バールタウン
イーガスゴッド大陸はエグザ地方、バールタウン。
かつては荒野を開拓して築かれた小さな集落だったが、今は人口十万人を越える都市へと発展していた。
多くの人や馬車が往来する大通り――ネイルストリートにニーチェは立っていた。
通りの両脇には商店がドミノのようにぴったりと並び立ち、どの店も客の出入りが途切れることはなかった。
いつかは自分もこんな場所に店を構えてみたい。そんなことを考えながら、ニーチェは通りを歩いていく。
やがて彼女は石畳が敷かれた円形の広場へと辿り着いた。そこでは店を持たぬ行商人たちが絨毯を広げ、自慢の売り物を並べて威勢のいい声で客を呼び込もうと必死になっていた。
バールタウン名物、泥棒市場である。
泥棒市場と言っても別に盗品を売っているわけではない。エグザ地方がまだ未開の地であった頃、血気盛んな冒険者たちが、魔物がはびこる遺跡や洞窟に乗り込んで、そこから奪取してきた宝物を売り始めたのが、この市場の発端だとされている。それゆえに、泥棒市場というわけである。
恐らくは今、エグザ地方で一番活気がある市場だ。
ニーチェはしばらく歩いて店を広げることができそうな場所を探したが、少し遅れを取ったのか、よさそうな場所はどこもがっちり占領されていた。
今日は広場の外れで我慢するしかないか、とニーチェが諦めて肩を落としたとき、どこからか甲高い呼び声が聞こえた。
「やっほー、ニーチェちゃん!」
見ると、広場の中央――格好の位置に店を構えた男が、こちらに手を振っていた。
皮製の黒衣に身を包み、鍔広の帽子をかぶっている。口元からひょろりと伸ばした髭が、ドジョウかナマズを思わせた。
ニーチェは小走りでその男の店に向かった。
「マーガスさん、今日も来てたんですね」
駆け寄ってニーチェが言うと、男はにへらっと締まりのない笑顔を返した。
「ニーチェちゃんの顔が見たくてねぇ。今日は来ないのかと思って拗ねちゃいそうになったよ」
この男、名をマーガスといった。ニーチェがこの市場で知り合った魔術師である。よくここで魔術用品の店を開いており、扱っている品々は、ニーチェにとって未知の代物ばかり。奇品珍品が揃う彼の店には顧客も多かった。
彼はひょうきんな性格で、人当たりもよく、たまに売れ残った商品をニーチェに分けてくれることもあった。
「今日はちょっと出遅れちゃったみたいです。いい場所を探してたんですけど……」
「んじゃここで店開きなよ、ほらほら」
ニコニコ笑いながら、マーガスは自分の店の前を指差した。
「でもそこに商品広げちゃうと、マーガスさんの店が見えなくなっちゃいますよ?」
「構わないって、大丈夫、気にしないで。僕はきみみたいに商魂逞しくないからさぁ、のんびり客を待てばそれでいいの」
涙ぐんでしまうほど嬉しい言葉だった。
「それじゃ……お言葉に甘えちゃいますね」
ニーチェは大鞄から絨毯を取り出した。
天気は快晴。場所も上々。あとは売って売って売りまくるのみ。
絨毯の上に盾を並べ、ニーチェは声を張り上げた。
「いらっしゃいませ! ドラーム・プレートはいかがでしょうか!」