邪神と聖女
実は、この話にはまだ続きがある。
あの儀式の後、私は結婚した。まさに供物を捧げ呼び出した、その禍々しい神と。
彼が無言ですっと差し出してきた、美しいダイヤモンドの婚約指輪……残念ながら、他の人間には全く別の物に見えていたようだが……を私は受け取ったのだ。
その時の彼の喜びようは忘れられない。
彼の腕が私をするすると包みこんでいって、顔を近づけて頬擦りするかのように優しく触れて……何も言わずとも、嬉しいという気持ちがその場いっぱいに溢れていた。これを幸せと言わずして何と言えよう。
そうして私は……聖女の肩書はそのままに、邪神の妻となった。
邪神に娶られし聖女。
こうして言葉に出してみるとなんとも不思議な響きだが、実際そうなのだとしか言いようがなくて。
結婚式では大勢が祝福してくれた。この国の人はもちろん、隣国の王家総出で。
しかし肝心の彼の姿はどうやら私にしか見えていないようで、空の椅子を見つめて皆不思議がっていた。
神である彼がなぜ人間と結婚だなんて行動に踏み切ったのか。それは誰にも分からない。
ただの気まぐれ、それまでの境遇を可哀想に思ったから、勇気ある行動に心が動いた、など色々噂されているが……結局真実は彼の中にしかなく。
彼の体をよじ登り私の背の倍以上もある大きな赤い瞳を覗き込んでみたり、海に浮かぶクラゲのようにふわふわと宙に浮く真っ黒な体の裏をめくってみたりしても、結局何も分からずじまい。
とはいえそれは私にとってはたいした問題じゃなかった。というより、どうでもよかった。
こうして幸せな時間を過ごせているのだから。
今は祭壇で二人きり、ひっそりと暮らしている。彼の力のお陰で何一つ不自由なく。
最初は人恋しい気持ちもあったが、今ではもう慣れた。
彼の配下達とも打ち解けて仲良くなり。最近ではうっかりお喋りに花が咲き、彼らの作業を止めてしまって謝る……なんてこともしばしば。
なんだかんだ楽しい毎日を送っている。
……あら?
するすると視界の端を何かが通って行った。
今こうして椅子に腰かけ追憶にふける私の視界の端を、紐状の何かが。
ふいに頬に柔らかな感触。驚いて振り向くと、彼の顔がそこにあった。
少しはにかんで微笑んでいるように見えて。私も応えるように彼の額にそっと唇を落とす。
言葉は通じずとも、少なくとも心から彼に愛されているという事だけははっきりと分かる。しっかり感じている。
私もそんな彼を愛している。
お年寄りのようにしわしわな頭のてっぺんから、ざらざらの触手の先まで。
ほら。あれほど暗くじめじめしていたこの祭壇だって、今じゃ打って変わって。
暖かくて優しい光に包まれ、色とりどりの花が一面に咲き乱れ、そこかしこに美しい蝶がひらひらと舞って……
ああ、なんて綺麗で美しい世界。これもきっと彼のおかげ……
生贄は毎日欠かさず祭壇に運び込まれる。あれからというもの、彼の配下によって選ばれ連れて来られて。
その盛大な悲鳴は、聖女には讃美歌に聞こえているようだが。
今日も救世の聖女は祈りを捧げる。この世の平和を願って。
そして神はそれに応え、世界に永遠の安寧をもたらす……
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