出会いました。
次元回廊からシキが吐き出された場所はどこかの宮殿の中のようだった。柱や廊下の作り方が絶対に一般家庭じゃない。前世だと美術館とか中世のお城とかでしかお目にかかったことがない感じだ。
「うーん、少し打った、痛い。まぁ、張本人は今頃ルキにお仕置きされてるだろうからいいけどさー。コウキ、ちょっと来て」
扉からペイっと出された勢いで転んでしまったので下になった腕が少し痛いのでさすりながらコウキを呼ぶと、すぐにコウキは来てくれた。
「魂を通じて視たよ。アイツは僕たちと同時期に発生した原初の竜だ。今頃、ルキがお仕置きしてるだろうから許してやってくれ」
すぐに来てくれたコウキが優雅に微笑んでシキの腕に軽く触れると、痛みがすぐに引いていった。
「女の子なんだから、身体に傷跡を残すわけにはいかないな。いいか、シキ、これから先も傷を負ったり痛い部分があったらすぐに僕の名を呼べ。治癒は僕の得意分野だ」
コウキの身体から放たれる優しい光に包まれるととても穏やかな気持ちになれる。まるで真綿でくるまれているみたいに気持ち良い。いっそうこの場で寝てしまいたくなるくらいには気持ちが良い。
「寝るなよ、シキ。ちゃんと起きていてくれ」
呆れたように言うコウキの声もまるで声優のようにかっこいいので耳に心地良い。
「ってゆーか、コウキ、そんなしゃべり方してたっけ?何か、もっとこう厳格っぽい感じだった気がする」
「演出は凝らないと意味ないでしょ?一応、これでも聖霊たちの束ね役の1体だからね。それなりに威厳を出そうと頑張ってたんだけど、契約者の前でまでそんなかっこつけはいらないからね」
どうやら前回現れた時は頑張って威厳を出そうとしていたらしい。舞台上とプライベートの違いみたいなものだろう。ま、素のコウキの方が親しみやすさも好感ももてるのでこっちの方がいい。
「ところでここどこ?何か豪華で掃除も行き届いてるのにものすっごく生活感はないし、人がいる気配もなさそうなんだけど」
「一応、あっちの部屋の奥に何かの気配があるけど…どうする??バカ竜が言って通り、シキがあのダメ竜の子孫の運命だとしたら、あそこにいるのは間違いなく竜種だろうね。竜種は一度、運命の乙女を見つけたら離さない」
つまりコウキが指さしている奥の扉ーシキが見ないようにずっと目をそらしていたあの扉を開いてしまうと自動的に自分は竜種の運命の乙女認定されてしまう、ということだ。そんなゲームの内容なんてユキから聞いていない。いくらゲームの世界に転生したとはいえ、その世界を現実として生きてる以上、ゲーム通りの展開にならないのは当たり前のことだと思っていたのだが、基本設定はそこまで変わらないと思っていた。
ユキから聞いた展開とはちょっと違う感じになってきている気がする。
「イヤ、まぁ、ゲームが全てってわけじゃないんだろうけど」
今、決断すべきはこの扉を開けるか否か、だ。竜曰く、彼の子孫の運命の乙女が自分なのだとしたら開けたくない気もするが、ただ、何となく自分の勘は、今あそこの扉を開けないと後々後悔することになる、と告げている。
やらずに後悔するよりは、やってから後悔しよう。
それにこっちにはコウキとルキという2体の聖霊も付いていることだし、もし変なのに捕まったらそれこそ制限なしで大暴れしてもらおう。
そうシキは決心すると、よっこらしょ、と立ち上がった。
「コウキ、いざとなったら助けてね」
「もちろんだ。どうやらここにはそれなりの結界が張ってあるようだけど、この程度の結界ならすぐに吹っ飛ばせるから安心して」
きっとコウキ的「この程度の結界」というのは、どこだか分かんないけどこの国でも屈指の結界なんだと思う。ルキとコウキの同期の竜の子孫である竜種が一生懸命張った結界でもしょせんは「この程度」なのだ。改めて規格外の存在なんだな、と思い知った。思い知ったところで、それがどうした?という感じなのだが、過ぎたる力持ちはなかなか大変なので、そんな2体の契約者である自分はやっぱり大人しく地味に生きようと改めて誓う程度だ。
「さて、開けますか」
静寂しかない場所の奥の扉の前に立ち、シキはゆっくりとその扉を開いた。
「お邪魔しまーす。誰かいらっしゃいませんか?」
小さめの音量で声をかけながら扉の中をきょろきょろと除くと、そこは趣味の良い調度品が置かれていいる居心地の良さそうな部屋だった。
「……失礼します?」
変な疑問形の言葉と共に中に入ると、その部屋の奥の方に置かれた机に多くの書類が広がっていて、その書類の何かを書き込もうとしていたのか羽ペンを持って固まっている少年がいた。
そう、少年。シキよりも年下っぽい感じの黄金の髪と瞳を持つものすごく綺麗な少年。
「……お人形?…なわけないよね?このお部屋の主さん??」
「……君はどうやってここに入ってきたんです?…じゃなくて、誰が君を見つけてここに送り込んだんです?君は私の…運命の乙女、でしょう?」
額に手をやって首をふるふると降る姿もかっこいい。だが、やはり彼があの竜が言っていた彼の子孫で、一目見て運命の乙女だと断言できる竜種で間違いないようだった。あの竜の子孫にしては冷静そうな感じのする少年だ。竜種特有の恋愛至上主義にはならなさそうな気がする。
「えーっと、貴方のご先祖様の竜に飛ばされました。子孫の運命の乙女だ、とか言われて。気が付いたらここの部屋の前にいました」
「…それは、すいませんでした。ですが、会えて嬉しいです、私の運命の乙女」
少年は、立ち上がるとゆっくりとシキの前に来た。年下っぽい感じがする少年はまだ背丈もシキより幾分か下だ。少年が見上げるようにシキを見つめてにっこりと微笑んだ。
「私の名前はカイレオール。私の運命の乙女、貴女の名前を教えてもらっても?」
少年の名前にものすっごく聞き覚えがある。それは確か、ユキが連絡を取り合っているという帝国の皇帝の名前だったんじゃないだろうか。あのお花畑ヒロインの推しメンだ。
「乙女?」
首を傾げる仕草もかっこいい。
「…私の名前はシキ、です。お隣の国の神殿で見習い巫女をしています」
「シキ、良い名ですね。そうですか、隣国の神殿にいたんですね。あそこは今は第一等級の聖女が2人いますから、その気配に紛れて貴女のことを見つけ出せなかったんですね。ですが安心して下さい。これからは私が傍にいますから」
カイレオールと名乗った少年がシキの手を取り、そこに口づけを一つ落とそうとしたところでコウキの介入が入った。
「そこまでだよ竜の少年。僕たちはまだ君をシキの竜だと認めたわけじゃないんでね。気安く僕たちの契約者に触らないでもらおうか」
天使様が黄金の竜の少年を止めている。眼福。じゃなくて、コウキの介入で助かった。
「あ、ありがと、コウキ」
「ふふ、シキの嫌がることは絶対にさせないから安心して」
カイレオールの手からシキの手を奪い返してコウキが微笑んだ。
「……この気配、聖霊…それもものすごく上位の気配がします。私の運命の乙女、貴女は先ほど見習い巫女だと言っていましたが、この聖霊と契約を交わしているのであれば聖女なのでは?」
竜種である自分から見ても力ある存在である聖霊と契約をしているのならば、見習い巫女ではなくて聖女のはずだ。
「えーっと、色々あって公表してません。私が聖霊と契約しているのを知っているのは、隣国の2人の第一等級の聖女だけです」
「……なるほど?シキ、どうやら貴女には聞かなくてはいけないことがたくさんありそうですね」
全然納得のいっていないカイレオールの笑顔が大変怖かったです、と後にシキはユキに語った。