黒猫、不機嫌になる。
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彼は寝ていた。
そんな彼の意識を揺さぶったのは、たくさんいる子孫の中、その歴代の中で最も彼に近い力を持つ存在が生まれ、その内なる力に目覚めたからだった。
竜の中の竜、そんな存在が生まれた以上、可愛い子孫にはやはり大切なパートナーとなる女性は必要だ。
子孫よ、愛する女性はとても大切で重要な存在だぞ。
同期の黒に「見境なく誰にでも万年発情してんじゃねぇよ」と思いっきり殴られたこともあるが、その程度では竜はめげない。
『待ってろ、可愛い子孫よ。ご先祖様が絶対にお前に相応しい女性をお前の傍に送り込んでやるからな!!』
そんなはた迷惑な決意とともに彼はゆっくりとその目を開けた。
久方ぶりに見渡した世界は全く変わっていないように見える。強いて言うのならば、聖霊たちの人間嫌いが加速していて、下らない人間たちが欲望に満ちた声で祈りを捧げているくらいだ。そんな声でよくもまぁ祈ろうと思ったものだ、と呆れてしまう。だが、聖霊たちに好かれた聖女たちの祈りは心地よい。彼女たちが存在しているだけでこの世界を愛しく思う。
聖霊界の方も見て見たが、相変わらず翼を持つ白がきっちりと管理しているようだ。
ようなのだが、白の様子が幾分おかしい。
『あれ?ひょっとしてあいつ、誰かと契約した?何かものすっごく清々しい顔してるんだけど』
そんな自分の考えを竜は即座に頭を振って否定した。
白が誰かと契約するなんて考えられないし、白を受け止められるだけの力量を持った聖女なんて存在しない。自分を含めた原初の者とはそういう存在なのだ。自分たちの中の誰か1体とでも契約できればそれこそ世界を滅ぼすことくらい簡単に出来る。だからこそ、聖女には自分たちと契約出来るだけの意思が必要なのだ。思えば、自分が契約できないからこそ、色々な者たちと恋愛をしてきたのかもしれない。
『まあ、いい。白のことは放っておこう。あ、黒はどこ行った?』
同期の黒の姿が聖霊界にない。あいつはあいつでぼっち大好きだし、気が付けば何百年もどっかに閉じこもっているやつだから、簡単には見つからないかもしれないが、そこは同等の自分だ。次元の隙間に籠もっていようが引きずり出して酒に付き合わせよう。
竜はどこかに隠れているであろう黒を探し出すべく、世界をもう一度見渡した。
『あ、見つけた。喜べ我が子孫。彼女は将来有望だぞ。今はまだまだ外見も体型もお子様っぽいがな』
見渡して見つけたのは黒ではなくて、1人の少女。傍にユニコーンと契約している聖女が見える。
黒い髪、黒い瞳の少女は、竜から見ても神秘的でどこか違和感を感じた。
『ん?魂の輝きが少し違う…??この世界の出身じゃないのか?』
原初の竜に見える彼女の魂は、こちらの世界にまだそれほどなじんでいないように感じた。それでもこの世界で誰よりも子孫に相応しい。というより、恐らく彼女は子孫たちが一生懸命探し求める運命の乙女だ。
そして彼女の相手は間違いなく子孫の中で最も自分に近い存在である竜だ。
原初の竜は歓喜した。
うっかりその傍らに力を隠して存在していた同期の黒を見落とす程度には。
その魂が白とも繋がっていることに気が付かない程度には。
ぐるるるる、という重低音と共に原初の竜は駆け出した。一刻も早く彼女を子孫に届けなければ。
ただ、その思いだけで駆け出した竜は途中で人型を取ると、次元を超えて迷うことなく少女の前に飛び出した。
「……どなた様?」
「少女よ、其方は我が子孫の伴侶に相応しい。さぁ、彼の者の元へ行くが良い!!」
ぎょっとして驚いた顔をした少女の周りに子孫まで一直線の転送次元回路を開くと少女は開いた扉からあふれ出た黒い光の中に吸い込まれそうになった。もちろん他の者に迷惑をかける気はないので、ターゲットである少女だけを連れて行くように調整してある。ユニコーンが契約者を守ろうとしているようだが、その契約者の少女に被害は出ないので安心してほしい。
「姉ちゃん!?」
「来なくていいよ、ルキ、こっちよりユキをお願いね。私はコウキを呼ぶから大丈夫。後、ソイツ、ぶん殴っといて」
少女がそう言ったと同時に少女を吸い込んだ次元回路の扉が閉じた。
次元回路が閉じたことで無事に子孫に相応しい女性を送り出せた人型の原初の竜は大変満足していたが、正反対に大変不機嫌になったのは次元回路のあった場所に座った1匹の黒猫だった。黒猫は無言でぱしん、ぱしん、と尻尾で床を叩いてその最高に不機嫌な感情を隠そうともしていない。
どうやら聖霊のようだが生意気だな、と思ったらその黒猫が振り向いて思いっきり原初の竜と目が合った。
『アレ?すっごく見覚えがある気配なんだけど…ひょっとして、やっちゃった??』
全然、全くもって気が付かなかったが、すっごいお怒りモード全開の目が据わった黒猫はどうがんばっても知ってる存在だった。知ってるどころか、何なら自分を傷つけることが出来る可能性を持つ同期の1体じゃなかろうか。
『あ、やっべ、全く気付かなかった。存在感をちょっと隠しすぎじゃない?もうちょっと派手にしていてくれたらこっちもすぐに気が付いたのに!!』
後悔してももやは遅く、黒猫は身軽い感じでジャンプをすると、見事に人型の竜の顔面に跳び蹴りを食らわせた。普通の猫キックなんて効きもしないのだが、黒猫は思いっきり足に魔力を込めてくれたので、脳天までしびれるような力が駆け抜けていった。
「このクソ竜!駄竜がぁ!!姉ちゃんをどこに飛ばしやがった!素直に吐かねえと剥製にしてやるぞ!!」
間違いない。原初の竜たる自分にそんな乱暴な口をきいて、猫キックでダメージを負わせることが出来る存在なんて同期の黒と白のみ。
「お前、黒か!?久しぶりだなぁ。元気してた??」
跳び蹴りをしてきた猫は自分と同時期に発生した聖霊の1体の黒の方だった。ぼっち上等だったくせにこんな場所にいて起きたらすぐに出会えるなんて奇跡じゃん!とか思っていたのに挨拶もなく2発目の蹴りが再び顔面に入った。
「お前と仲良くするつもりなんかねぇよ。それより姉ちゃんをどこに飛ばしやがった?場合によってはお前、当分復活できんようにしてやるからな!」
挨拶もなく物騒なセリフを吐かれた。ってゆーか、誰にも関心を持たなかったあの黒がどうした?そもそもなんで黒猫姿でここにいるの?ってゆーか、姉ちゃんって誰のこと??
「てめぇが今、次元回路で飛ばした女性だよ」
「……姉ちゃん?お前の?ありえんじゃん」
「うっせぇ。他の誰が何を言おうが俺が姉ちゃんはたった1人の俺の姉ちゃんなんだと決めたんだから口出しすんじゃねぇ。さあ、きりきり吐け。じゃないとマジで不能にしてやるぞ」
多種多様な女性を愛する原初の竜にとっては死活問題の脅しだが、この外見黒猫はマジでやりかねないことを原初の竜は重々承知していた。
「お前の姉ちゃんは、俺の子孫の運命なんだよ。だから、アイツの元に飛ばした」
隠していても仕方ないし、隠しても無駄なので素直に原初の竜は吐いた。それに子孫の竜たちにとって運命の乙女がどれほど大切な存在であるかはこの黒猫も知っているはずだ。
「知ってるだろう?竜にとって運命の乙女は唯一なんだよ」
「バカ竜、1つ教えておいてやる。竜にとって運命の乙女は唯一かもしれんが、姉ちゃんにとってお前の子孫は今のところ唯一じゃないんだよ。俺とコウキ、2体と契約するなんていう離れ業をしてのける姉ちゃんを舐めんなよ」
黒猫がやたらと上から目線で挑発してきたのだが、気になるのは内容だ。
「……コウキって誰だ?」
「白だよ。姉ちゃんは黒の俺と白のコウキ、両方と契約したんだよ。お前、次元回路で姉ちゃんを飛ばしたはいいけど、あっちで姉ちゃんはコウキを呼ぶって言ってたからな。アイツは俺と違って手加減なんてしないぞ。大陸が1つ吹っ飛んでお前の子孫が死者の世界に片足を突っ込もうが俺は驚かん」
はっはっはと笑う黒猫に原初の竜はさすがに『しまった』と後悔した。
「お前と白、両方と契約できる人間なんていたのかよ。うっわー、ヤッベー。否、そこは子孫の愛の力で何とか!!」
「なるか、バカ竜。そもそも姉ちゃんにとってお前の子孫は初対面だっての。一目で運命の乙女を見抜く竜と違って人間はそんな機能は持ち合わせてないからな。せいぜい苦労しろ。そして吹っ飛べ」
シキにこっちでユキのことを頼まれた以上、ルキは動けない。まあ、あっちはコウキを呼び出すので問題はない。多少はやらかすだろうが、最終的な責任はシキを飛ばした原初の竜とその子孫に取らせるのでやっぱり問題はない。姉は一目惚れして盲目的に従うような性格もしていないので、間違ってもシキが竜の子孫の言いなりになることもない。のんびり帰ってくるのを待っていればいいだろう。
竜が開ける次元回廊なら当然、自分もコウキも開ける。聖霊界の様子を探れば、すでにコウキの気配はそこにはない。もう呼び出しをくらっているのだ。その上ですぐに帰って来ないということはシキが原初の竜の子孫に対して報復に走っている最中か、もしくはその竜を手助けしようと思ったのかどちらかだ。
ああ見えて、姉ちゃんはとても情が深いのだ。特に一度、懐に入れた存在に対しては激甘だと思う。
「ふん、姉ちゃんがどうしようが、取りあえずお前はしばらくこっちにいろ。そして手伝え。でないと姉ちゃんが帰ってきたあと、大々的な報復行動をする」
「えー、報復とかしないでよー。わかったよー、しばらくこっちにいるよー」
「あと、お前、姉ちゃんが帰ってきたら姉ちゃんの乗りものに決定だからな」
「俺、乗られるより乗る方が好きなんだけどー」
「やかましい。大人しく姉ちゃんに乗られて新たな境地でも開拓してろ」
黒猫の言葉に原初の竜はぶーぶ言いながらも大人しく従うことにした。
黒猫1体でも面倒くさいのに、プラスで白まで出てきた日には、いかに原初の竜と言えども勝てる要素が一つも見当たらない。なのにそんな両方と契約した希有な少女は、同時に竜の子孫の運命の乙女だ。ちょっと子孫が苦労するかもしれないが、そこは恋愛の試練として受け止めて全力で挑んで欲しい。
「ルキ、シキは大丈夫ですか?」
ユニコーンの乙女が心配そうにしていたが、原初の竜は女性の前でこれ以上の失態はならぬとばかりにかっこつけをしたので、ますます黒猫が、ケッという感じの表情をしていた。
「問題ない。もうすでにコウキが降りてるからな。それとこの駄竜のことは気にするな。何かあれば俺が責任もって眠らせてやるから」
ルキと呼ばれている黒猫のセリフが怖い。眠らせるってどのくらいの間?せっかく起きたのだからこの時代を楽しみたいし、きゅんきゅんする他人の恋愛劇場を生で見たいじゃないか。
「心配するな、ユニコーンの乙女。心配なら黒猫に脅されている可哀想な俺の心配をしてくれ」
「メリッサ、ソイツは放っておけ。ちょうどいい、駄竜。姉ちゃんが帰ってくるまでメリッサを守れ。傷一つでも付けたら、色んな意味でしばらく使い物にならんようにしてやるからな」
「りょ、了解した」
何となく冷や汗が出てきた。色んな意味で不能になるのは嫌だ。気合い入れてユニコーンの乙女を守らなければ、一応、何となく常識の範囲内の報復で収めてくれる黒よりも怖い白の報復もあるかもしれない。あいつ、あんな顔してえげつないから……。
「では、しばらくの間、世話になるぞユニコーンの乙女。全力で守るから安心して色々やらかすといい。後始末は何とかするから」
「……えっと、よろしくお願いします??」
相棒のユニコーンより上の存在である黒猫さんのお知り合いの駄竜とか呼ばれてる存在が守ってくれるんだ、私を…。
ちょっと現実逃避したくなったメリッサとは反対に恋多き駄竜は、一先ずは真面目にボディーガードをする気でいるようであった。




