白の聖霊は言いたいことだけ言う。
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竜王のやっと出会えた運命の乙女は、今頃、客室で眠っているだろう。
昼間、突如として現れた彼女を逃すわけにはいかないと思ったので、この王宮にしばらく滞在してくれるという許可を必死でもぎ取った。端からはそうは見えなかったかもしれないが、カイレオールは頑張った。幼い外見も思う存分使用した。彼女の契約聖霊である白の方が何も言って来なかったので、ひとまずはアレで良かったのだと思う。そして自分の私室からそれほど遠くない客間を急いで用意させて彼女の部屋とした。出来れば扉一枚で繋がっている隣の部屋にいて欲しかったのだが、さすがにまだ早いらしく、白の方の一睨みで諦めた。
それでもシキと話しているだけで心は落ち着くし、傍にいてくれるだけで孤独感というものが薄れていく。
「シキ、貴女は何者なのです…?」
独り言として呟いた言葉に思いもかけず返答が返ってきたのは夜中もいい加減過ぎた時だった。
「特級聖霊2体と契約しているという世にも稀な大聖女だな。ついでに黒がシキの乗り物として原初の竜を捕獲したそうだ」
優雅にソファーに座っていたのは、シキの契約聖霊である白の方『コウキ』と呼ばれている聖霊だった。
「お邪魔してるよ、竜王。シキは疲れているから早々に寝てしまったんだ。もちろん夜這いは禁止だよ」
「しません。そんなことしたら報復がものすごく怖そうですから」
「まぁその通りだね。シキに下手な手出しをするつもりなら本気で国と命が無くなる覚悟でするんだね」
最高クラスの聖霊にそんなことを言われた以上、本気で下手を打った日には国と自分の命が無くなる。きっとこの世に存在したことさえも消え失せてしまうだろう。白の聖霊は至って本気だ。
「私も自分の運命の乙女は大切にしますよ。シキに傍にいてもらう為の最大限の努力は惜しみません。…ところで、先ほど、シキの乗り物としてうちのご先祖様を捕獲した、と聞こえましたが?」
さらっと言われたが、シキの乗り物として女好きのご先祖様が捕獲されている。一応、あんなのでも竜たちの崇める(?)竜神で、原初の聖霊の1体と言われている存在だ。
「黒…ルキが捕獲に成功したそうだよ。今回は完全に駄竜が悪いからね。シキの乗り物になることという条件でルキが百歩譲って許したらしい。あんなのしばらく使い物にならなくても問題なかったんだけどね」
……一応、竜神だし、彼がいなければ子孫である自分も存在しなくなってしまうので、出来れば使えるようにしておいて頂けるとありがたい。子孫一同、何となくそう願ってしまう。
「ここには君がいるから僕は一度、聖霊界の方に戻ろうと思っている。もちろん、シキに何かあればすぐに降りてくるよ。そこがどんな場所だろうと僕はシキを守る為なら何でもするからね。…竜王、シキを君に預ける。僕たちの大切な契約者を頼むよ」
「もちろんです。貴方方に力を使わせないこと。どうやらこれが私の役目になりそうですね」
「その通りだよ」
シキが何の憂いもなく幸せに生きているならば白のコウキも黒のルキも何の力も振るうことはない。その2体が思いっきり力を振るう場面になったらそれはもはや世界の危機だ。国の命運とか可愛いものではなく、この世界全体の命運がかかっていそうで嫌だ。
ついでに乗り物としてご先祖様も出てくるだろうから、原初の聖霊3体が大集合とかいう事態は本当にやめていただきたい。
「やれやれ私の運命の乙女は本当にとんでもない方のようですね」
「退屈はしないだろうよ。あぁ、そうそう、シキが君のことを「乙女げぇむの攻略対象者だ」とか言っていたから詳しく聞いておくといいよ。万が一、君が強制力とやらに捕まったら喜んで記憶の改ざんを行うつもりでいるから、せいぜい頑張ってね」
意味の分からないことを言って勝手に納得したのか白の聖霊はさっさと聖霊界へと帰還した。
完全に気配が消えるとカイレオールはふぅっと息を吐いて改めて白の聖霊の言った言葉を考えた。
まず、「乙女げぇむ」とは何ぞや?という疑問が出てくる。それに攻略対象者とか強制力とか意味が分からない。意味が分からないがシキが気にしているというのならきちんと話あって解決していこう。
運命の乙女の信頼を得るためには、まずはお互いのことを知ることからスタートだ。
シキは隣国の神殿にいたとのことだったが、隣国の神殿はあまりいい噂を聞かない。というかあそこは王妃以外の王族はロクなのがいないと聞いている。唯一の良心と名高い王妃からは最近、国のことについて色々と相談を受けていて、帝国に吸収合併して欲しい的なことも言っていた。国としてのうまみも何もないのであまり興味はなかったが、隣国が荒れればシキが気にする可能性もある。
「…叔父上を派遣するか…」
今、矢面に立って交渉を行っているのは宰相である叔父だ。とは言え、王妃に直接会う機会はそんなに多くないのでもっぱら手紙と部下とでのやりとりらしいが、この際、相手国に乗り込んで実情をしっかり把握してきてもらおう。必要ならばその場で乗っ取ってきても構わないのだし。叔父なので一見細身に見えても立派な竜族でイケイケの好戦的なおじ様だ。そこら辺の騎士など相手にならない程度には強いので少数で乗り込んでいってもその気になれば王都くらいは壊滅させられる。
「色々と手間も省けるし…そうするか」
外見はまだお子様な美少年だが、竜王だけあって中身は割と武闘派だ。手間暇かけて色々と画策するくらいなら武力の一点突破を選びたいお年頃でもある。面倒くさいのは嫌いなのだ。手間暇かけて手に入れたい国でもないし、王妃さえ無事なら国王とかはどうでもいいし。王族が変わったところで新しい王が善政して国民が豊かになれば文句だって言われない。むしろ感謝される可能性の方が高い。それほどまでに自国でも他国でも国王の評判は悪すぎる。
「うん、そうしよう」
色々と考えて、考えるのを放棄した結果、カイレオールは叔父を派遣してかつ必要なら武力行使のオッケーの許可を出して送り出すことに決めた。
結果、彼の国の王妃が泣いて喜ぶことをカイレオールはまだ知らなかった。




