見習い巫女①
聖女、という単語が耳から突き抜けて行った結果、出来上がった物語です。
あれ…?聖女ってこんな感じだっけ…?ちょっと思ってる聖女とは違うかも…、と自分でも思ってしまったのでそんな感じでもOKという方はよろしくお願いいたします。
聖女と神官や巫女たちが住む神殿は各地にあり、その周辺は参拝に来た大勢の人たちで賑わいを見せていた。
聖女とは、巫女たちの中から聖霊と契約できた女性たちだけに許された称号で、彼女たちは神殿と国から大切にされる存在である。
もちろん誰でもなれる訳ではなく、第一に聖霊に選ばれること、次にその聖霊に名付けをすること、そして最後に聖霊を具現化させること。この3つのことが出来て初めて聖女と呼ばれる存在になることが出来る。聖霊たちは基本的には気まぐれで、仮令一国の王女様であろうとも気に入らなければ決して姿を見せず契約もしない。どんな人間を好むかは聖霊によって基準がまちまちなので、人側に選ぶ権利など無い。
なので聖霊に選ばれることは大変名誉なことで、孤児だろうが聖女となった時点で一生贅沢に生きていくことが出来る。もっとも気まぐれで飽き性な彼らは、選んだはいいが名付けの段階で止めることも多く、聖女になるにはよほど聖霊から気に入られなければならなかった。
神々に祈りを捧げる神官と巫女、そして選ばれし聖女たちが住む神殿で、見習い巫女たちは世話係という名の雑用係だった。
シキもそんな見習い巫女の1人で、元々は神殿の一角にある孤児院に捨てられていた捨て子だった。
幼い頃から神殿関係者の雑用をやっていたので、そのまま見習い巫女として神殿で暮らしている。
巫女たちは聖霊に選ばれる可能性が大きいので貴族の女性が多いが、一定期間、神殿で巫女として過ごして聖女になれなければ実家に帰ってどこかに嫁ぐらしい。らしい、というのはシキはあまり巫女たちに関わらないので見習い仲間の噂話で聞いただけだ。見習い仲間は同じような孤児や平民の女性が多いので、貴族出身の巫女たちからは、近づくのを嫌がられるが雑用は容赦なく言いつけられる。一生、見習い巫女のままの女性だって多いのだ。気に入られると神殿を辞すときに侍女として連れていかれる時もあるが、そんな人はほとんどいない。
「ねぇ、聞いた?メリッサ様のこと」
「メリッサ様って先月、聖女になった方?」
「そうそう、その方。聖霊様が第一等級だったそうよ」
聖霊たちにも格というものがあり、上から順に第一等級、第二等級、と表されていく。一番下が第五等級だ。ただ、第一等級のさらに上、特級という聖霊が存在する。歴史上、特級の聖霊と契約できたのは、ずっと昔にいた大聖女だけなので、今現在、そんな存在がいるのかどうかも怪しい。
一緒にせっせと洗濯をしていた見習い巫女仲間が興奮した様子で先月、巫女から聖女になった貴族のお嬢さんの聖霊について教えてくれた。ここのところ、第一等級の聖霊と契約できる人がいなかったので、メリッサは久しぶりに現れた第一等級の聖女だ。彼女の前に第一等級の聖霊と契約出来たのは今の王妃様だけなので、事実上、聖女たちのトップがメリッサとなる。
「へぇー、第一等級の聖女なんて久しぶりだね。じゃあ、王子様や上の方の貴族様がここに来るかもね」
第一等級の聖女を妻に迎えることが出来れば大変名誉なことなので、第一等級の聖女は王族や高位貴族から人気がある。中には今までいた婚約者を捨ててまで聖女を望む人もいる。選ぶのは聖女側なので、誰でもお好きな人を選びたい放題だ。第一等級の聖女が現れたら、神殿にお見合いを兼ねて見に来る貴族は多い。
「なんか、もう来てるらしいよ。表が騒がしかったのってそれらしい」
今日はいつにも増して表の神殿側がばたついていたのはそのせいだったらしい。シキたち雑用係の見習い巫女には関係のない話なので回ってこない。
「さすがに普段は動かない巫女さんたちもせっせと働くのかしら」
「そりゃそうでしょー。一生懸命やってます!っていうところを見せないと良いとこのお貴族様を逃しちゃうもの」
「あはははは。そうだね。きっといつも以上に張り切って何かやらかして後始末がこっちに来るんだろうね」
前回、こんな感じで浮ついた巫女たちが食器やら花瓶やらを割りまくってくれたおかげで、割れたガラスや陶器の破片の始末に追われたのは記憶に新しい。特に今は、第一王子を筆頭に若い女性に人気のある貴族の方が多いので、巫女さんたちの張り切りようはすごい。
「順当に行けば、第一王子様の婚約者になるんじゃないかな」
第一王子には婚約者もいなければ、特定の女性と付き合っているという話も聞かない。王子は愛妾の子供だが、王妃が第一等級の聖女なので、二代続けて第一等級の聖女が王妃になれば聖霊たちの加護も強くなるので貴族たちも文句は言わないだろう。メリッサ自身も伯爵家の出なので血統的にも問題はない。
「そうだねー、その可能性は高いね」
高いどころか、シキはメリッサが第一王子の婚約者になることを識っている。
前世の記憶、というやつだ。
前世のシキこと志岐は、三姉弟の長女だった。弟の琉来、妹の有稀を持つ平凡な家に生まれた女性だった。
親がちょっとどころじゃなく心配していたのは、三人が三人とも極度のゲーマーだったことだ。
琉来は主にダークなRPGを中心にやり込み、有稀は乙女ゲームでイケメンを落としまくり、志岐はネットの対人ゲームにのめり込んでいた。
三姉弟の主な話題と言えばゲームのことばかりで、年頃の子供達を持つ親は大変悲しみにくれていたのだが、本人たちは、それぞれジャンルが違いすぎて相手がやっているゲーム画面を見ながら解説を求める楽しい日々だった。
「ねぇ、琉来、いつも思うんだけど、洞窟とか誰が火の管理してるの?」
ダークなRPGには欠かせない洞窟で所々にあるロウソクについて、画面を見ながら湧いた疑問を聞いてみた。
「は?そんなんコイツらだろ」
「親切に火の管理してくれてる人(?)たちをやっちゃってるんだ」
「心配しなくても、コイツらすぐに復活するから問題ないだろ」
ちょっと通り過ぎただけの敵を容赦なく倒しながら弟は冷静に答えてくれる。もちろん手は止まっていないし、目は画面を見続けている。
「おねーちゃーん、聞いて聞いて!!乙女ゲームに新作が出たの!!その名も『乙女げぇむではぁれむナイト』!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは、妹の有稀だった。
「なかなかヤバそうなタイトルね」
「そうそう。聖霊っていう特殊な存在に愛された主人公の女の子がイケメン選びたい放題なの!!定番の婚約破棄もあるし、1人に絞ってもよし、ハーレムに突入してもよし!っていうゲームなんだよ。通称『おとナイ』。絵も綺麗だしー、声優さんたちも豪華でちょー話題作なんだよー」
うきうき気分の妹は、姉も兄も決して手を出さないジャンルであることを承知の上で内容をしゃべり出した。こういうのはネタバレになるので嫌う人も多いが、ゲームの方向性が違いすぎる姉弟は特に気にしない。ストーリーがあるのはそれなりに楽しそうだな、と思いながら志岐は相づちマシーンと化していた。志岐は、対人ガンシューティングゲームにはまっているので、ストーリーなんて皆無だ。ただひたすら敵に向かって撃つべし撃つべし、のゲームだ。
「えっとねぇ、主人公はまず見習い巫女さんとして神殿に入るんだけど、そこで第一王子様と出会ってねーーーーーー」
長々と語られたストーリーだが、うろ覚えなのが残念だ。もう少し、まともに覚えておけばよかった。だが、今肝心なのは、うろ覚えだが、その第一王子の婚約者がメリッサという名の第一等級の聖女だったことだろう。
ということは、薄々、いやちょっと前からかなりの確率で「そうだろうなぁ」とは思っていたのだが、シキはどうやら『乙女げぇむではぁれむナイト』、通称『おとナイ』の世界に転生してしまったようだった。
さすがにガンシューティングゲームやダークなRPGの世界に転生したいとは思っていなかったのでそれは良いのだが、乙女ゲームでももうちょっとマシな世界が良かった。一応、見習い巫女だが、妹に聞いた限りのうろ覚えの話の中だとモブとしても出てきたことのない名前なので、異世界の片隅で主人公たちをすっごく冷めた目で見ながら生きていける自信はある。それに、この世界に転生してしまった元凶はすぐ傍にいるので、いつでも八つ当たりしたい放題だ。
「ルキー、行くよー」
洗濯物も出来たので、名前を呼ぶと、籠の中で気持ちよさそうに寝ていた一匹の黒猫の耳がピクリと動いてのそっと立ち上がって伸びた。大あくびをしながらとことことシキの傍まで歩いてきた黒猫のルキは、シキが捨てられた時に一緒に籠の中に入っていてそれ以来ずっと一緒に神殿にいる。
「相変わらず、ルキちゃんはツヤツヤさらさらよね。あぁ、ずっと触っていたいけど、あたし、あっちの担当だから、先に行くねー」
「はーい」
一通りルキを撫で繰り回して気が済んだのか、見習い巫女仲間が走って行った。おかげでこの場にはシキとルキだけになっった。
「……ルキさんや、乙女げぇむが始まりそうなんですけどぉ」
「姉ちゃん、悪い、俺、全く知らない」
「ゲームに夢中で有稀の話、聞いてなかったもんね。ってゆーか、ルキってば元々この世界出身なんでしょう?どうして有稀の話の時に気が付かないのよ」
「気付くか!!俺、基本ボッチだったんだぞ」
堂々と言い切った黒猫姿の弟は、実はこの世界出身の聖霊様だったらしい。ただし、群れるのキライ、他のやつらに合わせてるのもキライ、という偏屈で、志岐のいた世界に来たのもちょっとした思いつきからだったらしい。そこで波長の合う志岐を見つけてその弟として転生して前世(?)を楽しんでいたらしい。
何事もなければ向こうの世界で自然寿命を全うしてから戻ってくる予定だったらしいのだが、車の事故で見事に三人揃って亡くなっているので、琉来は仕方なく姉と妹の魂ごとこっちの世界に戻ってきた。
姉の魂はルキと最も波長が合うのでそのまま契約して、妹の魂は自分以外の聖霊に呼ばれているようだったので、この世界の輪廻の輪に入れた。なので、妹がいつどこの世界のどういう人間に転生したのかが全くわからない。
ついでに魂2つ持って次元を超えるなんていう荒技を使ったのでルキの魂の消耗も激しく、しばらくの間、眠りっぱなしだった。