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第八十四話 雪片くん、鈴蘭ちゃんと食べさせ合う

恋人同士の定番ですけど、初心者の二人は果たして出来るのでしょうか?

 昼休み、空き教室で弁当を一緒に食べようと鈴蘭達を誘ったところ、柏井と椎原に辞退された。付き合いたてのカップルの空気に中てられたくないということだが、別に付き合う前と変わってないと思う。


「千島君、やっぱり自覚無いのね」

「二人は普通だと思ってても、周りからはそう見えないからね?」


 ともかく、断られた以上二人きりで食べるしかない。いつも通りレジャーシートを敷いて弁当を並べる。毎回思うが量も栄養バランスも考えられていて、食べる人間への気遣いが感じられる弁当だ。


「弁当くらいは冷凍食品を使って、もう少し朝ゆっくりしてもいいんじゃないか?」

「自分だけが食べるならともかく、雪片くんも食べるものに楽をしたくないから、使わないよ」

「気を抜くのも必要だと思うが」

「毎日三食作ってるわけじゃないから、このくらいで手抜き出来ないよ」


 そんなものだろうか。ただこの向上心と真面目さが、鈴蘭を学年トップの成績に押し上げ、維持させている秘訣なのだろう。数学で追い抜いたものの、他の教科では全くかなう気がしない。


(勉強でもそうだから、料理については言わずもがなだな)


 密かに鈴蘭の料理の再現を目標に、たまに自室で夜食を作るときがあるが、日々味わっているだけに真似事にすらなっていないのがわかる。味はもちろんのことだが、手際の良さについてもそうだ。


「鈴蘭、どうやったらお前みたいに手際よく作れるんだ?」

「手際よくって、ただ手が早いだけだって。わたしよりもかか様や桔梗ちゃんの方が、お料理そのものの完成度は上だよ」


 母親である楓さんはわかるが、妹に対しても負けていると断言する鈴蘭。コイツは控えめだから謙遜することが多いが、恐らくこれは事実なのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。


「たとえ誰かに負けてても、俺が鈴蘭の料理を一番好きなことに変わりはない。それに、俺の部屋にわざわざ来て、俺だけのために料理を作ってくれるのは、鈴蘭しかいないだろう?」


 結局のところ、味も大事だがそれ以上に誰かのために作るという真心が大事なのだ。それが自分に向けられているものならば、それ以上に特別なものなど無い。手料理に飢えていた俺だからこそ、余計にそう思うのだ。


「雪片くん、その、ありがとう。そういう風に思ってくれて嬉しいよ」

「言っておくがお世辞じゃないぞ?」

「わかってるよ。そんな恥ずかしいこと、お世辞じゃ言えないもんね」


 言われて自分の発言を思い返し、あまりにもクサい台詞を吐いたことに俺は頭を抱えた。穴があったら入りたいとはまさにこういうことを言うのだろう。俺は恥ずかしさを誤魔化すため目の前にある弁当に手を付けようと箸を伸ばすが、


「ちょっと待って」

「......何で止めた?」

「せっかくお付き合いを始めたわけだから、定番のあれをしたいなって思って」

「あれってなんだ?」

「ほら、あーんってやつだよ」


 ああ、たまに屋上でカップルがベンチでやってたあれか。やるのはものすごく恥ずかしいが、先ほど特大の恥をかいたので今さらだ。それにどうせやるなら誰もいない今した方がまだマシだ。


「やるのは構わないがどっちからするんだ?」

「今回はわたしからするよ。食べさせてあげるから何を食べたいか言ってね」

「じゃあ卵焼きで」


 食べさせてくれるものを選べるのなら、最初に好物を食べたい。鈴蘭はリクエストに応え卵焼きを自らの箸で取り、俺に向け差し出す。口を開けるのは当然として、目を開けていると鈴蘭が食べさせにくいと考え、俺は目を閉じた。


「雪片くん、はい、あーん」

「んっ」


 卵焼きを口に入れられたので咀嚼する。いつも通り俺の好みの味付けで、自然と美味いと口から感想が漏れるも、鈴蘭からのリアクションは無い。何となく目を開けてみると、どういうわけか彼女は恍惚の表情を浮かべていた。


「はぅぅ、可愛い///」

「おーい、鈴蘭どうした?」

「はぅぅ! な、何でも無いよ!!」


 真っ赤になって悶える鈴蘭に呼びかけたところ、かなり動揺された。何があったのか非常に気になるが、聞いても教えてくれなさそうなので、そのまま続けることにした。


「じゃあ次は俺が食べさせる番だ。何を食べたい?」

「......卵焼きで」

「了解。それと理解してると思うが、目は閉じろよ?」

「わかってるよ」


 先ほどの俺と同じように、目を閉じて口を開け待つ鈴蘭。その様子は親鳥に餌を貰う雛鳥のように無防備だった。


(可愛いな)


 食べさせずにこのまま見ていたい欲求が起こる。しかし食べさせなければ絶対に拗ねるので小さな口に卵焼きを放り込んだ。美味しそうに食べるその顔は、俺をみとれさせるには充分で、鈴蘭が恍惚の表情を浮かべていた理由も同時に理解した。


(ただ食べさせるだけの俺でもこんなに楽しくて幸せに思うんだ、弁当を作った鈴蘭はもっとそう考えてるだろうな)


 とはいえ、このまま食べさせ合っていたら時間内に食べきれない。そう思った俺は自分の弁当に箸を伸ばし、唐揚げを食べようとしてあることに気付いた。


(しまった。この箸、鈴蘭に食べさせるのに使ったから間接キスになる!)


 俺でも割と恥ずかしいのに、鈴蘭がこれに気付いたら気絶してしまう。キスもまだの俺達には早かったのだと悟ったものの、気付かない振りして普通に食べることにした。幸い、鈴蘭は気付いてなかったようで食べ終わってから俺は胸を撫で下ろしたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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