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第八十話 雪片くん、鈴蘭ちゃんに口づけする

 時水さんからかかってきた電話は、普通に鈴蘭と付き合い始めたことを祝福するもので、割とすぐに終わった。そのあとは風呂が空いたと鈴蘭が訪ねてくるまで、ずっと筋トレをしていた。彼女の家ですることじゃないと内心思ったが、他に暇潰しを思い付かなかったのだから仕方が無い。


(近いうちに趣味を探さないとな)


 シャワーを浴びながらそんなことを考える。パッと思い付くのは読書だが、自室には教科書以外の書籍は置いていないので、読書以前の問題だ。


(彩芽さんに許可を取って、部屋にある本を読んでみるのもいいかもしれないな)


 部屋の中のものは自由に使っていいと言われているが、勝手に漁って読むのは気が引ける。ただ許可が取れれば花言葉や誕生花の本を読んでみたい。俺の名前にまつわる、スノーフレークにどんな意味があるのか知りたいからだ。そもそもスノーフレークがどんな花なのかすら知らないのだが。


(あとで鈴蘭に聞いてみるか。アイツ花にも詳しそうだし)


 そう考えたところで、鈴蘭と話したいことが次から次に湧いてきていることに気付く。人付き合いが苦手だった俺が、誰かと積極的に話したいと思うなんて、人は変われば変わるものだなと一人納得して湯に浸かった。


(少し温いが、このくらいでちょうどいい)


 これから寒くなってくるので、逆に熱すぎない方が体にいいのかもしれない。俺も風邪を引かないよう気を付けなければ、体が強くない鈴蘭や桔梗、楓さんに移したら一大事だ。


(誰かと暮らすって、そういう部分にも気を遣うんだな。そういえば、鈴蘭は雛菊達に俺と半分同居してることを教えてるんだろうか?)


 アイツのことだから教えてるか、バレてそうな気がする。まあ他校の生徒だし、雛菊と桐矢も互いの家を行き来する仲なので知られていても問題ないのだが。


(どっちかというと柏井と椎原に知られてるかが問題だな)


 二人とも俺達の関係を弄ってくるものの、悪意ある噂は流さないタイプなので、知っているなら言いふらさないように頼めばいい。逆に教えてないならまだしばらく秘密にしておきたい。


(下手に教えて誰か他の人間に聞かれでもしたら、悪い意味で騒ぎになるからな)


 交際程度なら学校側に知られても口出ししてこないだろうが、若い男女が一つ屋根の下で同居してるとなれば話は別だ。こんなことで三島を呼ばれて、さらに問題をややこしくしたくない。


(とりあえず、どこまで知られてるか鈴蘭に確認しておかなければな。ただ明日に聞くつもりだが)


 付き合い始めた日の夜にする話に、彼女以外の女の名前を出すのもどうかと思うから。二人だけの時間を、出来るだけ長く過ごしたいと思いながら風呂から出て、彼女の部屋へと向かった。


「あっ、雪片くん。早かったね」

「男の風呂だからこんなものだろう。それより眠気は大丈夫か?」

「......うん」


 ベッドの上で正座して待っていた鈴蘭は、少し眠そうに目を擦ったあと、俺を笑顔で迎えてくれた。その子供っぽい仕草が妙に似合っていて可愛らしかった。


「そうか。眠くなったら気にせずベッドに入れ。寝かせて欲しいなら別だが」

「はぅぅ、それは恥ずかしいよ///」


 そう言って、頬を染めながらベッドで横になる鈴蘭。付き合う前に何度か眠った鈴蘭をベッドに寝かせたことがあるので慣れているが、起きているうちにされるのは恥ずかしいらしい。彼女の可愛い行動に一人頬を緩めていると、ベッドの中から小さな手が差し出された。


「あの、お話してる間、手を繋いで貰えるかな?」

「別にいいぞ。ただ話すだけじゃ物足りなかったところだ」


 鈴蘭の手を握ったことで、手のひらの温もりが伝わってくる。俺の体温を感じ安心して緩んだ顔になった鈴蘭を見て、少々いたずら心が湧き起こった俺は、聞こうと考えていたあの質問をぶつけてみた。


「なあ鈴蘭、お前キスされても大丈夫か?」

「は、はぅぅぅぅ!?」


 もともと赤かった顔をさらに赤くしながら、鈴蘭は大きな鳴き声を上げた。声に気付いて桔梗が起きて訪ねて来ないか心配したが、どうやら杞憂だったようだ。


「声が大きいぞ」

「だ、だって~、いきなり変なこと聞かれたから」

「変なことって、恋人同士ならキスくらいしてもおかしくないだろう?」


 恋愛初心者の俺でさえそう思うのだ、そこまで常識外れなことでは無いだろう。だが鈴蘭にとっては一大事なようだ。


「だって、キスだよ? それもファーストキスだよ? 一大事に決まってるよ」

「俺の言い方が悪かった。別に唇にするとはひと言も言ってない」

「それでも大ごとだよ! 好きな人にキスしたりされたりするんだから!」

「そんなものか。で、実際どこにならされて大丈夫なんだ? 頬でもおでこでも、何なら手でも髪でもいいぞ?」


 足にするという選択肢もあったが、さすがにマニアック過ぎるのでやめておいた。やったらやったで怒られそうな気もするし。俺から提示された選択肢に鈴蘭は悩み、小声で手と答えた。


「それでいいのか?」

「うん......お顔だとどきどきし過ぎて、気絶しちゃいそうだから。髪だと逆にキスされたって実感湧かないから」

「わかった。繋いでる方の手でいいよな?」


 俺は一度鈴蘭の手を離してから、跪いてその手の甲へと口づけした。これから鈴蘭のことを守っていきたいと、自分自身の願いも込めながら。

お読みいただき、ありがとうございます。


まともなキスまでは、まだしばらくかかります。

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