第四話 雪片くん、ご飯を食べる
流れ出した涙がやっと止まったので、俺は目の前の食事に手を付けた。だがそこでも落涙してしまった。念のため、俺が涙もろいわけでは決して無い。
「はぅぅ!? お兄さん大丈夫ですか!? 私達何か変なもの入れましたか!?」
「桔梗ちゃん、多分違うと思うよ。だって泣きながら食べてるから。千島くん、感想は?」
「美味い......」
ああ美味いとも! 手料理がここまで美味くて温かいなんて知らなかった! そう心の中は叫んでいたが、佐藤にそれを知られるのは癪なので短く告げるに留めておいた。無言だと妹さんに悪いからな。
「ほらね。言っておくけど、わたし達も食べてるけど、そもそも君のためにこれ作ったんだからね?」
「ぐっ......!!」
「その反応、君ってよっぽど『飢えてた』んだね」
ちくしょう、わかられてやがる。何が楽しいのか小悪魔チックにニヤニヤ笑ってるのが似合いすぎて余計に腹が立つ!
「はぅぅ? 鈴蘭お姉ちゃん、それってどういう」
「あとで教えるよ。ここで暴露してもいいけど、そうしたら千島くんが可愛いもとい可哀想だからね」
「この、悪魔......」
「んー、泣きながら凄んでも、全然怖くないからね?」
俺が悪態をついても佐藤は涼しい顔でスルーしてやがる。食い終わったら覚えてろよと考えていると、控えめな笑い声が聞こえてきたため、俺も佐藤も声の主を見た。
「すみません。鈴蘭お姉ちゃんがこんなに楽しそうに誰かと話してるの見るの、久しぶりでしたから」
「はぅぅ!!」
「そうなのか、ってどうした佐藤、固まってるぞ?」
微笑む妹さんの言葉で、妙な鳴き声を上げ微動だにしなくなった佐藤。その整った顔はまるでトマトのように赤くなっていた。やがて、ギギギと錆びた機械を動かすみたいにゆっくりとその首を妹さんに向けた。おい佐藤、瞳から光が消えてるぞ?
「き~きょ~う~ちゃ~ん? あとでお仕置きだよ?」
「は、はぅぅぅぅ!!」
佐藤のお仕置きのひと言で、妹さんはすっかり怯えてしまっていた。これだけ怯えるなんて一体どんなお仕置きしてるんだよ。
「別に、千島くんには関係ないよ。でも、えっちなのじゃないからね?」
「いやでも、お前顔赤いぞ?」
「こ、れ、は、全然違うから!!」
「そうか」
こんな風に賑やかな食事を楽しんでいるうちに、いつの間にか俺の涙は乾いていた。しかし、楽しい時間はいつまでも続くわけもない。かなり量があった食事を、全て平らげ俺は席を立った。
「どうしたの千島くん?」
「そろそろ帰るぞ。メシ、美味かった」
「えー、まだいてもいいのに。何なら夕飯も食べていく?」
「い......いや、これからバイトだからな。遠いから時間がヤバい」
危うくいいのかと聞き返すところだった。どうも俺は佐藤にチョロいと思われているようだ。メシは美味かったものの、コイツに絆されるわけにはいかない。それに、バイト先が遠いのも事実で、早く行かないと準備に時間もかかるため遅刻してしまう。
「そっか。でもいつでも食べに来てよ。今回桔梗ちゃんとの合作だったから、恩返し的には半分にも満たないし」
「別に今回ので充分だぞ?」
メシをご馳走してくれただけでも俺の中ではトントンなのに、美少女姉妹の手作り料理ともなれば、逆に貰いすぎだろう。ところが、佐藤はそう思わなかったようで、俺の返答に頬を膨らませていた。
「あのね、たかだか一回の食事であからさまに顔色変わった人を、放置なんか出来ないからね!」
「そんなに変わったのか?」
「例えるなら、浜辺に打ち上げられて三日経った魚から、三十分くらい経った魚くらいには変わったよ」
佐藤のあまりの例えに俺は言葉を失った。それ、どっちも死んでるからな。つまりさっきまでの俺は腐ってて腐臭まで出ていたってことか?
「それ酷くないか?」
「だって調子の悪いときの桔梗ちゃん以上に顔色悪かったんだよ?」
「確かにその、お兄さん病院で見る人より体調悪そうでした」
小悪魔っぽい佐藤はともかく、真面目そうな妹さんにまでそう言われるってことは、マジで死人同然だったんだな。
(仕方ない、食費が心配だがたまにはまともなメシ食べよう)
そう俺は心に誓った。それと、この二人特に佐藤には俺の食生活がバレないようにしなければ。最悪アパートまで突撃しかねない。来るときに家の場所を教えたのは失敗だったと思いながら、当たり障りのない返事をした。
「今後健康には気をつける」
「よろしい。あんまり顔色悪かったら、またうちに誘うからね?」
「へいへい」
「返事は一回!」
「へーい」
「あの、お急ぎなのですよね?」
「「あっ!!」」
困り顔の妹さんに指摘され、俺も佐藤もハッとした。そうだった。佐藤が話し上手なためつい話し込んでしまった。俺が会話に飢えているのも多分にあるだろうが。これ以上ぐだぐだになる前に退散しよう。
「じゃあな二人とも」
「挨拶は、行ってきますだよ?」
「(コクコク)」
「わかった。行ってくる」
「「行ってらっしゃい(です)♪」」
そうして俺は二人に見送られ、バイト先である冷凍庫へと向かったのだった。この日をきっかけに俺は、佐藤鈴蘭と深く関わっていくことになるのだが、当然この時点の俺はそんなことなど知る由もなく、極寒の冷凍庫で震えながら荷物を運んでいたのだった。
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