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10 パレード

少々怖い場面があります。

 人間の青年キーアンと妖精ニーヴが結ばれて生まれた国ラナンシ。

 建国からちょうど二百年になる今年は、一年を通して国内では様々なイベントが催される。初晴(はつはる)の記憶が甦る前のエイヴェリーは、女王に発見されることを恐れてひたすら離れの二階に引きこもり、頃合を見計らって田舎に移り住む予定だった。



 今日はキーアンとニーヴの愛と建国の歴史劇を見るため女王は王立劇場に訪れる。

 わざわざ屋根なしの四輪馬車に乗り、道行く人々に笑顔で手をふる優しげな女王。白に近いブロンドは年齢によるものではなく、生まれつきの色だ。


 この女王は十六歳の時、即位と同時に結婚した。誰もが妖精の見える女児の誕生を期待したが、女児も男児も生まれてくることはなかった。

 公務は帝国貴族出身の夫にまかせ、自身は子作りに専念したが、赤子に恵まれることはなかった。何度か妊娠はするものの出産に辿り着けなかったという噂もあったが、詳しいことは分からない。

 しかし四十手前で奇跡的に身籠もった女王は、翌年息子ネイル王子を出産する。



 エイヴェリーは人混みに紛れて馬車を見ていた。


 女王の隣にいるのはネイル王子だ。女王の夫はいない。ネイル王子が一歳の時に突然倒れて帰らぬ人になった。

 柔らかくクセのない金髪に緑の目のネイル王子は、整った顔立ちをしている。エイヴェリーは知らないが、亡き王配殿下にそっくりらしい。二十歳のエイヴェリーから見ると十五歳の少年はどうにも幼く感じるが、あと数年もすればかなりの美男子になるだろう。しかし、ゲームの通りなら彼の性格には若干難がある。


 女王と王子の乗る馬車の後には、上等だがやや地味な屋根付きの馬車が続く。すぐ後ろはネヴェズ家、その次はパーソロン家だ。パーソロンの馬車には当主夫妻と()()()()()()が乗っているはずだ。

 両親たちの乗る馬車は無視して、エイヴェリーは女王の馬車に狙いを定める。


(みんな、少しだけ女王に近付くんだ)


 声を出さず、エイヴェリーは妖精たちに指示を出す。


『じょうおう、いいひと?』

『ごあいさつ、ごあいさつ』


 妖精たちのうきうきとした気持ちが、エイヴェリーの中に入ってくる。

 女王の周りには形の定まらない妖精たちが集まっている。女王が妖精に愛されている証拠だ。


 妖精の(ことわり)と人間の理は違う。幼い少女の命を奪った悪人でも、妖精には愛しい人間になることがある。

 それとも、あるいは――。


 エイヴェリーは長年感じていた疑念を思い出す。


 ――女王は本当に少女たちを害したのか。


 まったく偶然にも妖精の見える少女たちに不運が襲った可能性もあるのではないだろうか?


 ――いや、おかしい。


 家人が急に昏倒し二歳児が窓から落ちる。単なる事故のはずがない。


 エイヴェリーがつらつらと益体もない思考に囚われてうちに、妖精たちは女王に近づく。


『じょうおうさまー、こっち』

『こっち、みてー』

『あーそぼー』


 真っ先に反応したのは形のない妖精たちだ。ルゥルゥたちの周りを嬉しそうに飛びかっている。

 しかし、女王は――。


 彼女は目に見えない妖精を手のひらに乗せているような仕草をする。しかし、そこには妖精はいない。五月蝿く飛びかっているルゥルゥたちには反応しない代わりに、あさっての方向を向いて妖精に挨拶する素振りをしている。

 間違いない、女王には妖精が見えていない。エイヴェリーは確信した。


 その時、女王の体から黒い()()のようなものが立ち上がり、近くの妖精を包み込む。

 そして、もやに混じるように妖精は消えた。


 ――()()()!!


 直感的にエイヴェリーはそう感じた。


(帰ってこいっ! みんな女王から離れろっ)


 心の中でエイヴェリーは叫ぶ。その声を待つまでもなく妖精たちは女王から離れようとしている。またひとつ、形のない妖精が喰われた。


 エイヴェリーの周り妖精たちが集まってきた。


(ああ、良かった。みんな隠れて――)


 星形の妖精ティンクの一部に黒い()()が付いているのに気が付いたエイヴェリーは足元から冷たくなるような感覚を味わっていた。


『だきしめて、エイヴェリー、だきしめて』


 ルゥルゥが必死に訴える。


 言われるまでもなく、エイヴェリーはティンクを抱きしめる。そして、パレードを見守る群衆の中から飛び出した。

 できるだけ女王から、あの黒いもやから離れなくてはならない。


 喰われる。喰われる。喰われる。


 普通の人間には見えない妖精を抱きかかえ、よたよたとおぼつかない足取りで目的もなく彷徨っている青年の姿は、端で見れば不審人物であろう。しかし、女王のパレードに夢中になっている人々はエイヴェリーに見向きもしない。


 どれだけ歩いたか分からない。いつのまにか、エイヴェリーは人気のない路地裏に入りこんでいた。

 壁を背にエイヴェリーは座り込む。抱きしめているティンクの体からは、すでにもやが消えていた。しかしエイヴェリーの体のこわばりはとれない。


 目の前で妖精たちが喰われた。にもかかわらず助けることもせず、ただ逃げただけだった。


(女王だ。やはり、姉上たちを殺したのは女王だ。だけど、なぜ……)


『じょうおう、こわかったね……』

『おともだち、きえちゃった』


 妖精たちも震えている。

 大丈夫だよ、と妖精たちを慰めたかったが、エイヴェリー自身が恐怖に打ちのめされていた。


 女王は未だに妖精たちに愛されている。ならあの黒いもやはなんだ? もやは妖精を喰った。妖精の見えない女王は、自分を慕う妖精の悲しい最期に気が付かない。


(あのもやは前にも見た。ギギについていた黒いもや……、あれは……)


「ねえ、君」


 誰かが座り込むエイヴェリーのそばに立っていた。

俯いているエイヴェリーには足元しか見えない。きれいな靴だ。装飾は少ないがシンプルで上等。労働者ではない。


 エイヴェリーが顔を上げると、一人の青年が自分を見下ろしていた。


「気分が悪いのかい?」


 青年が微笑みながら話しかけてくる。

 プラチナブロンドに毛先の一部にピンクが入った賑やかな髪をしている。瞳はアイスブルー。

 エイヴェリーの心臓が跳ね上がる。

 初晴(はつはる)の記憶が、自分を見つめる青年の正体を教えてくれる。


 ディアミド――攻略対象者の一人だ。


 だがエイヴェリーにとってはもう一つ重要な意味を持った人物だ。


「君、何か抱えているの?」

「え?」


 ディアミドは訊ねるが、エイヴェリーは意味が分からない。それ以上に、ここに彼がいる理由が分からない。


 本来なら王家の後ろの馬車に乗っているはずの人物だ。

 ディアミドはネヴェズ家の嫡男なのだから。

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