第六十一話 雪片くん、三人に事情を打ち明ける。その二
翌日、学校から帰った俺は話の続きをするため佐藤家のリビングにいた。昨日バイトから帰ったあと、楓さんと桔梗の二人がすでに寝ていて、鈴蘭も眠そうだったからだ。
(いつものことだからいいけどな)
彩芽さんが木彫りをしたいと言ってきたので、鍵を貸して俺もその日は眠った。その彩芽さんも仕事のため今日も不在のため、リビングにいるメンツは昨日と同じだが、昨日と違うのは鈴蘭がノートとペンを持っていて、記録係を務めているところか。
「確か昨日の続きは、俺がどうしたいかだったな。まずあの電話があってから俺が考えた案は、幾島の要求通りの金額を支払っての現状維持か、月末かかってくる電話の内容を録音して、脅しと取れる発言があれば児童相談所に自ら通報すると逆に脅し、交渉するの二択で俺は後者を選んだ」
交渉内容は借金の取り立ての停止と毎月の支払額の減額だ。幾島は自身の社会的評価が低下するのを嫌っていたこともあり、それなりに勝算があった。そのつもりで動こうとした。
「だがまさか時水さんが録音してて、鈴蘭も聞いてるとは思わなかった」
「それの何が問題なのかな?」
「身内以外も知ってるってとこだよ。基本的に虐待をしたのが身内じゃ無いなら通報するだろ? だから釘を刺す意味も込めてこうやってバラしたんだ」
時水さん達には登校時、警察や児相に通報はしないで欲しいと頼み込んでいる。土橋さんは不満げだったが、時水さんの方が察してくれて助かった。ただ、俺の親族の名前と住所、連絡先を覚えている限りすべて教えろと交換条件を出された。
『何に使うつもりっすか?』
『案ずるな』
そう言っていた時水さんの目の奥は妖しく輝いていた。無茶はしないと思うが少し不安だ。それはともかく、鈴蘭達にも口止めはしておくことにする。
「それでどうして釘を刺したかというと、通報まで行くと最悪俺の身柄が児童保護施設に送られかねない。親族の大人全員が大なり小なり共犯者になるからな」
「ああ、そういう理由なんだね」
「今さら引っ越しとか転校とかしたいとも思わないしな。理不尽な取り立てを止めてくれればそれでいいし、借金減らしてくれるなら万々歳だ」
俺としては今の生活を守ることを最優先に考えているので、それを脅かす輩は排除したい。だからこそそいつらに強すぎる処分は望んでいない。
「というか雪片くん、それだけでいいの? もっと厳しくすべきだよ。雪片くん本人の借金じゃ無いんだし帳消しにしてもらってもいいと思うよ?」
「虐待を受けていたのでしたら逆に損害賠償を求めてもいいと思うんですけど」
「私はその、雪片お兄さんの主張もわかる気がします。いくら酷くてもこれまで生活のお世話をしてくれた人達を、傷付けたくないでしょうし」
俺が挙げた譲歩の内容を、鈴蘭と楓さんは軽いと考えたのか不満を口にし、意外にも俺の肩を持ったのが桔梗だった。ただ桔梗の意見は的外れだ。俺はあえて関係を切らないために、そんな条件を出そうと考えているんだ。
「俺としては借金の返済が終わるまでの間はそいつらに保護者や保証人になってもらって、完済してから縁を切る予定だからな」
感情的には今縁を切りたいと思わなくも無いが、一時の感情に流され天涯孤独の身となるよりはいいと考え、そういう結論を出した。俺の社会基盤が安定するまでは精々アイツらを利用させてもらうつもりだ。
「保護者はともかく、保証人ならわたしかあやくんがなりますよ?」
「いやいや、そんな簡単に言わないで欲しいっす」
「簡単じゃありませんよ。雪片君のこと信じてますし、あやくんも同じこと言うと思いますよ?」
「本当っすか?」
後で確認したところ本当に同じ事を言っていた。一番厳しい彩芽さんでもそうなのだからこの一家はどれだけお人好しなのだろう。詐欺師に騙されないか心配になってくる。
「とと様も、意外と一度信じた相手には甘いからね。それはそれとして雪片くん、どうせならもう一つ条件追加しようよ。雪片くんのことを悪く言わないって」
「......その発想は無かったな」
罵倒されるのに慣れているため、それを止めさせるという考えに至らなかった。鈴蘭によってノートに幾島達への交渉内容が書かれていく。
「かか様と桔梗ちゃんは何か思い付かないかな?」
「でしたら、雪片君の生活に干渉してこない、ですね」
「えっと私は雪片お兄さんが大人になるまでお金をサポートする、でしょうか?」
「いいねそれ」
さらに書き加える鈴蘭。別にそこまでする必要ないんだが。そう呟いたところ、鈴蘭はペンを止めて立ち上がった。
「あ、の、ね! 雪片くんがアルバイトしてるから、わたし一緒に遊べる時間削られてるの! もっと一緒にいたいの!!」
「お、おう」
久し振りに怒られてしまった。よく聞けばすごいことを言っている気がするが、残り二名が何も指摘しないためスルーされ、さらに鈴蘭の発言は続く。
「それにお金のこと保証してくれなかったら、雪片くん修学旅行にも行けないんだよ? 来年のことだけどもし同じクラスになれたら、一緒に回ろうって思ってるのに!」
「そっか。でもな鈴蘭、その辺は奨学金でも出るぞ?」
俺はなだめようと思い言ったのだが、これが火に油を注いでしまったらしく、学費も出さない保護者って何なのと、うちの親族は佐藤家全員を敵に回してしまったようだった。
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