕獲された。


「皆、帝国人たちの確保に必死でね。彼女を見ていなかった」


 女官は隠し持っていた短剣で自らの胸をつこうとした。


「私が気付いてなんとか致命傷にはならなかったけどね。陛下の部屋を血で汚してしまったよ」


ディアミドの利き腕はこうして傷ついたのだ。

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