姉と弟と妹③
「メリッサ様の事は心配しなくて大丈夫だよ。さっきちょっと話したんだけど、メリッサ様付きの見習い巫女にしてくれるって事で話が付いてるから。メリッサ様が伯爵家に戻る時には一緒に連れて行ってもらえる事になってるんだよね」
にこにこと笑う姉はその姿が昔のままのせいか、何も変わっていないように見えてほっとする。もっとも、すぐ傍にいる兄は聖霊な上に黒猫姿なのでここが前世の世界で無いのがはっきり分かってしまう悲しさがある。自分だって全く違う見た目なので、姉から変な目で見られてもおかしくは無かったのだが、姉は一目で自分を妹だと理解してくれていた。あ、やべって顔をしてそっと後退していっていたので「逃がすか!」と思ってすぐに声をかけて確保したのだ。
「じゃ、私からも言っておこうかな。聖女に仕えてこそ巫女。メリッサに寄り添ってくれていたこの子こそ真の巫女だ、って言って」
「え??ケンカ売ってるの?」
「うふふっふっふー。さぁて、誰が引っかかってくれるかなぁ」
黒猫連れた見習い巫女を真の巫女だと宣言したら、どこの誰がどんないちゃもんを付けて引っかかってくれるのか今から楽しみだ。あの場にいなかった最後の膿まできっちり出しておかなくては。
「聞きまして、ルキさん。あなたの妹は平気で他人を囮に使う血も涙もない方でしてよ!!」
「姉ちゃんの妹でもあるな。ユキにはちゃんと血も涙も通ってるぞー。ちょっと色が違うかもしんないけど」
「青色かなぁ?それとも有り得ないくらい鮮やかな赤かなぁ?ひょっとしたら黄金色かも」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんもひどくない?ちゃんとみんなと一緒の色です。ちょっとお仕事を絡めただけじゃない」
もし今ここに他の誰かがいたら、「3人揃って人と違う血の色してるのでは…」という言葉が聞けたかもしれないが、生憎、今ここにいるのは気心の知れた3姉弟妹だけだ。
「ま、王家ほどじゃないけど、この国の神殿の上層部はちゃんと腐ってるからそっちも合わせて帝国側の神殿に売り払おうと思ってるのよ。だから多少はお掃除しておかないとゴミを押し付けられたとか言われても困るしね」
そうか、ちゃんと腐ってやがるのか、ってゆーか、ユキたちはどこまで話を進めているんだろう。
ロクな王家じゃないっていうのは割とシキのような下っ端にまで聞こえてきている。王家唯一の良心は第一等級の聖女である王妃だけだ、と。そして神殿に属しているシキは、神官達の中にろくでもない人達が混じっているのも知っている。シキが育った孤児院の院長は良い方だったが、孤児院の院長次第であまり待遇の良くない孤児院だってあるのだ。
「帝国の神殿とは同じように聖霊を信仰していても有り様がだいぶ違ってるわ。あっちは神殿をまとめている教皇様が聖女の中から選ばれてるのよ。今の女教皇様は第一等級の聖女よ。私より年上の方だそうだけれど、若い頃から神殿を締め上げ…じゃなくてまとめているそうよ」
別にわざわざ言い直さなくても今の発言で女教皇様がどんな方なのかだいたい想像が付いた。何だろう、第一等級の聖霊ってちょっとぶっ飛んだ思考回路の持ち主が好みなんだろうか。
「…お姉ちゃん、言っておくけど、お姉ちゃんは特級聖女なんだからね??」
長い付き合いだけあって妹は姉が何を考えたのかだいたい察した。自分たちの聖霊よりさらに上の特級の聖霊、それも「翼持つ方」とも契約しているのなら2体の特級聖霊と契約したこの姉の方がおかしいはずだ。自分は違いますよ、なんて顔をしている事に関して断固抗議する。ってゆーか、1体はお兄ちゃんだけども。
「えーっと、あ、じゃ、この国が帝国の支配下に入るとして、ユキの幸せは何??」
突然、姉は妹の幸せについて聞いてきた。
「…え??」
言われたユキの目が点になった。
「ん?だって、ユキだって生きてるし国王はどうでもいいんでしょう?帝国の支配下に入ったらユキの役目だって終わりじゃない。なら、お姉ちゃんは妹の幸せが気になります!!」
「あー、それは俺も気になるわー。だいたいユキが他人のためだけに動くとは思えねぇ。そこには絶対、自分の趣味的な何かが入ってるハズだろ?帝国側かこっち側か、どっちかのお偉いさんにお前の趣味全開の男でもいるのか??」
少女姿の姉と黒猫姿の兄が王妃姿の妹をじっと見つめると、妹はきょとんとした顔から一気に爆笑した。
「あっはっはっはっは。そうだよねぇ、あー、おっかしい!!だぁれも気付いていないはずなんだけど、お姉ちゃんとお兄ちゃんにはバレるよねー」
ひとしきり大笑いして、笑いすぎて痛くなったお腹をさすった。
「ぶっちゃけ帝国側です。帝国の宰相様って、皇帝の叔父にあたる人なんだけど、めっちゃしぶいおじ様なの。しかも、いらんもめ事を避ける為に未だに独身。好みです、ゲームやってる時に一目惚れしました。生彼を見たいです」
「おー、相変わらずのおじ様趣味。今のユキよりも年上なの?」
「もちろん。今の私よりも10歳くらいは年上のはずだよ。今、40代くらいじゃなかったかな」
前世から妹はしぶいおじ様が大変好みだった。ただの年上の男なんてもちろんダメで、出来るおじ様が好きなのだ。何でも仕事に対して隙がないくせに本当に好きになった女性に対してだけ見せる顔や態度の感じがたまらなく好きなのだそうだ。シキやルキにはよく分からない感覚だが、本人の趣味で誰にも迷惑をかけないのなら良いんじゃないかと思っている。
「まだ直接交渉はしてないから会ってはないんだけど、お手紙はもらったかな。文字も達筆で素敵だったわ。帝国の支配下に入ったらたまーに生で眺める事が出来るかも、って思うと心が弾んじゃう」
別に一目惚れしたからと言ってどうにかする気はユキには無い。いわゆる推しメンというものを眺めて楽しむだけだ。
「それに帝国の将軍にも推しがいるのよ。こっちは奥様と一緒にいる姿を見てみたいわぁ」
…ゲームの強制力を嫌って、というよりも自分の趣味の為に妹は帝国と交渉してるんじゃないかと疑ってしまったが、それで双方が平和に事を進められるんならまぁいっか、とシキとルキは思ったのだった。