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見習い巫女②

不定期で投稿しています。読んでいただいてありがとうございます。

 眠っていたルキが目を覚まして、「あ、ヤッベ、姉ちゃんを人の世に戻さないと」と慌てて戻した結果、シキは何故か孤児として神殿で育てられることになった。

 まあ、特に家にこだわりのないシキだったので、下手な貴族に生まれるよりは良かったと思っていた。


 大量の洗濯物を干し終えると、ようやくシキは休憩に入った。毎日、毎日、よくこんなに大量の洗濯物が出るもんだねー、と気分は大所帯の運動部のマネージャーだ。前世では立派な帰宅部だったのでマネージャー業はしたことが無いが、よくテレビの特集で見た強豪校がこんな感じだったと思う。これにさらに間食を用意したり雑務をやったりとマネージャーさんは本当に大変そうだった。


「姉ちゃん、誰かいる」


 お昼でも食べに行こうかと中庭を歩いていると、ほとんど誰も通らない場所にあるイスに1人の女性が座っていた。

 正式な聖女の装束を着たシキと似た年頃の女性が1人で辛そうにイスに座っている。


「それなりに強い聖霊の気配を感じる。アレ、第一等級の聖霊だ」


 ルキがそう言うのなら間違いはないだろう。今、この国で第一等級の聖霊と契約している女性は2人だけ。そして、シキと同じくらいの年齢ともなれば1人しかいない。


「じゃあ、あの方がメリッサ様ね」


 由緒正しい伯爵家の出身で近い将来、王太子の婚約者になる女性。断片的に覚えている情報によれば、ヒロインを好きになった王太子に婚約破棄をされる、いわゆる悪役令嬢という役割を背負っている女性のはずだ。だが、今この場にいる彼女はとてもそんな悪役になるような女性には見えない。当て馬的な悪役令嬢ならば、高飛車で取り巻きバンバンいる嫌み女王みたいな感じのはず。こうして誰もいない場所であんな苦しそうな顔をする感じではないだろう。


「よし」


 決意の言葉を1つ放つと、シキはメリッサの前に姿を現した。


「失礼ながら、このような場所でどうかなさいましたか?顔色が悪いようですが、ご気分でも…?」


 話しかけるとメリッサがはっとしたような顔でこちらを見た。正面から見た彼女の顔色はずいぶんと悪い。青ざめていて、目には今にもこぼれ落ちそうな感じで涙が溜まっている。


「あ…わ、わたくし、は…」

「無理にお話しされなくても大丈夫ですよ。メリッサ様ですよね?第一等級の聖女様」


 メリッサが頷いた瞬間に涙が次々とこぼれ落ち始めた。一度流れ始めた涙は止まることがない。


「……もう、もう、わたくし、は…」


 ぽろぽろと流れ落ちる涙と、うまく紡げない言葉が彼女の精神状態の悪さを物語っている。

 そもそも今、ここに彼女がいること事態がおかしいのだ。今日は彼女と会う為に大勢の上位貴族や王族がこの神殿に来ていると聞いている。なのに何故か主役の彼女が1人でこんな場所にいて泣いている。


「メリッサ様、ここには私しか…正確には私とこの黒猫と貴女様しかいません。ここを通るもの好きもいませんし、そもそもこの裏道の存在を知っている人間も少ないです。なので、お好きなだけ涙をお流し下さい。でも心配なので、一緒にいることはお許し下さいね」


 そう言ってシキはメリッサの頭を胸元に抱え込んだ。ぽんぽん、と背中を優しく叩くとメリッサの涙腺が崩壊したようで、シキの胸元で声にならない声を上げながらメリッサはただひたすらに涙を流していた。



 どれくらいの時間が経ったのかわからないが、ようやくメリッサが胸元から顔を上げた。やはり泣いてしまったせいで目元が腫れている。一目で泣いたとわかってしまうだろう。


「少し目元を冷やしましょうか。メリッサ様も目がお辛いでしょう」


 シキがルキに目配せすると、ルキは仕方ないとばかりに氷の塊を出した。ルキは、自分が聖霊であるということをメリッサの前で隠す気はないらしい。


「そいつ、第一等級の聖霊と契約してるからな。さすがに第一等級の聖霊に俺のことは隠しきれないんだよ」


 人前ではただの黒猫ぶっているのだが、第一等級の聖霊ともなればさすがに誤魔化しきれないようだ。ならば隠すことなく堂々と力を使うだけだ。


「あ、そう。ルキがいいなら別に私はかまわんのだけどねぇ。でも、メリッサ様にはナイショにしてもらわないとね」


 氷の塊を持っていたハンカチで包んで、彼女の泣きはらした目に当てた。


「……ありがとう」

「少しは落ち着きましたか?」

「えぇ」


 メリッサは可愛らしいというよりは、ちょっと冷たい感じの美貌の持ち主だった。だが、さきほどまでシキの胸元で泣いていた姿は、冷たいどころか感情が豊かな女性のように見える。


「…メリッサ様は本日の主役なのでは?」

「神官も王侯貴族も本心ではわたくしのことなどどうでも良いのよ。表面だけの言葉に気分が悪くなってしまって…それに公爵家のヴィクトリア様とその取り巻きたちがわたくしに対して細々とした嫌がらせをずっとしているので、それでもう耐えられなくなって…。今日だってお茶会の時間がわたくしにだけ遅く伝えられていて…伝えられた時間に行ったらもう始まっていてヴィクトリア様に「聖女様は遅れて来て良いご身分ですこと」って言われてしまったの…」


 一つ一つの嫌みや嫌がらせがずっと蓄積されていけば、こうして爆発もするだろう。公爵家と伯爵家では当然、公爵家の方が家格は上だが、聖女と巫女では聖女の方が上の身分だ。ましてメリッサは第一等級の聖女。その公爵令嬢がどうあがいても手に入れられない身分の女性だ。


「イヤですねぇ。勘違いなさっているお嬢様方は。貴族のお嬢様の替えなんていくらでもいるけど、聖女の替えはいないですからね。そのお嬢様方の嫌みの結果、メリッサ様がこの国から出て行くとか言い出したらどうするつもりなんだか」


 聖女がいるということは同時にその場に契約した聖霊も一緒にいることになる。当然、聖女が国を出て行けば聖霊も一緒に国を出て行く。聖霊は聖女がいる大地に祝福を与えるので、聖女がいなくなればその祝福も無くなる。結果、聖霊に見放された不毛の大地の出来上がりだ。

 複数の聖女がいても見放したのがその中で最も力の強い聖霊だった場合、他の聖霊たちはその聖霊の意思に従う。

 メリッサは第一等級の聖女。

 第一等級の聖霊と契約をしているのはメリッサの他は王妃のみだ。王妃の聖霊とメリッサの聖霊、どちらが強い聖霊力を持っているのかは分からないが、第一等級より上の特級の聖霊がいない状態である以上、そのどちらかの言葉を他の聖霊たちは叶える為に必死になっていることだろう。こうして泣いているメリッサを見て彼女の契約聖霊が怒ったらこれから先、他の下級聖霊と契約出来る巫女も少なくなってしまう。


「ふ、ふふふ、ありがとう。貴女は優しいのね。それにその黒い猫ちゃん。貴女の聖霊ね?」

「そうでーす。でも、ナイショでお願いします」


 少し元気が出たらしいメリッサにシキはおちゃらけた感じで口元に指を当てた。


「秘密なのね。貴女、誰にも言っていないの?」

「はい。あ、申し遅れました。私はここで巫女見習いをしているシキと申します。この子はルキ。一応、私が捨てられた時から一緒にいる黒猫としてここでは認識されています」

「そういえば聞いたことがあるわ。孤児の中に黒い猫が常に一緒にいる見習い巫女がいるって」

「それです。なので、ルキは基本ただの黒猫扱いでお願いします。なんならもふもふしてもいいですよ」


 シキはルキを捕まえると、メリッサの前に差し出した。差し出されたルキの方はびよんと伸びた身体を揺らしながら、不本意だという顔をしていた。それを見たメリッサがさらにくすくすと笑った。


「黒猫ちゃんが嫌そうだから止めておくわ。シキ、と呼んでもいいかしら?」

「もちろんです。私もただの見習い巫女なので、そういう感じで接してくれると嬉しいです」


 自分は見習い巫女で聖女ではないのだと言い切るシキとわざとらしくにゃおんと鳴いているルキの姿にメリッサはさらにくすくすと笑い始めた。笑い始めたメリッサの背後の空間に少し白い光が集まりだしたので、ルキが光に向かって説教を始めた。


「バカが!そのまま神々しい感じで出てきたところで、ここにいるのはお前の契約者と俺の契約者だけだ。俺の契約者にそんな子供だましの光の演出が通じると思うなよ。はぁ?これで登場すると人間が敬う?知るか。少なくとも姉ちゃんにもっと静かに出てこいって怒られるだけだ。お前の契約者がわざわざ隠れているのにお前が居場所を知らせてどうする。もう少し相棒の事を考えろ。え?やり方がわからん?あーったくこれだから演出重視の聖霊ってのは嫌いなんだ」


 黒猫姿のルキがイスの背もたれの部分に器用に座り、なにやら光に向かってぶつくさ唱えると光が収束して小さなぽんっという音と共に、その場に猫サイズの白い馬が現れた。サイズはルキとほぼ一緒なのだが、その馬の額には綺麗な螺旋を描く立派な1本角があった。


「ユニコーン?」

「えぇ、そうよ、シキ。この子は私の契約聖霊で、スピカというの」


 薄い青のたてがみを持つ白馬(ただし、スモールサイズ)のユニコーンは、メリッサに近づくとその角をさっと振った。


「メリッサ。その腫れた顔は治す。それに僕は今日一日ずっと君のことを見ていた。君が望むなら今すぐにこの国から出て行くことも出来るよ」


 心配そうにのぞき込むユニコーンにメリッサは首を横に振った。


「いいの。わたくしが出て行ったら色々な方に迷惑がかかるわ」

「でも!!」

「あのねぇ、ユニコーンちゃん、私みたいにこの国に特に大切な人がいない人間ならさよーならーでいいけど、メリッサ様が迷惑をかけたくないと思っているご家族とかご友人とかがいるのならそう簡単には出て行けないよ」


 聖霊は自由にどこにでも行けるが、生きている人間には何かとしがらみがあるものだ。

 シキみたいに前世の記憶持ちで幼い頃から他の人とは必要最低限の関わりしか持って来なかった人間ならばともかく、ちゃんとした貴族の家に生まれているメリッサではそう簡単に色々なものを捨てたりすることは出来ないだろう。


「ユニコーン、俺もそう思う。だが、メリッサを守りたいのならば、お前、今日はこのまま顕現してろ。もう少し立派なユニコーンの姿でメリッサの傍にいれば、誰が聖女なのかバカでも理解出来るだろう」


 公爵令嬢がメリッサをいじめる理由が聖霊が普段から見えていない為だ。だが、ユニコーンが傍にいて姿を見せていればそれは減るだろう。なんと言っても公爵令嬢は聖霊を持たないただの巫女。そしてメリッサはユニコーンという第一等級の聖霊と契約した聖女。聖霊が目に見えていさえすればどちらに畏れを持つべきなのか誰にでも理解出来るはずだ。それでも公爵令嬢がメリッサに何か言ってくるのならば、聖霊を敬うことの出来ない人間に巫女の資格無し、と聖霊自らが宣言すればいいだけのことだ。

 

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