第五十話 雪片くん、鈴蘭ちゃんと後夜祭に参加する
俺がミスコン会場に戻った頃には、すでに観客も散り散りとなったあとで鈴蘭の姿も無かった。その場に残っていた文化祭実行委員長に行き先を尋ねると、妙ににやついた顔で答えたのだった。
「佐藤なら友人二人が連れて行った。時間が無いって急いでたみたいだったぞ」
「急いでたなら、クラス展示の受付をするためっすね。行き先わかってよかったっす」
「行かないのか?」
「下手に行っても邪魔っすから。それより、片付けと準備っすね」
多分クラス展示の受付のためだろう。ちなみに俺は初めから受付から外されている。理由は俺の見た目が無駄に威圧感があるからだろう。
(まあ、別にいいんだが)
個人的には楽しかったので満足だ。キャンプファイヤーの準備をしながら、先ほどまで頼まれていた雑用について思い返す。
(担任に仕事と言われて行ってみれば、何で彩芽さんと楓さんがやらかしてるんだか)
確かに二人とも文化祭を見に来ると言っていたが、何故トラブルを引き起こすのか。彩芽さんは歩く度に学生、外部の人問わずナンパされてるし、楓さんはお化け屋敷に間違って入って、入口で気絶してるしで、後処理が大変だった。
(鈴蘭を連れて行かなくて本当によかった)
親の醜態を知った子供がどう思うかなんて、言うまでもないからな。ただ放置してしまったのは事実のため、あとで文句を言われるくらいは覚悟している。
(まあそのときは謝るしかないな。それにしても、まさか鈴蘭がミスコンに参加するなんて思わなかった)
優勝したことについては外見や内面を考えればあり得ると思っていたのだが、そもそも何故参加したのかがわからない。それ以前に、俺があの場を離れる前は観客として楽しむつもりでいたと思うが、何がそうさせたのだろうか。
「うーん、わからん」
「何がわからないんだ?」
「......委員長、忙しいんじゃないっすか?」
キャンプファイヤーの準備を終え、一休みしていたところに委員長が話しかけてきた。文化祭はまだ続いているため、俺に構っている余裕はないはずだ。咎めるように睨むが、委員長は意に介さない。
「確かに忙しいが、影の功労者を労いに来るくらい許せ。雑用係の千島は実行委員会の集まりに出られないから、このタイミングじゃないと言えなかったんだ」
「ありがとうございます」
「こういうときは敬語なんだな。まあいい、それより今日はバイトは休みなのか?」
「そうっすね。今日は休み貰ったっす」
いつも俺の帰りに合わせて鈴蘭も帰るため、バイトのシフトが入っていると鈴蘭が後夜祭に参加出来なくなる。だから今回は休ませて貰った。
「そうか。だったら後夜祭をしっかり楽しめ」
「そのつもりっすよ」
仕事に戻る委員長を見送り、自分なりにどうすれば一番後夜祭を楽しめるのかを考えたところ、真っ先に頭に浮かんだのは鈴蘭の笑顔だった。
(確かに、鈴蘭と一緒にいると楽しいよな。たとえ会話がなくても、傍にいるだけで全然違う)
特に最近は行動を共にするのが当たり前だったため、別行動を取っていた文化祭の準備期間はどこか物足りないと感じていたくらいだ。なので、今日一緒に過ごしたいと誘ってくれたのが、本音では嬉しかった。
(だったら今回はこっちから誘ってみるか。なんなら放置したことを謝るって理由もあるわけだしな)
そう考え、文化祭終了のアナウンスと共にグラウンドから移動し、校舎へと入り鈴蘭の教室へと向かったのだが、どういう訳か全方位から視線を感じた。特に女子からの視線は、バイトの面接で感じた、俺を値踏みするようなものだった。
(なんだろうな、これ?)
そのような視線を向けられる心当たりがないため気にせず歩いていると、遠目に鈴蘭の姿を見つけた。向こうも俺に気付いたようだったが、何故か鈴蘭は脱兎のごとく逃げ去ってしまった。
(......何でだ?)
想定していないリアクションに内心戸惑う。家にいるときのアイツなら寄ってくるだろうし、学校でも普通に話すくらいはする。ああして露骨に避けられるのは初めてだ。呆然と立ち尽くす俺に一人の女子が話しかけてくる。
「あれはしばらく放っておいた方がいいわよ。どうも鈴蘭ちゃんも初めてのことで困惑してるみたいだから」
「椎原? それどういう意味だ?」
どうも俺と鈴蘭双方の様子を見ていたようで、椎原に発言の意図を問いただした。
「悪いけど、彼氏が見てるからこれ以上話してたらやきもちやかれるの。それじゃ」
しかし言いたいことだけ言って椎原は去って行った。ただ時間を置けというのは一理あると思い、ひとまず俺は鈴蘭を追うことを諦め、グラウンドへと戻った。
(で、追いかけずに戻ってみれば、鈴蘭のやつ物陰からこっち見てやがる。本当になんなんだ?)
本人は隠れてるつもりだろうが、バレバレだからな。ついでに俺が鈴蘭の方を見たらそっぽを向いて、また正面を見たら俺を見てくるという始末。ひと言文句を言いがてら隣に座るように誘ってやろうと思ったが、何となく近付いたら逃げそうな気がする。そのため、このまま適当な場所に腰掛けてキャンプファイヤーを見ることにした。
(まあ、こういうのも悪くない)
天を焦がすように燃えさかるキャンプファイヤーの炎を眺めつつ、たまに振り返ることで、俺と視線が交差し動揺する鈴蘭を見て楽しむのも忘れない。そんな子供の遊びみたいなことを続けているうちに、いつの間にか後夜祭がお開きになっていた。
(そろそろ鈴蘭も落ち着いたか?)
時間も経ったし、何より落ち着いてくれなければ鈴蘭の夜道の安全を確保出来ない。そう思い近付いて話しかけようとしたら、ちょっと待ってと静止される。
「どうした?」
「その、心の準備が出来たらわたしから雪片くんの傍に行くよ。だからそれまで目を閉じて待ってて」
「よくわからんが、鈴蘭がそう言うなら」
指示された通り目を閉じその場で立っていると、一歩ずつ砂を踏みしめる音が聞こえ、誰かが近付いてくる気配がしてくる。その誰か――鈴蘭はゆっくりと俺の背後へと回り込んで制服の裾を摘まみ、
「お顔見たり、直接触れ合うのは恥ずかしいから......」
そうか細い声でささやいた。背中側だから見えないが、恐らく鈴蘭の顔はトマトみたいに真っ赤になっているだろうことは容易に想像出来る。だから俺は振り返らず鈴蘭にこう告げた。
「このままでいいから一緒に帰るぞ。後夜祭だからってあまり遅くなったら心配されるからな」
「......うん」
そこから家に帰るまで、俺も鈴蘭もひと言も発しなかった。だがその沈黙は気まずいものでは無くて、どこか甘酸っぱく心地のいいものだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
ひとまずここで親友編は完結です。ここからは恋心の自覚がないものの独占欲が出始めた雪片が、すでに恋心を自覚した鈴蘭に惹かれていきながら、自らの事情に向き合う展開を書いていこうと考えています。
例によってほとんど書けていませんので、一旦完結にしてから書けたらまた続きを投稿する感じになります。




