夢の果てに
「本日は、あなたを殺しに参りました」
金鈴のごとき声で、女が言った。
表情を変えず、老人は答える。
「そうか」
そのまましばらく、二人は無言で睨み合った。
「嫌ですわ」不意に、女が言った。「冗談だと、わかってくださると思いましたのに」
女は、顔に凛とした笑みを刻みながらも、瞳に宿した冷気を和らげることはなかった。
「残念だな」答える老人の声も鉄のように冷たい。「誰かに脅されたことなど久しぶりだった」
それはそうでしょう、と女があくまで優雅に応じる。
少し間を置いて、彼女は続けた。
「八ヶ月前の事件を、覚えていらっしゃいますか?」
老人は頷いた。
「私は、あの事件の真実を、存じております」
「ほう」老人の顔がかすかに翳った。「それも、残念だな」
「あら、今度の『残念』は、本当の『残念』のようですね」
女の気品に満ちた笑みが、冷笑に変わった。
「それと、あなた方がこれまでにしてきたこと、これからしようとしていることも、すべて調べました」
調べた? と老人が意外そうな声で訊き返す。
「どうやって?」
この問いに答えたのは、女の右側に控えて立つ男だった。
「僕の父をご存知でしょうか?」どこか、どもったような口調だった。「父のコネクションを利用して、かなり深くまで探ることができました」
老人は首を振りながらも、納得した旨を伝えた。
「そうか……。となると、今我々は大きな脅威を抱えていることになるな」
女が頷く。「きっとそうでしょう」
「ならば、ひょっとすると――この場で凍死体を三つ作ってしまうのが、賢明な判断かもしれん」
「いやぁ、それはどうでしょう」
今度は、女の左側に立つ男が言った。
「そちらさんがその気なら、こちらさんもその気になっちゃいますよ」
飄々とした口調である。だが老人の耳には、その言葉が真実味を帯びて聞こえた。
「凍死体が三つできるのか、感電死体が一つできるのか、興味があるなら、試してみるのもいいかもしれませんね」
老人は押し黙った。
「おわかりになりましたか?」女が、相手に意思を押し込むように、小首を傾げてみせる。「権力と戦力を併せ持っているのは、あなただけじゃない」
この言葉は、老人の自尊心を深く抉った。
女は姿勢を正し、可憐な指先を老人に向けて伸ばした。
「まあ、今日のところは、挨拶に伺っただけです。あなたに引導を渡すのは、今ではありません。とはいえ、そう遠くない未来の話ですわ」
「引導だと?」
老人の顔は、激しい怒りに歪んでいた。
だが女は臆さず怯まず、自然な動作で、親指を床に突きつけた。
「ぶっ潰す、ということよ。あなたが持つ財産も、名誉も、権利も、全部奪ってあげるから、覚悟してなさい」