生贄と祈り
そしてついにある日、その惨状に耐えかねて私は奴の魂と引き換えにこの世を救う事にした。
要は人身御供だ。
災害や洪水、飢饉などを止めるために行われる魔の儀式。奴を供物として神をこの地に降ろす。
不用品を賢く使う、我ながら良いアイディア。一応それなりに身分が高かったから使えるなと思って。
その中身は腐りきってしまっているけど。
奴は最後の日まで変わらず間抜け面で。堂々と真昼間から例の女と乳繰り合っていたから、後ろから気づかれぬよう近づいて小さな置物でその頭を殴りつけた。
蛙の潰れるような声と共に奴は赤い飛沫を上げてその場にどっと倒れ……女はというと、わざとらしい挙動で嘘くさい悲鳴を上げながら、器用に奴の懐から金目の物をいくつか引っ張り出して服の中に隠すと、そそくさと逃げていった。
遠く離れた山奥の祭壇。そこまで誰にも気づかれずに移動するのは簡単だった。
従者の誰一人として彼を慕う者はいなかったから……残酷なまでに積極的で、協力的で。
却ってここまでくると、よくここまで嫌われる事ができたなと奴の才能に驚いてしまった。
ゴツゴツした石のテーブルにぐったりとしたその体を乗せ、四肢を広げてテーブルに固定する。
ナイフをその胸に当てて狙いを定め……いざ皮を切り裂こうと刃が触れた瞬間、体がびくんと跳ねて悲鳴が上がった。冷たい金属の感触に意識が戻ってきたらしい。
これから起こる事を察した生贄は『君が一番だ』『助けてくれ』『死にたくない』だとか必死に命乞いの言葉を散々長々とほざいていたが、心の決まっていた私にはただの雑音でしかなく。
控えていた従者に目くばせし生贄に猿轡を噛ませ、鞭で叩いて意識を飛ばしてやる。せめての配慮のつもり。
それでもしばらくは喧しかったが、やがて青白くなったその屍は何も発しなくなった。
取り出した生贄の心臓は赤黒く、その穢れ切った魂を示しているようで。
祭壇の皿に供えて神に強く祈りを捧げ、無事その儀式は終わった。
それからはあっという間だった。
軍人達戦犯の原因不明の突然死が相次ぎ、また今までが嘘だったかのように豊作続きとなって、戦争は瞬く間に収束していって。
あれほど長い間苦しんでいた争いはあっけなく終わった。
そしてそれからというもの、穏やかで平和な世界が続いている。
私の行いは最初はそれこそ、その凄惨な過程や邪教のものであることなどから批判も多かったが……今では『聖女』と呼ばれるまでになった。
この世界に平和をもたらした『救世の聖女』だと。