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女子高生とゲームセンターの店員さん

作者: 結城由乃

「えっと……」

 携帯電話を見ながら、左手で後ろ髪を掴む。ゴムで結んでから耳上まである髪も毛束のところで結び、くるりと一回転させる。

「次は――」

 画面を指でスクロールさせ、表示された内容通りに髪をアレンジしていく。『初めてでもできる! くるりんぱのコツ』と書かれているだけあって、初心者目線で説明してくれているのでとてもわかりやすい。そうして携帯と睨めっこすること数分。憧れのくるりんぱヘアが完成したので、姿見の前に立った。

「うん、ちゃんとできてる」

 心配だったおくれ毛もしっかり巻かれているし、初心者にしては上出来だろう。くるりと一回転すると、フレアスカートがふわりと揺れた。ピュアホワイトのトップスとアイスブルーの組み合わせが涼しさを感じさせる。

 その時、窓から燦々とした光が差し込み、思わず呟きが零れた。

「今日も暑くなりそうだなぁ」

 窓の外は快晴だ。冷房が効いているので部屋は涼しいが、外に出れば灼熱の暑さが待ち構えている。気持ちだけでも涼しくしたが、すぐに暑さで上書きされてしまいそうだ。そんなことを思いつつ机のリモコンに手を伸ばそうとして、隣の携帯電話が振動した。

 『これから遊べる?』という簡潔なメッセージがロック画面に表示される。携帯電話を掴み、メッセージアプリを起動して『ごめんね、大事な用があるから』とメッセージを送った。

 すぐに既読の文字がつき、再び携帯電話が振動する。『彼氏!?』と送られてきたメッセージに少し悩んでから『違うよ』と返信し、鞄に携帯電話を仕舞う。鞄越しに振動した気配が伝わってこないので、あれで納得してくれたようだ。

(彼氏じゃないけど、そうなれたらいい人なんだけどね)

 ひっそりと心の中で付け加え、今度こそ冷房を切る。

「いってきます」

 もう一度姿見で自分の格好を確認し、部屋を出た。


 自動ドアが開き、寒すぎるくらいの冷風が頬を撫でる。私は鞄からカーディガンを取り出し、袖に腕を通しながら店内へと足を踏み入れた。

 夏休みのせいか、人が多い。家族連れからカップル、友達同士など幅広い客層がいて、すれ違う人とぶつからないようにしながらアミューズメントエリアに向かう。

(いるかな)

 きょろきょろと辺りを見渡すが、目当ての人物は見つからない。

(あ……)

 探している人は見つからないが、違うものが見つかった。以前、ネットで検索して欲しいと思っていた景品だ。

 人気の台なのか、利用客の後ろにも人が並んでいる。よく見たらガラスに『おひとり様1個』までという注意書きが貼られていた。

(メダルゲームで遊んでから、また来てみようかな)

 景品は欲しいが、一番の目的ではない。もしかしたらメダルゲームエリアに探している人がいる可能性だってある。そう思い踵を返し、しばらく歩いて足を止めた。

(いた……!)

 店名のロゴが入ったシャツを着ているので、一目でゲームセンターの店員だとわかる。ドキドキと心臓がうるさい。たくさんのお客さんに姿が紛れそうになっても、見失うことはしなかった。

 途端、自分の格好が気になってくる。姿見で確認したけれど、ここにくるまでの間にセットが崩れてしまったかもしれない。

 手探りで手鏡を探す。一瞬でも鞄を見ればいいだけなのに、店員さんの姿を見失いたくなくて視線を引き剥がせない。ようやくそれらしきものに指先が触れ、掴んで取り出そうとして息を呑んだ。

(こ、こっちに来る……!)

 穴があくほど見つめ過ぎたせいだろうか。頭が真っ白になり、ただただ立ち尽くすことしかできない。店員さんは私の前で足を止め、にっこりと微笑んだ。

「こんにちは。いつも来てくれますよね」

「は……はい……」

 緊張で喉がひりつく。それでもどうにか返事をした。

(店員さんに覚えてもらえてた)

 緊張を嬉しさが上回る。頬が緩みそうになり、必死で表情筋を保っていると背後から声をかけられた。

「すみません、景品動かしてください!」

 振り返ると、肩口で髪を揃えた女性がいた。店員さんにアシストを頼みにきたらしい。

「すぐ伺います」

 店員さんは私に頭を下げてから、女性の後を追う。女性が向かったのは『おひとり様1個』までと注意書きが貼られている台だ。

「ここまで動かしたんですけど、何度やっても落ちなくて」

「少し移動させますね」

 ガラスを開け、箱を掴む。置き直しながら、アームの動かし方を丁寧に説明している姿にあの日の情景が蘇ってきた。


(どうしよう……)

 クレーンゲームの前で途方に暮れる。残金は200円。ガラス向こうにある景品はぴったり2本の棒の間に嵌ってしまっていて、アームで掴んでもびくともしない。

(残りのお金で景品をゲットするのは難しい……よね)

 そもそもこんな大きな景品を狙ったのは初めてだ。自分の好きなキャラクターがゲームセンターの景品になっている! と喜び勇んできたものの、あまりの難しさに今となっては後悔しかない。

「はぁ……」

 自然と溜息が漏れた。かなりお金を使ってしまったけれど、諦めも肝心だ。そう自分に言い聞かせるが、名残惜しく景品を見てしまう。

 今月のお小遣いをほとんど使ってしまったのに、取れないのは悔しい。残りのお金で奇跡的に景品をゲットできるのでは、なんて悪魔の囁きに耳を貸しそうになる。

 握り締めた手を開き、また握り締める動作を繰り返す。

「あの」

「!」

 驚いてお金を落とすところだった。長いこと台を占拠していたから、他のお客さんが痺れを切らして声をかけてきたのかもしれない。

「すみません、すぐ移動しますから」

 振り返り頭を下げようとして、目を見開く。お客さんではない。

「あちゃー、やっぱり見事に嵌っちゃってますね」

 声をかけてきた男性――ゲームセンターの店員さんはガラス向こうを見て、額に手を当てた。

「そうじゃないかと思ったんですよ。これだとアームで景品を掴んでも、ぜんぜん動かないでしょう?」

「はい! もうピクリとも動かなくて!」

 ぶんぶんと首を縦に振る。

「こうなったら遠慮なく店員を呼んでいいですよ」

 そう言いながら、筐体の鍵穴に鍵を差し込む。ガラスを開け、2本の棒でぎりぎり箱を支えられているかどうかというくらいの位置に置き直してくれた。

「持ち上げるとまた嵌ってしまう可能性があるので、爪で景品を押してください」

「爪……?」

 ? と首を傾げる。店員さんはアームの尖っている部分を指差す。

「これを爪というんです」

「へえ……!」

 勉強になる。それに景品はアームで掴むもの、という意識があったから押すという発想はなかった。ガラスを閉め、『どうぞ』と筐体を譲ってくれる。

(よし)

 心の中で気合を入れ、投入口にお金を入れる。アームを動かし、箱の中央にきたところでボタンを止めた。アームが下降し、箱に爪が当たる。すとん、と小気味良い音と共に景品が落下した。

「おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 すかさず店員さんがポケットから景品袋を出してくれる。取り出し口に落ちた景品をその中に入れてから、店員さんに向かって深々と頭を下げた。

「本当にありがとうございます。おかげでゲットできました!」

「いえいえ。こちらも喜んでもらえて嬉しいです」

 店員さんの笑顔に胸が温かくなる。親切な店員さんが近くにいてくれて良かった。そこでふと、こんなにも都合良く店員さんに声をかけてもらえるものなのかという疑問が湧く。

(そういえば……)

 先ほど、『やっぱり』と言っていた。私がここでプレイしているのを見ていたのかもしれない。

「お金をたくさんかけたお客様には、なるべく景品を持ち帰ってもらいたいですから」

 その口ぶりからやはり見られていたのだとわかった。かあっと顔が熱くなる。

「いっぱいお金を使う子だって、呆れましたよね……」

「呆れるより、それだけ欲しいんだろうな。取らせてあげたいなって思いましたね。だから、かなりおまけしちゃいました」

 その言葉通り、あれだけお金をかけたのにたった一回で取れてしまった。

「……そんなことをして大丈夫なんですか?」

「さすがに数百円のお客様だったら店長に怒られますけど。ある程度、お金を使ったお客様にはサービスしてもいいって言われているので」

 それなら店員さんが怒られることはなさそうだ。

「良かったら、また来てくださいね」

 微笑まれ、心臓がドキリとした。さっきよりも顔が熱い。きっと耳まで真っ赤だ。

「は、はい。えっと、失礼します」

 ぺこりと頭を下げ、景品袋を胸に抱いて駆け出す。まだドキドキしている。店員さんの笑顔を思い出すと、きゅっと胸が締め付けられた。

(これって、これって……!)

 “恋”と名がつくものなんじゃないだろうか。たった一度、親切にしてもらっただけで恋に落ちてしまうなんてあり得ない。そう否定する気持ちに現実を突きつけるように、胸の鼓動はおさまるどころか激しくなっていく。

「…………」

 足を止め、振り返る。店員さんはまだそこにいて、新しい景品を出しているところのようだ。後ろ姿にすら胸がときめいて、認めるしかなかった。

 ――望月ひまり、16歳。名前も知らないゲームセンターの店員さんに恋、しました。


 あれから放課後はもちろん、休みの日もゲームセンターに通い詰めている。おかげで店員さんに顔を覚えてもらえたが、恋愛関係に進展させるには弱い。

(最も効果的なのは、一緒の職場で働くことだけど……)

 入り口に貼られていた求人張り紙を思い出す。『アルバイト募集中!』とでかでかと書かれた文字の下に業務内容、年齢、給与の項目があり、私は年齢で引っかかってしまったのだ。

(私が大学生だったら、ここで働けたのになぁ)

 心の中でぼやきつつ、メダルゲームエリアに移動する。アシストしてもらったお客さんは景品を無事ゲットできたようで、店員さんに頭を下げていた。

 いつまでも店員さんを見ていたいが、こんなところに突っ立っていたらお客さんの邪魔になるし、店員さんだって気になるだろう。

「はぁ……」

 思わず溜息が零れる。だが、それもゲームセンターの喧噪にかき消されてしまった。


「ただい――」

「ひまり、ちょうど良かった!」

 リビングのドアが開き、お母さんがぱたぱたとこちらに駆けてくる。

「どうしたの、お母さん?」

 半開き状態になった玄関ドアを閉めつつ、尋ねた。

「お醤油を切らしちゃったの、料理をしてて気づいて……。悪いんだけど買ってきてもらえない?」

「いいよ」

 スーパーは駅の近くにある。幸いここから歩いて数分の距離だ。走れば晩ご飯の準備に間に合うだろう。私は再び玄関ドアに手をかけた。


 夕焼け空を見ながら、家路を急ぐ。信号機で足止めを食らってしまい、少し遅くなってしまった。足早に道路を渡り、右に折れる。

 前方をスーツ姿の男性が歩いていて、背中から哀愁のようなものが漂っていた。私は夏休みに入っているが、仕事があるのだろう。お父さんも普段と変わらず仕事に行っている。

(お疲れ様です)

 男性の横を通り過ぎざま、小さく頭を下げる。目を合わせていないし、ほとんど動きもなかったので不審には思われなかったはずだ。

 顔を上げ、前方に目を向けて息が止まりそうになる。

(な、何で……)

 ボトッと、大きな音が響いた。前方を歩いていた人が振り返り、腰を屈める。

「落としましたよ」

 そこでようやく自分がスーパーの袋を落としたのだと気づいた。もたつきながら受け取る。

「あれ? 君は……」

 男性の目が見開かれた。アイボリーのサマーニットに黒のスキニーパンツという出で立ちに変わっているが、間違いなくゲームセンターの店員さんだ。

 私は昼間ゲームセンターを訪れたときと変わらない服装なので、私だと気づいてもらえたのだろう。

「こ、こんばんは」

「こんばんは。こんなところで会うなんて奇遇ですね」

「はい……。まさか店員さんに会うとは思わなかったので、驚きました」

 店員さんが歩き出す。その隣に並び、見上げながら話を続けた。

「私、家がこの近所なんです」

「そうなんですね。俺……私の実家もこの近くなんです。夏休みに入ったので、こっちに帰って来たんですよ」

 途中で一人称を言い直す。普段は俺と言っているのだろう。ゲームセンターでは見られない違う一面を見られた気がして、無性に嬉しくなってしまう。

「もしかしたらご近所かもしれませんね。あ、私の家の近くに小さな公園があるんです。丸井公園って言うんですけど、知ってますか?」

 舞い上がっているせいか、すらすらと言葉が出てくる。

「ええ。少し遠いので、子供の頃は違う場所で遊んでましたけど」

 詳しく聞いてみると、店員さんの実家は私の家から歩いて20分ほどの距離のところにあるとわかった。そこそこのご近所さんだ。

 そのとき、天啓のようにひらめく。これは店員さんとお近づきになるチャンスではないか? 私は流れる動作で鞄に手を入れ、携帯電話を取り出していた。

「良かったら連絡先、交換しませんか?」

「えっ」

 私の唐突な提案に店員さんが目を丸くする。

「ご近所ですし、これを機に仲良くなれたらと思いまして……」

 最後は尻すぼみになってしまった。ゲームセンターでしか交流のない、知人と呼べるかどうかという人間から連絡先交換を求められている。普通に考えて怪しいし、断られるかもしれない。

 携帯電話を握り締めた手が震える。勢いのまま行動したことを後悔しそうになったとき、店員さんがポケットに手を入れた。

「いいですよ」

 そして、柔らかい笑顔と共に携帯電話を向けられる。

「えっと……?」

「連絡先、交換しないんですか?」

「し、します! しますします!」

 食い気味に反応してしまった。携帯電話に表示されたコードを読み取り、無事に連絡先交換が完了する。

(星野護さん……って言うんだ)

 友達に新しく追加された名前を食い入るように見つめてしまう。店員さん――星野さんが足を止めた。

「私はこの先なんで、ここで失礼しますね」

「は、はい、失礼します!!」

 信号機が青に変わり、星野さんの姿が遠ざかっていく。私は携帯電話を胸にあて、小さく呟いた。

「星野さん……」

「護、さん」

 ふにゃりと頬が緩む。傍から見たら携帯電話を手にしてニヤニヤしている不審な人だが、人目が気にならないくらい浮かれている。

 家に帰ったらメッセージを送ってみよう。私は軽い足取りで家路に着いた。

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